第2話 供花

 なんでも、昭和の昔のプロポーズでは、「墓」だの「味噌汁」だのがキーワードだったそうだ。

 情報源は私の母だが、「俺と同じ墓に入ってほしい」とか「君の手作りの味噌汁が飲みたい」といった定型句が存在したらしい。

 何それ怖い。共に生きてくプランをすっ飛ばして、いきなり死後の体裁を語るのか。そんなことが許されるのは、死者の復活を信じ、巨大なピラミッドを建造した、古代エジプトのファラオほどの大物くらいのものではなかろうか?

 そして味噌汁!古来の日本食を頭ごなしに否定する気など毛頭無いが、私たち医師の職業柄、塩分の過剰摂取に繋がりかねないことは無視できない。ただし、持病のある方にも安心!などと称して、病院食の大手メーカーが売り出しているような塩分控えめのインスタント味噌汁は、それなりに出汁は効いている一方で、味噌についてはほぼほぼ行方不明。後味の中にそれらしき余韻がほんのりと漂う程度でしかない。まさに塩梅が難しいのだ……

 

 とおると二人で過ごしながら、私はどこか上の空で、取り留めの無いことを考えていた。彼から預かった二つの花束を、撫でたり抱き締めたりしながら佇んでいた。

 透と付き合い始めてもうすぐ一年。彼が、海の見えるこの墓地へと私を誘ったのは、初めてのことだった。

 私は、海を眺めることにした。透は、墓の世話を焼いていた。その墓石は、彼が震災で亡くした家族の生きた証のようなものなのだそうだ。そこに名を刻まれた人々は逝き、透だけがこの世に居残ったという。墓掃除を手伝おうかと申し出た私に、「それはいいんだ」と、透は、穏やかな笑顔で首を横に振って見せた。

 最後に、花束を供えて墓前で手を合わすことだけは、二人で行った。

「これでよし」

 どこまでも穏やかに、透は言った。

「ここに眠っているのは、僕の大切な家族だ。だけど、彼らの時は止まってしまったんだよ、僕だけを置いてけぼりにして。

 僕は生きたい。生きてる家族が欲しい。お願いだ幸穂ゆきほ、僕を君の家族に……沢村透にしてくれないか?」

 透は、私の手におずおずと指を絡めた。やがて私たちは握手した。

 彼の手は、思った以上に大きかった。


 因みに、私の母は、後に夫となる男——私の父に、自分から声を掛けたのだという。彼女は、若手の医師ばかりが集まる宴会で、店内のガラス製のピアノを流麗に弾きこなす男を見初めて、声を掛けたのだ。

「ねえ、あなた、連弾はお得意?」

「それは……試してみないとわからないな」

 二人は交際し、結婚して、一人っ子である私を儲けた。

 母は、今ではそのことを後悔しているのだという。

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