第4話 7月

 先月、瑠奈が私の家に来た時をきっかけに私も小説を書くようになった。物語を読むのと書くのではこうも違う物か!って気付かされるくらいには文字が進まない。

 でも自分の好きなように物語を展開出来たり好きな容姿の登場人物を出せたりするのはすっごく楽しい。

 あぁ、これがものを作る楽しさか!って分からされちゃったよね。

 瑠奈も私が書いた小説を読んで感想をくれたり、テクニックを教えたりしてくれる良い先生になってくれていた。

 ちなみにこの間あげた指輪のネックレスを毎日こっそりと着けてくれているみたいで、嬉しそうに指輪を眺めてる瑠奈を見るとこっちまで嬉しくなっちゃう。


「先輩、祇園祭って行ったことあります?」

「ん?まぁ京都人だし勿論あるけど」


 京都では夏の風物詩として7月の祇園祭、8月の五山送り火が挙げられる。観光客も沢山集まる行事だから、陰キャにはあまり出歩きたくない期間でもあるんだけどね。


「行きたいの?」



「えっと…私去年日本にきたばっかりって言ったじゃないですかぁ。それで先輩さえ良ければ一緒に回りたいなぁって思いまして…」


 モジモジと毛先を指先で弄びながら提案してきた。

 日本語が上手すぎて忘れがちだけど瑠奈は去年ロシアから留学してきたんだよね。お母さんが日本人だから昔から良く日本には来てたみたいだけど、京都で生活するのは勿論初めてだそうで。

 そうなると祇園祭も行ったことないよね。それに、私と一緒に回りたいって強調する辺りがもう可愛い!


「絶対行こう。あーでもお姉ちゃんも一緒に行きたいって言ってたなぁ、そう言えば」

「紗彩さんもですか?私は大丈夫ですよ。あの方も優しいので安心ですし」

「そう?じゃあついでに当日先にうちにおいでよ」

「何か準備しないといけない事が?」

「それは当日のお楽しみって事で♪」

「相変わらずサプライズが好きですよねー先輩って」

「瑠奈の表情がころころ変わるのが可愛いんだもん。仕方ないよね」

「んぇ!?」


 そんなやり取りがあった日から早数日。

 あっという間に祇園祭当日になり、その日の学校が終わると私は瑠奈を引き連れて家に帰ってきていた。


「おかえりなさい二人とも〜!」

「ただいまぁお姉ちゃん」

「お邪魔します。最近頻繁にお邪魔しちゃってすみません」

「うちなんて結構暇だし瑠奈ちゃん1人くらいどうって事ないよ!寧ろ移り住んじゃえっ!」

「そ、そそそそんなっ!」

「あはははは、相変わらず可愛い反応するね〜」

「もーお姉ちゃんってばっ!」


 いつもの1悶着があってから居間に行くと美弥さんがお願いしてたものを準備して待ってくれていた。


「無理言ってごめんなさい美弥さん」

「ううん、宵山の日だもんね。一年に一度くらいちゃんと着てあげないと」

「〜〜っ!ありがとう美弥さん!」

「ふふふっ、お嬢様は高校生になっても甘えん坊さんなのは変わらないね」


 私が昔のくせで美弥さんに抱きつくと優しく頭を撫でててくれる。家を空けることの多かった両親に比べて美弥さんはずっと私とお姉ちゃんを本当の姉妹の様に育ててくれたから、私にとって美弥さんの方がお母さん見たいな物だ。

