とある女騎士の事件簿 黄金の経験値番外編

原純

第1話「グライテン連続殺人事件 1」





 オーラル王国。


 前大戦で唯一、戦火に焼かれずに残った国である。


 いや、それどころかこの国はダメージと言えるほどのダメージも受けていない。

 むしろ、大戦によって他のすべての国家が滅亡したために相対的に国の格が跳ね上がり、今や大陸の全てに対し、只ならない影響力を持つ大国としてその名を轟かせていた。


 そんなオーラル王国の南部には、グライテンという名の長閑な田舎街がある。

 田舎街と言っても、地方都市としてはちょっとした規模だ。

 近くに魔物の領域はないが、近隣の農村から農作物を一手に集める商業都市になっており、その重要性から簡易な街壁も設置されている。

 周辺には魔物の領域とまでは言わないまでも、夜には魔物が現れるような場所もあるため、そういうものから街を守るためでもあった。


 現在このグライテンの街に、プレイヤーでありながらオーラル王国の騎士でもあるユスティースは滞在していた。

 一応国からの命令で赴任してきているため、住居は領主が用意した騎士用の官舎だ。


 そこで割り当てられた自室で目を覚ましたユスティースは、顔を洗って服を着替え、食堂へと足を運んだ。つい先程、リアルの方でも目を覚まして顔を洗ったばかりのためいささか妙な感じがするが、あちらの身体とこちらの身体は全く別であるため仕方がない。


 食堂ではこの騎士団の密かなアイドル、ターニャ・マヨラーナが、健康的な赤い髪をなびかせてせわしなく食事の配膳をしていた。

 朝も早いからか、いささか疲れが見える様子だが、それを感じさせないよう元気よく振る舞っている。こういうところが彼女の人気の秘密なのだろう。


 官舎の食堂は公営の施設だが、そこで働く人々は必ずしも公務員というわけではない。例えばこのターニャも、朝と夜だけ官舎の食堂で働き、昼間は街の食事処でウェイトレスをしている。

 ユスティースはこの街に知り合いが居ないため、昼間はたいていその店で食事を摂っていた。そしてその食事処には官舎でよく見る顔がいくつもあり、彼女が官舎に住む騎士たちのアイドルだという事実は、その事からも明らかだった。


「あ、おはようございますユスティース様!」


「おはようターニャさん。別に私に様は要らないんだけど」


「そんな! グライテンの新たな英雄を呼び捨てなんて出来ませんよ!」


 赴任直後の騒動での活躍によって、今やこの街でユスティースの顔と名前を知らないものはいない。一部には熱狂的とも言えるファンが生まれているのもアリーナから聞いていた。


「でも、本当に凄いと思います、ユスティース様は。私とそう変わらないくらいのお年なのに、あんなにかっこよく活躍なさってて……。それでいて、私みたいなものにも優しくしてくださって。

 こんなことなら、もっと早くからご挨拶してればよかったです。そうすればもっと早く仲良くなれたのに」


 そう言われても、ユスティースも別にそんな大した人間ではない。

 戦闘力の高さには自信はあるが、それにしても勝てない相手はいくらでもいる。


「私なんて、料理人になろうって一念発起して田舎から出てきたっていうのに、未だに『下拵え』しか出来なくて」


 『調理』は取得するのにかなり面倒な条件があると聞いたことがある。プレイヤーでも持っている者は少なかったはずだし、その少ない所有者たちも取得条件を具体的に明かしたりはしていない。NPCなら奥義とかそういうレベルの技術なのだろうし、『下拵え』だけでも普段の料理では十分すぎるほどだ。そう謙遜したものでもない。

 しかし主君ライリエネの計らいで多くの経験値を賜り、他の騎士たちと比べても異常なスピードで成長しているユスティースがそれを言ったところで、嫌味に聞こえてしまうかもしれない。


