第2話「グライテン連続殺人事件 2」





「──発見現場はこの街の老舗の、ゴーモン商会が従業員用の寮として借り上げてるアパートメントの一室。被害者は……これも身元ははっきりしないけど、この部屋の主だとすればニコライ・バルザッリって名前のヒューマンの男性ね。当然だけど商会の従業員で、歳は39。かなりの古株みたいで、商会長が買い付けなんかで街を出る時はだいたい付いていくみたい」


「そんな大きな商会のお偉いさんに信頼されてるのに、住居は賃貸なんだ」


「住居って言っても、この街で暮らすときだけのものよ。外回りっていうか、他の街を回っている事も多かったみたいだし。

 でもお偉いさんに信頼されてたってのは確かかな。この寮、商会の持ってる物件の中でも最高ランクのやつみたい」


 アリーナの言うように、現場は雇い主が従業員に用意するにしてはいささか豪華すぎるものだった。


 そしてそんな豪華な部屋の壁際に倒れていたのが、こんがりと焼けた男の遺体──おそらくはニコライ氏だ。


「ちなみに、今回の遺体も、おそらくだけど燃やされる前に血液が抜かれていたみたい」


「……そう。じゃあ、一昨日のご遺体と繋がりがある事件、てことなのかな。亡くなってから燃やされたのか、燃やされることで亡くなったのか、考える必要がないのはいいけど」


「まあそうね。切り刻まれてたんなら、もしかしたら生きたままな可能性もあったけど。燃やされる前に血が抜かれてたんなら、先に死んでたのは間違いないわ」


「それにしても──」


 嘔吐感を抑えて遺体を眺める。

 これが黒焦げであれば、まだマシだっただろう。

 しかし遺体は黒焦げと言うには形が残りすぎていた。体毛などは全て燃えてしまっているようだが身体は形を保っており、全体的に収縮してしまってはいるものの、顔にも生前の面影らしきものがある。


「燃やした、って言うよりは、なんか、焼いた、って感じがするわねこの遺体……それに」


「そうね。これなら首実検すればニコライ氏かどうかを照らし合わせるのはそう大変じゃないわね。付き合わされる関係者の人たちには気の毒だけど。身元を特定させないためならもっと盛大に燃やせばいいだけだったと思うんだけど、なんでこんな中途半端な」


「それもそうなんだけど、これ、どこで焼いたのかな。

 別の場所で焼いて持ってきたにしては床に焦げ跡が残ってるのは妙だし、焦げ跡はここで焼いたにしてはおとなしすぎるっていうか、部屋に延焼してないのは不自然だわ」


「何言ってるの隊長。単体対象の魔法とかで焼いたんだったら、他への影響が最小限でも不思議でもないでしょ」


「そっか。そうだった。魔法とかあるんだったわね」


「隊長だって使えるじゃん」


 であれば現実での知識は役には立たない。

 ユスティースも別にその手の知識が深いわけではないが、今の時代調べればある程度の情報は得られる。そうした科学的な知識から少しでも真実に迫れないかと考えていたが、そういった先入観は捨てざるを得ないようだ。


「魔法か……。なるほど、魔法ね。じゃあ、一昨日のあの遺体も、魔法で切り刻んだ可能性もあるのかな」


 その鋭利な切り口から、高度な技術を持った者が高ランクの刃物で斬ったものだと考えていたが、魔法で可能であるなら犯人像は大きく変わる。


 魔法やスキルというのは基本的に誰が発動しても同じ効果を発揮する。

 もちろん発動者の能力値によって威力や成功率に差は出てくるし、組み合わせ等によって差異が生じる事はあるが、同じ能力値、同じ環境下で単発の魔法やスキルを発動したなら結果は全く同じになる。