 ……ちなみに私の抱きつ癖はお姉ちゃんのせいです。


「ほらほら瑠奈ちゃんも!着替えよ?」

「え、え?」


 困惑する瑠奈もお姉ちゃんの手によって手品のように服を脱がされていく。

 しばらくして私と瑠奈とお姉ちゃんはそれぞれ紫、空色、桜色の綺麗な着物に身を包んでいた。


「わぁぁぁあ!私着物って初めて着ました!」

「うんうん、よく似合ってるね三人とも」

「芽愛ちゃん芽愛ちゃん!どお?お姉ちゃん可愛い?」

「はいはい可愛い可愛いよー」

「投げやりじゃーん、お姉ちゃん寂しい!…これが反抗期ってやつなの!?」

「毎年同じやり取りしてる身にもなってよ!と言うか暑いから抱きつかないで!」


 ひっきりなしに抱きついてくるお姉ちゃんを追いやろうとしていると瑠奈は可笑しそうに笑っていた。

 長い絹のような白髪をまとめあげてお団子にしているだけで普段とは全く違った雰囲気があるもんだなぁ。

 それに着物でもネックレスを着けてくれてるのも可愛い。


「それじゃあ、いざ祇園祭っ!」

「「おー!」」


 ◇


 祇園祭の主な開催場所は四条辺りの大通りで、完全歩行者天国の道路脇にはズラーっと様々な出店が立ち並んでいる。


「先輩っ!お神輿すっごい大きいです!」


 深海の様に深くキラキラした瞳を見開きながら瑠奈は初めて見る光景に興奮しているようだ。

 綺麗な白髪にお祭り独特の温かいライトアップが反射して、さながら神社の神様のような風貌に見えた。


 食べ物を買いに別れたお姉ちゃんは放っておいて、私ははしゃぐ瑠奈を見ていたのだけど、人一倍小柄な瑠奈は人混みに揉まれるように流されていってしまっていた。


「ちょ、瑠奈!」

「先輩〜!」


 瑠奈が伸ばす手を取り、ぐっと引き寄せる。

 軽い瑠奈を引っ張りながら何とか路肩に出れた私達は思わず吹き出した。


「すごい人混みですね」

「これははぐれたら合流するの大変だね」


 はぐれないようにと思って何気なく瑠奈の小さな手を握ったのだけど、瑠奈はびっくりしたのか小さく跳ね上がった。


「あ、ごめん嫌だった…?」

「そそ、そんな事ないです!むしろもっとしっかり結びましょう!」


 そう言って瑠奈は指を絡めて、簡単には離せないようにがっちり握りあった。


「こ、これって恋人繋ぎ…なんじゃ」

「今の私達はこ、こいびとって事です!先輩は私だけの大切な先輩なんですっ!」

「……そっか。ありがと」


 瑠奈には聞こえないように小声で呟いた。

 多分今の私、瑠奈に負けないくらい顔赤くなってるんだろうなぁ。すっごい熱いもん。


「ふふっ、私達他の人からどう見られてるんですかね?」

「さっきから結構見られてるね…。瑠奈可愛いから目立ってるのかもね」

「ぜっったい私より先輩の方が人目を惹き付けてるの自覚してくださいっ!」

「そうかなぁ…、じゃあ瑠奈は私を独り占めしちゃお〜」

「先輩…嬉しいのでもっと抱きしめてください」

「最近結構して欲しい事言ってくるよね」

「…ダメでした?」

「ダメなわけないじゃんっ!」


 私は瑠奈の後ろから覆い被さると瑠奈の甘いミルクのような香りに全身を包まれる感じがする。特に瑠奈は体温が高いから抱きしめてると本当に癒される。

 瑠奈も私に抱きしめられるのが好きなのか、腕に頬をすりすりと猫のように擦り付けて来るのが見ていて本当に愛おしい。

 あーーーやばい、本当にどうにかなっちゃいそう。


 だけど幸せな時間は本当にすぐ終わってしまう。

 自覚はなくても人目を集めてしまう私と瑠奈は傍から見てもとっても目立ってたみたいで…。


「ねぇ君ら二人だけ?丁度いいし一緒に回ろうや」

「めっちゃ可愛くね?有り得んのやけど」

「それな!やばいわこの子ら」


 ナンパでした。私と瑠奈を取り囲み、逃げられないように圧を掛けてくる4、5人の大学生らしき男の人達。

 瑠奈も怯えて泣きそうになってるし本当にどうしよう…。

 小説とか漫画ではカッコよく切り抜けるシーンとか良くあるけど、無理だよ!私もすっごい陰キャだし!

 本当に何も言葉が出てこなくて苦しい…。

 詰め寄って来ないでよ…。なんでこんな思いしなきゃいけないの?

 私は瑠奈を庇うようにギュッと抱き寄せて、怯えながらも男の人達を睨み返した。


「あ、あの…。どいて貰えますか?」

「えー聞こえなーい」

「奢ってあげるからさぁ、ちょっとだけっ!」

「だ、だからっ!」

「めんどくせぇなあ、来いって言ったら来いよ!」

「やめてくだ…」


 男の人の一人が痺れを切らしたのか、私の腕を強引に引っ張ろうとする。痛いし、これ犯罪だよね!?どうしよう、周りの人は見て見ぬふりしてるし…。


「お、お姉ちゃん……!」

「芽愛ちゃん!!大丈夫!?」


 咄嗟にお姉ちゃんに助けを求めた瞬間、お姉ちゃんが人混みを割ってこっちに来てくれた。なんかすごい量のご飯持ってるけど!!