 それに実際のところ、ユスティースはプレイヤーであるため見た目通りの歳でもない。

 そういう後ろめたさから、ユスティースはターニャの言葉を褒めも謙遜もしづらかった。


「田舎からこの街に……。そうなんだ。田舎はどっちの方なの?」


 困った時は天気の話題か故郷の話題に振ればいい、と誰かが言っていた。それが地雷の場合もあるが、そういう人は田舎から出てきたなどとわざわざ言ったりしないだろう。


「えっと、ここから北の……名前もないような農村なんですけど、いいところですよ。みんな優しくて」


「へぇー。北の方の……。どうしてこの街に? ここより北ってどの辺なのかはわからないけど、王都とかに行った方が栄えてたんじゃない?」


 グライテンは田舎街だ。

 もちろん農村などに比べれば遥かに栄えているし、例えば経済的に発展していない旧ペアレ王国の基準から言えば十分大きな都市だと言えるが、夢を抱いた若者が田舎から成功を求めて出てくるタイプの街には思えない。いや、これは偏見なのかもしれないが。


「それは、その……。実は私には姉がいまして。姉がこの街に行くって言って出てったんですよ。それで、もし何かあったら助けてもらえるかなと思って」


「なるほど、そういうことだったのね。それで、今はお姉さんと2人で暮らしているの?」


「いえ、姉はこの街にはもういませんでした。どこか遠くに行ったみたいで……。姉の勤めていた商会にそう聞きました」


 ターニャは寂しそうに目を伏せた。


「そうなの。それは残念ね──」


「──あ、ようやく起きてきた! 大変大変、大変なのよ隊長。呑気に朝ごはんなんて食べてる場合じゃないって!」


 食堂に騒がしい声が響いた。アリーナだ。

 口調とは裏腹にのんびりとした足取りでテーブルに近づくと、ターニャが運んできたユスティースの朝食をつまみ食いしている。


「ちょっと勝手に……。それより、なにかあったの?」


「事件よ事件。殺人事件よ」


 一方的に話すアリーナの話を仕方なく聞く。


「──え、身体中を輪切りにされたご遺体が?」


「そう。で、そんな猟奇的な事件はこれまでなかったってことで、中央から来てる私たちにも意見を聞いてみたいってさ」


 アリーナの言葉を聞きながら、ユスティースは内心で首を傾げていた。

 ゲームという事を差し引いても人の命が軽く思えるこの世界で、いちいち街なかで起きた殺人事件に騎士が出張って行くことなどあるのだろうか。

 特にこのグライテンの街はつい先日、大勢のモンスターと巨大な双頭の竜による襲撃を受けたばかりだ。









 街に攻撃してきたモンスターの集団にも、双頭の竜にも見覚えがあった。


 モンスター集団は以前、ユスティースがペアレ王国南部のゾルレンに出張していた際に襲撃してきたモンスターたちだ。

 モンスターにしては妙に統率が取れた動きと、また同様の集団がその後ポートリーに現れたという情報から、モンスターはモンスターでもプレイヤーの集団なのではないかと考えられていた。

 その疑念は今回のグライテン襲撃で確信に変わった。


 そして双頭竜の方は前回イベント、ペアレ王国の王都で第七災厄マグナメルム・セプテムが召喚してみせた竜だ。

 その時はペアレ国王のご遺体の運搬しかしていなかったため、どういうモンスターなのかは全くわからない状態だったが、今回は嫌というほど知ることが出来た。


 グライテンに襲撃してきたモンスター集団は、前回戦ったときよりもずっと戦闘力を増している様子だった。

 しかしそれはユスティースも同じだ。

 前回は一合剣を交えただけで撤退されてしまったが、今回はそのような様子はなかった。

 あちらもユスティースに気付いたようで少し困惑が見て取れたものの、すぐに積極的に攻撃を仕掛けてきた。今回は指揮官から妙な命令は出なかったらしい。

 モンスターたちは、今度こそキルしてやると言わんばかりの勢いでユスティースを狙ってきたが、そうはいかない。

 今回は主君ライリエネと女王ツェツィーリアの計らいで、オーラル王都から近衛騎士団も派遣されている。たった2人で戦った前回とは違う。


 大幅にパワーアップしたユスティース自身に加え、非常に強い近衛騎士団や、それに何故か付いてこられているアリーナたちの奮戦により、強化された魔物集団の襲撃は何とか凌ぐことが出来ていた。

