⑤ 母からの便り

ある日、久し振りに大阪の母から便りが届きました。


私は暖かい日差しを身体いっぱい浴びながら縁側で封を切ると、優しい母の文字が目に飛び込んできます。


「敬一郎さん、いかがお過ごしですか?


こちら大阪の家の方も皆んな元気で仲良く楽しく暮らしています。


つい先日、お父様が重役に昇格なさいました。


敬一郎さんも喜んでくださいね。


ささやかながら親子で4人で祝いの席を設けました時に、お父様が仰いました。


「この席に敬一郎が居てくれたら何にも言う事がないのになぁ」と。


お父様はお前の事をいつも心に思っていらっしゃるのですが、めったに口には出さないのです。


私はお父様の一言を聞いて涙が流れてどうしようもありませんでした。


敬二も京子も、ただ一言小さな声で


「本当に。」


と言って、下を向いてしまいました。


私は今、悔やんでいるのです。


どうして、お婆さまが亡くなられた時、お前を説得して連れてこなかったのか、それ以前に、私たちが最初に大阪に来た時、何故お婆さまとお前を残して来たのだろうかと。


今さら悔やんでも仕方がないと言う事は分かっているのですが、どうしてもねぇ。


私たち夫婦の最大のミスでした。


敬一郎さん、分かってくれますか?


この気持ち。


私は敬一郎さんの母親ですもの。


そちらの家を引き払って大阪に来てくださいとは言いませんから、年に一度くらいは遊びに来てください。


愚痴ばかり書いて本当にすみません。


毎日、絵や詩を描いているのですが?


もうだいぶ上達された事でしょうね。


私もお父様や敬二、京子が会社に出かけた後、敬一郎さんの気持ちを少しでも分かったら幸せなのにと思って、毎日2時間ぐらいで描くのが最近の日課になってしまいました。


休みの日など、絵を描かないでいると、


「今日は絵を描かないのかね?」


と、お父様が仰います。


道具を取り出し絵を描き始めますと、お父様は静かに読書をなさいます。


時々絵に目を向け、


「お母さんもなかなか捨てたもんではないなぁ。」


と言って、褒めて下さいます。


手を止め、敬一郎も今頃きっと私と同じ心で絵を描いているのでしょうね。と言いますと、


お父様は、


「間違いなくお母さんと同じ心で絵を描いているよ。」


と、ニコニコして仰っています。


本当にそうだと嬉しいですわ。


敬一郎も私たちのことを思っているのですわ」


と申しますと、お父様は


「親子だもの」


と、仰っています。


私の口から敬一郎さんの名前が出ると、お父様は豊かなお顔をなさいます。


敬一郎さんも時々お手紙くださいね。


私たちは待っています。


そちらの方は良い日が続き気分が良いことでしょうね。


暇ができたらお前の所に帰ってみたいと思っていますので、それまで体に気をつけて元気でいて下さいね。


では、この辺でサヨウナラ。


また、近いうちにお便りします。」


手紙を読み終えると、自然に心が爽やかになり目頭が熱くなってくるのを覚えた。


子として生まれた以上、親からこよなく愛されている事は、子として最高の悦びである。


父母と私は、親子としての交わりは少ない。


少なければこそ、余計に父母は私のことを心の奥底に思って下さるのだと思う。


親とは有り難いものだとしみじみ思う。


私が父母の事を忘れていた時でも、父母は私のことを思っていてくれたのである。


親が思う半分でも子は親のことを思うであろうか?


私は恥ずかしいのである。


親の半分も思いはしなかったのである。


これからは半分とはいかなくても、父母に感謝しようと思ったのであった。

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