「お姉ちゃん!!」


 私と瑠奈を取り囲む男の人達を見た瞬間お姉ちゃんの顔は見た事ないような怒気に溢れた表情を見せる。


「私の可愛い妹達に何してくれちゃってるの?」

「あ?悪いのはこいつらだぞ?折角誘ってやってるのに」

「へぇ〜、あくまでも自分たちに非はないって言うのね?」


 お姉ちゃんはゆらゆらと私たちに近づいてくる。その姿からは歴戦の猛者の様な覇気を感じさせる。

 そういやお姉ちゃんって……。


「だったらどうした…あがっ!?」

「まずはその薄汚い手を離してもらえる?」


 何が起こったのかしっかり見ていた私も分からなかった。

 気がついた時には私の手を掴んでいた人は地面にひっくり返って頭を痛そうに押さえている。


「ぐっ…な、何しやがるっ!」

「なに?これ以上何かあるの?」

「お、おい!もう辞めとけよ!」

「舐められたことして引ける訳ねぇだろ!」


 お姉ちゃんに引き剥がされた大柄な男が頭を押さえながら立ち上がると、激昂して周りが見えてない様で再度私に手を伸ばそうとした。

 お姉ちゃんは私達を庇うように立つと男の手をはらいのけ、持っていた出店のご飯を私に持たせた。どんだけ買ったのお姉ちゃん…。


「お前何もんなんだよ」

「私?そうだなぁ。可愛いお嬢様を守るメイドだよ」

「今の世の中でメイドだぁ?」

「メイドは戦うのが基本でしょっ!」


 お姉ちゃんは男に詰め寄ると…。


 腕を取って大声で叫んだ。


「お巡りさーーん!!ナンパですーーー!!!」

「なにぃ!?」


 ◇


 あれからと言うもの、自体の収束は早かった。

 警察がナンパ男達を追いかけてくれたので私達はホッと胸をなでおろした。


「ありがとうお姉ちゃん」

「あ、ありがとうございます…」

「まぁこれが仕事だからね!お易い御用だよ!」


 瑠奈は威圧されたのが相当応えたのか、私の着物の裾を摘んで離さない。

 実際私も怖かったし…。あんなの慣れろって言う方が無茶な話だよ。


「それにしても紗彩さん強いんですね」

「ふふん〜♪見直した?」

「お姉ちゃん、昔から運動神経良すぎて色んな武術を習ってはすぐマスターして辞めちゃうんだよ」

「凄いですね…羨ましいです。でも勿体ないですね、大会とか出たら結果残せたんじゃないですか?」


 お姉ちゃんはおもむろに私の頭に手を回すと、グイッと抱き寄せた。急にお姉ちゃんのふくよかな胸が顔に押し当てられて流石に驚いた。


「私の役目はあくまでも芽愛ちゃんを守る事だからねー。この子お嬢様な上とんでもなく可愛いからよく誘拐騒ぎとかに巻き込まれやすいせいで目が離せないんよね」

「もう流石に誘拐は無くなったじゃん」

「芽愛ちゃんの両親がめっちゃ頑張ったからでしょー?」

「え、どう頑張ったんですか?」

「聞いても答えてくれないんだよね。二人とも言っても一介の建築士なのにどうやったんだろうね」


 ぶっちゃけ謎にまみれた両親ではあるのよね。聞いたらいけない気がして私も深く踏み込まなかったのもあるけど。


「じゃ、気を取り直して色々食べながら見て回ろうか!」

「「おー!」」


 色々な鉾や出店を見て回った私達は先程のナンパ騒ぎなど忘れるくらい。

 鉾を見ながら二人で並んでたっていると、瑠奈がおもむろに手を握ってきた。


「先輩、ひとつ提案があります」

「提案?」


 祇園囃子の音色に包まれながら瑠奈は口にする。


「私と小説の合作をしましょう」

「うんっ!」


 ギュッとその小さな手を握り返すと瑠奈は花火のように笑顔を咲かせた。

 この時約束した小説がまさか私達の生涯の宝物になるなんてこの時はまだ想像すらしてなかった。

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白髪ロシア人ハーフの後輩は学校で一番綺麗な先輩に告白がしたい あるみす @Arumis

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