魔王城の前でレベル上げする勇者
青水
魔王城の前でレベル上げする勇者
ガチャ。
「んんっ……はっはっは、よく来たな勇者パーティーよ」
「いえ、勇者パーティーではなく、ベルゼです」
「なんだ、ベルゼか」
魔王城最上階。魔王の居室。
そろそろ、勇者パーティー一行がやってくるとのことなので、魔王様は魔王らしく出迎えてやろうと気張っていた。
この魔王城が物語のラストダンジョンであり、そのすぐ手前のダンジョン『魔の沼』に勇者パーティーが突入した、という連絡が入ったのがかれこれ三日前である。ラスト一個前のダンジョンということもあり、難易度はかなり高いわけなのだが、攻略に三日もかかるほどかというと疑問である。
(まさか、全滅したのではあるまいな)
魔王様はそう思った。
魔の沼ごときで全滅するようなら、魔王城を攻略することなど不可能。仮に、この居室までたどり着くことができても、魔王様によって瞬殺されるだけだ。魔王様第二形態を拝むことすらできないだろう。
「勇者パーティーはまだ来ないのか……」
「いえ。もう、すぐ手前まで来ていますよ」
「何っ!? それでは、戦闘の準備をしておかなくてはな」
玉座から降りると、準備体操を始める魔王様。
「いえ、それがですね……」
ベルゼはとても言い辛そうな顔をしている。
「なんだ? 遠慮せずに言え」
「ええ、実は……勇者パーティーは一昨日には、この魔王城のすぐ手前までたどり着いていたんですよ」
「なんだと!?」
「ですが、そこからずっと動かず、その……」
「その、なんだ?」
「魔物を狩りまくって、レベル上げしてるんですよ、ずっと」
「…………」
「窓から奴らの姿が見れますが、ご覧になられますか?」
「見に行こうではないか」
魔王様とその部下ベルゼは、魔王の居室を後にした。ラビリンスのように入り組んだ廊下を歩き、大きな窓の前で足を止めた。
ベルゼが腕を一振りすると、双眼鏡が手元にあらわれた。それを受け取ると、魔王様は外の様子をじいっと見た。
「ふむ……」
「あそこですね」
「ほう……」
魔王城はその敷地を高い塀でぐるりと囲まれている。入口は正面だけで、巨大な門は既に開いている。その門の手前――魔の沼にて、勇者パーティーがただひたすらに魔物を狩っている様子が見える。
魔王様を打倒するにはレベルが足りない、と判断したからレベル上げをしているのだろう。しかし、それにしては、狩りの効率がいい。さくさく魔物を倒している。よほどレベルが高くなければ、あんなに簡単には倒せないはずだ。
「ベルゼ、奴らに〈アナライズ〉の魔法をかけてくれ」
「了解です」
ベルゼは〈アナライズ〉を発動させた。この魔法は、対象のステータス全般を可視化することができる。
「奴らのレベルは?」
「95です」
「…………は? 95!?」
ラストダンジョンである魔王城の推奨レベルは57。作中最強(多分)である魔王様のレベルが60。つまり、それと同等程度のレベルがあれば、魔王様を倒すことは不可能ではない。70もあれば、余裕を持って魔王様を倒すことができる。
それなのに、レベル95!!!
「レベル上げしすぎなんだけどっ!? え、なに、どういうことだよ!? まさか、この我をワンパンする気なのか!??? うわあ、怖いぃぃぃぃ」
「魔王様、本音が漏れていますよ」
「ちょ、とりあえず、我の居室に戻ろ。で、ティーパーティーでもして落ち着こうか。なっ?」
「かしこまりました」
◇
さらに三日後。
「まだ来ないんだが。あれ? レベルってマックスで100ではなかったか?」
「ええ、レベル100で打ち止めだったはずですが……」
「おかしいな。バグ技でも用いて、限界突破したか?」
「いえ、さすがにそんなチートバグ技はないと思いますが……」
「よし。様子を見に行こう」
二人は廊下の窓へと向かった。双眼鏡を覗き込むと、そこには三日前と変わらない姿の勇者パーティーが……。
いや――。
「おい、勇者パーティーって確か四人だったよな」
「ええ」
「三人死んでるんだが」
「過労死してしまったんですかね?」
勇者は一人で戦い続けている。しかし、なぜか本気で攻撃していない。じわじわといたぶり殺すように、攻撃を加えている。
「レベルはもうとっくにマックスになっているはずなんだが……」
「ええ。〈アナライズ〉してみましたが、既に100になっているようですね」
「それでは――」
「ああ……わかりましたよ、魔王様。あれは『果実集め』ですね」
「果実集め……ドーピングかっ!?」
「いえ、別にドーピングってわけじゃないですけれどね」
果実とは、魔物を倒したときに低確率でドロップするアイテムだ。この果実は一つ食べるごとに、種類に応じた能力値を『1』上げることができる。この果実集めを行うことによって、レベル100でもマックスにならないステータスを、オールマックスにすることができるのだ。
果実集めを効率的に行うために、果実を奪取する技を使えない仲間たちには、お亡くなりになってもらったのだろう。ああ、なんと恐ろしい。
「ステータスオールマックスにして、我をワンパンするつもりなのか!?」
「オーバーキルにもほどがありますよね」
「魔王城がぶっ壊れてしまうぞ」
「どうしますか、魔王様?」
「どうしようもないだろう」
魔王様は悟りの境地に達した。
ベルゼは、魔王様が恐怖のあまり失禁していることに気づいてしまった――が、見てみぬふりをした。
「それにしても、果実集めって死ぬほど時間がかかると思うのだが」
「ですね」
「我々は、果実集めが終わるのをずっと待たねばならぬのか?」
「でしょうね」
「……………………マジか」
こうして、魔王様にとっての恐怖の日々が幕を開けた。いつ勇者パーティーがやってきて、魔王様を瞬殺するかわからない。魔王様は不安から不眠症となった。居室の隅でガタガタ震え、物音一つにも過剰に反応してしまう。
しかし、いつまで経っても勇者パーティーはやってこない。魔王を倒すという役目を忘れてしまったのではないか。時折、ベルゼが報告にやってくる。判で押したように、『果実集めを行っている』と言って去っていく。魔王様だけではなく、魔王城で暮らすすべての魔物が不安と恐怖に苛まれている。
一週間、一か月、一年……。
しかし、いつまで経っても奴らはやってこない。
そのうち、魔王様は考えるのをやめた。
魔王城の前でレベル上げする勇者 青水 @Aomizu
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