 そのままどちらかが疲れ果てるまで戦い続けるのか、と感じ始めたその時、双頭竜は現れた。


 魔物プレイヤーの集団はもしやマグナメルム・セプテムと通じているのか、と戦慄したが、驚いたのは双頭竜の行動だ。

 双頭竜は近衛騎士団も魔物プレイヤー集団も、そのどちらにも攻撃をしたのである。

 具体的にどういう攻撃だったのかは不明ながら、双頭竜の両の口から放たれた、禍々しい雰囲気のブレスを受けた近衛騎士団や魔物プレイヤーたちは次々と血を吐いて倒れていった。

 そのあまりに衝撃的な光景に、遠巻きに見ていた住民たちは全て逃げ去った。

 ユスティースも逃げ去りたい気持ちでいっぱいだったが、騎士が逃げるわけにはいかない。


 双頭竜は何故かユスティースをはっきりと睨んでいたため、街への被害を減らすために、街から離れて双頭竜と一騎討ちを──









 とまあ、そのように大変な事態を乗り越えたばかりだというのに、こう言っては被害者に悪いが、たかが殺人事件くらいで騎士など動員するものなのだろうか。


「とにかく、呼ばれているって言うなら現場に行ってみましょう」


「それ、食べないなら食べていい?」


「食べてる場合じゃないんじゃないの? 時間あるならそりゃ食べてから行くけど」


 結局、朝食は食べてから向かった。





「──うっ」


「うっわ。これはなかなか……」


 現場の路地裏でユスティースを迎えたのは、細切れにされた、おそらく人間だろうと言うしかない赤黒い何かだった。

 食べたばかりの朝食を戻してしまいそうだ。食べなければよかったと後悔した。


 周辺は騎士や衛兵たちによって封鎖されていたが、封鎖線の外側は野次馬らしい住民たちでごった返している。

 こういう状況で野次馬根性を発揮するのは、現実でもゲーム世界でも同じらしい。

 路地裏とはいえ、すぐそこは大通りだ。こんなところに騎士や衛兵が大勢集まっていれば、無関係な住民でも気になって見に来てしまうのは仕方がないとも言える。野次馬を制するべき衛兵たちの存在が更に野次馬を集める事になってしまっているが、こういう光景は現実でもしばしば見られる。


 問題の遺体については調査もまだ終わっていないらしく、片付けられる様子もない。カメラや何かも無い世界では、写真に残すというわけにもいかないだろうし、調査するなら動かすわけにはいかない。

 一応、スケッチをしているらしい騎士はいるが、描き終わるまではまだしばらくはかかりそうだ。


「──あ、どうもわざわざすいません。本国からいらした、騎士ユスティースですか?」


「はい、私がユスティースです。あの、私は本国の騎士というわけではなく、本国経由でこちらに出張しているだけの地方騎士なんですけど……」


「いやいやそんな、ご謙遜を! そもそも、ただの地方騎士が女王陛下から直々に出張命令を出されるなんて、有り得ませんよ! 騎士ユスティースが特別なお方であるという事は間違いありません」


「それに、先日の魔物襲来やドラゴン襲来の時には、この街も騎士ユスティースに守っていただきました。貴女が居なければ今頃この街は焦土になっていたかもしれませんし、たとえ貴女が本国の肝煎りの騎士でなかったとしても、この街の人間で貴女に一目置かないものはおりませんよ」