 使われた魔法が何なのかは不明ながら、該当の魔法を取得している者なら誰でも犯行が可能だったという事だ。


「手口から犯人を絞り込むのは事実上無理か……。犯行の目撃情報もない以上、快楽目的だったとしたら正直お手上げ……。とりあえず、ダメ元で怨恨の線を洗うしかないかな」


 どのみち犯人が快楽目的のプレイヤーだったとしたら、逮捕も処刑も不可能だ。


「でも怨恨って言っても、1人目の被害者なんて身元も分かってないんだけど」


「そこなのよね……。ていうか、そもそも一昨日の事件とこの事件が同一犯かどうかもまだ不確定なんだけどね」


「まあそうだけど。でも例の騎士さんたちは同一犯によるものとして捜査を進めるつもりみたいよ。決め手としては遺体損壊前に全身の血液が抜き取られてたことと、脱がされた衣服が現場に捨てられていたこと」


 部屋の中央付近には被害者が着ていたと思われる衣服が無造作に置かれている。確かに、前回の被害者の衣服も同様に放置されていた。


 昨日は野次馬が多かったにしても、血液が失われていたことと衣服が現場近くに置かれていたこと、この両方を正確に知っていた部外者は居ないだろう。第一発見者の女性も、衣服が放置されていた事は見ていただろうが、血液については知らないはずだ。となると模倣犯の可能性は低い。同一犯という見解はそう的外れではない。


「じゃあ犯人は、被害者を何らかの手段で殺害した後、魔法を使って遺体を損壊し、現場から逃走した……ってことでいいのかな」


「そうなるかな。いずれも目撃者は無し」


「……とりあえず、怨恨の線を考えましょう。まずは身元がわかっている今回の被害者からね」









 最初に聴取に向かったのは第一発見者、同じ寮に住むジョコモ・デマルキのところだ。彼はヒューマンの男性で、被害者とは同僚に当たる。被害者が街の外を廻る業務が主だったのに対し、ジョコモは商会の経理を担当しているため、街から出ることはない。人前に出ない部署であるためか、身だしなみも適当で、くすんだ赤茶色の髪も伸び放題だった。


 被害者は基本、街に戻ってきている間はほとんどが休暇のようなものだったので、普段は仕事上の関係しかないジョコモが彼の部屋へ行くことはない。しかし昨日はたまたま、経費の件で確認事項があったらしい。ジョコモは不在だったニコライ氏の帰りを待っていたのだが、諦めて今朝確認に行った所、無残な遺体を発見してしまったということだ。


 しかし、どうやら彼が見たのはそれだけではないらしい。

 もうひとつ、重要なものを彼は目撃していた。


「──それで、昨夜ニコライ氏が連れ込んでいた女性の顔については見ていないんですか?」


「それももうベテランの騎士さんたちには話しましたよ。顔は見てません。髪はストールのような物を頭からかぶってたみたいで、よく見えませんでした。多分、商売女とかじゃないかな。あの人そういうのをよく連れ込んでたから。

 昨日は彼の帰りを待ってたのは確かですが、そんな場面を見たんじゃあ、経理について聞きたいことがあるんですけどなんて言って部屋に行くわけにもいかないでしょう。それで今朝まで待ってたってわけですよ」


「他になにか変わったこととか気づいたことなんかはありませんでしたか? 争うような物音とか」


「なかった、と思うけどなあ。まあ仮にあったとしても、この寮高級なだけあって壁も厚いから、あんまり外の音とか聞こえないけどね」


 つまり、被害者の部屋で多少物音を立てても外には漏れないだろうということだ。


「……なるほど」


「ところで、先程ニコライさんはよく部屋に娼婦を連れ込んでいるとおっしゃってましたが、ジョコモさんはそういう事はしないんですか?」


「ちょっと、アリーナさん……!」


「しっ、失礼な! 何なんだあんた! するわけないだろ!」


「寮にお1人で住んでるってことは、独身ですよね。そういう気分になったときとかはどうしてるんですか?」


「そんな事、事件に関係ないだろ! も、もう帰ってくれ!」


 彼の部屋から追い出されてしまった。


「……アリーナさん……」


「いや、ちょっと気になっちゃって」


 残念ながらこれ以上、彼から聞けることはなさそうだ。









 次にユスティースたちは、同じく被害者の同僚である、イゾッタ・チヴォリという女性から話を聞くことにした。

 ふとっちょとやせっぽちの騎士の調書によれば、イゾッタ・チヴォリは34歳、ヒューマンの女性で、ゴーモン商会では本店での受付業務が主な仕事ということだ。被害者とは違い、ワンランク下のアパートメントに部屋をあてがわれており、被害者がこの街に戻った時には食事に誘われたりするような、そんなちょっと親密な仲だったらしい。


