第3話:虐待が生む負の産物 ①

 虐待というのは前章で複数の要因があると書いたが、子供が直接受ける影響としてもいくつかの懸念事項がある。


まず、いじめの発生と相対的暴力の発生だ。


これらは親から虐待を受けた子供のなかでも“他者報復型”といわれる“相手からやられたことを相手に対して同じようにやり返したい”という心理が働きやすい子供に多く見られる行動で、虐待を受けていない子供でも親の過干渉や過保護など自分の言うことを何でも聞き入れて、受け入れられる環境で育った子供にも多く見られる行動の1つである。


 ただ、虐待との直接の因果関係を完全に証明出来る情報量ではないが、行動心理学などの観点から私の視点で分析してみると、「子供たちの発育環境と精神発達に因果関係があるのではないか?」と感じたのだ。


 その理由として、自分の許容範囲を基準として相手の考え方や主張がどの程度自分の価値観や考え方と共通項を持ち、子供たちの許容範囲が上下動しているかで子供たちは自分の意思を決定していくが、相手の主張に対して合致しない部分が多い、全くベクトルが合わない、共通項を見出せないなどと相手の意見に納得も賛同もできない状態になっていることでトラブルというのが発生することになる。


 これはいわゆる“親の価値観の共有”という考え方が関係しているとも感じるのだ。


 なぜなら、幼少期は自分が正しいと思ったことを否定されることを経験している子供にとって親に褒められたことは強く覚えているし、親に怒られたことも覚えている。


 一方で、子供たちは褒められるときにも怒られるときにも疑問が浮かぶが、その疑問に対して答えがないことも多い。


 例えば、ご飯を自分で片付けられたことに対して、親から褒められるということは“なんで褒められているのだろう?”という疑問が先行することも少なくない。


 そして、同じ事を繰り返すことで自分の中の疑問が自信になり、確信に変わることも少なくない。


 ただ、ここで気をつけなくてはいけないのは“大人の主観を先行させない”ということだ。


 現在は親が基礎教育、教員が知識・教養、社会が体験など各セクターにおいて役割が分かれているが、この状況が子供たちの価値観を複雑化させる要因に繋がっているように感じる。


 その理由として、家庭における正誤の判断と社会における正誤の判断が異なっているもしくは幼児教育などの段階で「お父さん・お母さんの言うことをよく聞いてください」や「先生の言うことを聞いてください」など大人に子供が従わなくてはいけない状況を作り出すことで子供たちがストレスを発散する環境が窮屈になる事や“お兄ちゃんなのだから”・お姉ちゃんなのだから“といった拘束的言動を受けることにより子供たちの柔軟性が奪われてしまう可能性があるのだ。


 子供というのは“超精密”かつ“敏感”だと思う。


 その理由として、自分がやられたこと、相手から言われたふとしたひと言で感じ方が180度変わってしまう、残像率(大人から言われた言葉や行為)がかなり高く、子供によっては大人になっても当時の事を記憶していて、突発的なフラッシュバックを起こす子供も少なくない。


 そのため、大人が固定概念の入っている言葉を子供に使うことで一種の“洗脳状態”になり、“僕は・私はこうでなくてはいけない”や“僕は・私はお兄ちゃんだから・お姉ちゃんだから我慢しなくてはいけない”など感覚が麻痺した状態になり、いくら「○○さんの好きなようにしていいよ」と大人が伝えたとしても子供は無難な選択をすることが増えて、自分の考え方ではなく社会における自分が取らなくてはいけないと親などの大人から言われてきた行動を取るようになってしまう。


 仮に子供に強いこだわりや先入観を持ってしまうとその子に柔軟性を持たせるためにはかなりの時間が必要になり、場合によっては3年間~5年間かかったケースもある。

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