 ユスティースたちはゴーモン商会の本店に赴き、許可をとって応接室を借りて、彼女の聴取を始めた。


「親密って言っても、まあ奢ってくれるっていうから食べに行っていたようなもので……別に特別な関係でもなんでもなかったわよ。そもそも彼の趣味はもっと若い女の子だったしね。そう、あなたみたいなね」


 イゾッタは睨めつけるようにユスティースを見た。

 見た目の年の事を言われると、それが誰からであれ若干の罪悪感のようなものを感じてしまうが、それは今は関係ない。


 しかし、同僚が無残にも殺害された直後だというのに随分と余裕のある態度だ。

 聴取に来た騎士がふとっちょややせっぽちのようなベテラン然とした騎士ではなく、自分より遥かに年下の女性だったからなのだろうが、いささか不謹慎とも言える振る舞いである。


「彼の女性の趣味については記録しておきます。情報ありがとうございます。

 それはそれとして、昨夜は彼とは食事をご一緒したりはしなかったんですか? 他の方からの情報によれば、彼はこの街に戻るたびに貴女を食事に誘っていたようでしたが」


「……隊長、くらいの、歳の女が、好き、と……」


 アリーナがブツブツ言いながらメモを取っている。

 あれはイゾッタに対する意趣返しに近いものなので、別に本気でメモを取らなくてもいいのだが。

 しかしこれが本当なら、ジョコモが言っていた、昨日ニコライが部屋に連れ込んでいた女性というのはユスティースと同じくらいの歳だった可能性が高い。もしその人物が犯人であるなら、犯人像の特定に役立つ情報だ。


「……昨日は知らないわ。彼が街に帰ってきていたのは知っていたけど、食事には誘われなかった。かと言ってこっちからわざわざ声を掛けるような仲でもないし、帰ってきてるならそのうち何か言ってくるだろうって思ってたから、別に気にもしてなかったわ」


 イゾッタはほんの少しだが不機嫌そうな様子を見せた。

 いつも声を掛けてくるはずの男性が声を掛けてこなかったという事実が彼女のプライドを傷つけていたのだろうか。


「なるほど……」


「ところで、さきほど貴女は、彼の好みはうちの隊長くらいの年の女性だって言ってましたよね。そんな彼が、なぜ貴女を毎度食事に誘っていたんでしょうか」


「……知らないわよ、そんな事」


 イゾッタが更に不機嫌そうに目を伏せた。


「それに、ゴーモン商会といえば、この街では知らぬ者が居ないほどの大商会ですよね。そんな商会の本店の受付業務に、たしかにお綺麗ではありますが、貴女のようなベテランがわざわざ就いているというのもいささか不自然なような……」


 アリーナは精一杯角が立たないように言ってはいるが、要はこういうことだ。

 受付は店の顔なんだから、もっと若くて美人の子を置くのが普通ではないか、と。

 イゾッタは確かに美人と言える容貌で、手入れには気を使っているらしい見事な金髪も輝いているが、つまり気を使っていることが分かる程度には髪もくたびれかけているということだ。


「──っるっさいわね! そんな事、事件に関係ないでしょう! 不愉快だわ! 善意で協力してあげたっていうのに!」


 荒々しく椅子を蹴って立ち上がると、イゾッタは応接室を出ていってしまった。

 聴取は終了らしい。


「……アリーナさん……」


「いや、素直に不思議で……」


 ゴーモン商会にはゴーモン商会の考えがあるのだろう。会長の信頼厚い従業員とは言え、別にニコライ氏の意向で受付嬢が決まっているわけでもあるまいし、彼の好みは受付の人事とは関係ない。










 3人目はゴーモン商会の商会長、ガスパロ・ゴーモンである。

 もし、ニコライ氏が何者かに恨みを買っていたとしたら、ほとんど生活していないこの街で買った恨みだとは考えにくい。そして街の外で恨みを買うとしたら、よく一緒に出かけていたという商会長も何かしらの情報を持っていてもおかしくない。

 ガスパロは商会ではなく、自宅にいるとのことだったので、ユスティースたちは彼の自宅に向かった。


「──ううむ。いや、恨みと言われてもな。商売をして成功している以上、どんな逆恨みを受けているかもわからん。これは彼に限らずワシもだが、だから正直、心当たりはあるようで無い、と言うしかないところだな」


「外部からの恨みに限らず、商会内部にはニコライ氏に個人的な恨みを持っている人はいませんでしたか?」


「彼にはワシも目をかけていた。そういう意味では、妬んでいた者はおったかもしれん。だが、殺してまでと考える者はおらんはずだ。彼を殺したところで、そいつが代わりに出世できるわけではないからな」


「……なるほど。ということは」


「とこ、あ」


「え、なにアリーナさん」


「いえ、後でいいです……」


「なにそれ。すみませんガスパロさん。えっと、彼の代わりに出世できるわけではないということは、彼に目をかけていたのは何かしらの理由があったから、ということでしょうか」


「む……。仮にそうだったとして、それが何の関係がある。どういう人材を重用するかは商売上のノウハウのひとつだ。容易に話すわけにはいかん」


「……まあ、それもそうですね」


 ユスティースが黙ったために少し間が空いた。

 その間を待っていましたとばかりにアリーナが話し出す。


「ところで、会長さん。ゴーモン商会って、主に何を扱う商会なんでしたっけ。私たち、最近この街に来たばっかりでして、よく知らないんですよね。教えてもらえませんか?」


「なんだ、そうだったのか。よろしい。教えよう。我が商会が主に扱っておるのは、綿だ。また綿を利用した糸、織物、衣服などだな。他にも酒や食品なんかも扱っておる」


 呉服問屋というわけだ。

 酒にも手を出しているのなら、近代日本における百貨店の走りのようなものと言えるだろうか。ゲーム世界の物流レベルでは展開は難しいだろうが、グライテン規模の街なら十分成功するだろう。というか、しているからこそ老舗の大商会としてやっていけている。


「その買い付けの為に農村なんかを回っているってわけですね。原材料は全部そういうところから調達してるんですか?」


「無論だ。商品は直接、この目で見て良し悪しを判断しておる」


 それにニコライ氏も同行していたということは、本当に彼は商会長の側近だったと言える。


「綿織物とお酒の原材料を同じ農村で調達してるんですか?」


「木綿は連作障害が少ない作物だが、完全に無いわけではない。数期は木綿を栽培した後、一期か二期はトウモロコシや豆などを栽培するのがここらの農村では一般的だ。そうやって出来た作物を買い取って、酒を作っているというわけだな」


「へえー。いいんですか? そんな重要なことを教えてもらっちゃっても」


「このくらいのこと、調べればすぐにわかることだ。黙っていても意味はない」


 実際に農村まで行って聞き込みをすれば確かにわかるだろうが、そこまでして知りたい情報でもない。


「他には事業はやってないんですか? 例えば娼館とか」


「な、そ、そんなもの、やっているわけないだろう! この街で娼館を経営するには認可が必要だ! うちはそんなもの持っておらん!」


「いや、亡くなったニコライ氏ですけどね。この街にいる間は、よくお部屋にそういう方を連れ込んだりしてたみたいなんですよ。もし商会のほうでそういうお店をやってたんだったら、従業員割引とかきいたりするのかなって」


「し、知るか! うちは娼館などやっておらんし、奴の私生活など知らん! それにそんな事、事件には関係ないだろう! さあ、もう聞きたいことは聞いたはずだ! 帰ってくれ!」


 屋敷を追い出されてしまった。


「……アリーナさん。今の」


「……途中まで気前良く話してくれてたのに、急に不機嫌になったよね。他のふたりみたいに失礼なことを聞かれたからっていうよりは」


「うん。これはちょっと、ふとっちょさんとやせっぽちさんに調べてもらったほうがいいかも。ていうか、失礼なこと聞いてる自覚あったのか」






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