 ふとっちょの騎士とやせっぽちの騎士がユスティースをべた褒めしてくる。

 多分自分の後ろでアリーナはニヤニヤしているのだろうな、と思ったが、振り返って文句を言うわけにもいかない。


「はあ、いえ、私なんてそんな大したことは……」


 しかし、女王からの命令だという事がこんな地方の騎士の耳にまで届いているのだろうか。

 いかに他に警戒すべき国がないからといって、いささか情報統制が甘すぎやしないだろうか。


「そうそう、大したことないですって。それより、隊長をおだてるのはそのくらいにして、事件の詳細を教えてもらえますか?」


 無限に続く謙遜合戦に突入するかと思いきや、アリーナがそれを止めた。正直助かったが、もう少しこう、言い方と言うか、隊長なのだから立ててくれてもいい気もする。


「そうでした。そのためにわざわざお越しいただいたんでした。ええとですね。まずは被害者ですが。

 ──ご覧の通り、被害者は全身をバラバラに切り刻まれており、この路地裏に放置されていました。

 遺体には血液がほとんど残っておりませんでしたが、この状態であればある意味で当然とも言えますな。そのため犯行現場はここではなく別の場所だと考えられます。血はこの路地裏にも飛んでおりますが、失われた血液量から考えると少なすぎますから。

 また被害者の着ていた服などですが、これは脱がされてそこらに投げ捨ててありました。靴も同様です」


 ふとっちょが聞き取りやすい口調で話してくれた。


 意外なほどしっかりと調査は進んでいた。

 どうやら科学技術の発達していないゲーム世界だと無意識に舐めていたようだ。

 科学的な鑑定や観察が出来ずとも、状況からわかることはたくさんある。

 遺体から血液が失われている事も遺体の重さを調べればわかることだろうし、この場に残された血痕の量にしても見ればわかる。土に染み込んだ可能性もあるのだろうが、そうなのかそうでないのかは経験から判別がつくのだろう。


「なるほど。それで、被害者の身元はわかっているんですか?」


「いや、何しろこの有様ですからね。顔どころか、体型だってはっきりしません。多分、中肉中背の中年の男だろうってことはわかっちゃいるんですがね……」


 アリーナの質問にはやせっぽちが答えた。

 この2人の騎士がこの事件の担当なのだろう。オーラル王国では基本的に、騎士はツーマンセルで行動する事が義務付けられている。ユスティースがアリーナと一緒にいるのもそれによるものである。


「あ、凶器とかってわかりますか?」


「凶器、というと、遺体を切り刻んだ刃物ってことですか? それがまったく……。ああ、私は今刃物って言いましたが、実際のところ刃物なのかどうなのかもわかっちゃいません。というのも、この遺体の切り口ってのは、まるで鋭利な刃物に切られたみたいに綺麗なのはそうなんですが、ちょっと綺麗すぎるんですよ。ほら見てください。骨も一緒くたに切られてるんですが、普通刃物で人間を斬った時、刃は一旦骨で止まります」


 嫌悪感を抑え込んで切り口を覗き込んでみる。

 確かに、パッと見た程度では骨と筋肉の境目がわからないほど、すっぱりと切断されている。

 硬さの違う骨と筋肉を、一瞬のうちに切り裂く事が出来なければ、このような切り口にはならないだろう。


「もちろん高名な傭兵なんかが高ランクの剣を使って斬ったとなれば話は別ですが、そうだとしても斬る対象が軽くなればなるほど、その難易度は飛躍的に上がっていきます。

 見てください。この遺体は、足の先から頭の先まで、全て均等に同じ幅でぶつ切りにされていますよね。こんな事、普通は不可能ですよ」


 確かに、普通に考えて剣のような刃物で可能なことだとは思えない。

 一瞬、ペアレ王都で見た、マグナメルム・セプテムが怪物の首を音もなく切り落とした謎の技を思い出したが、こんな田舎街の路地裏で、災厄ともあろう存在がそんな事をするわけがない。


 現状では凶器、というか犯行手段は不明だとしか言いようがない。


「じゃあ、犯行時刻とかは……」


 ユスティースのこの問いにも、2人の騎士は困ったような顔をした。


「多分、夜だろうって事くらいしか……」


「なにせ、裏通りですからね。すぐ近くには大通りもあるし、人通りが少ないってほどじゃありませんが、覗き込まないとあちらからは見えません。血が少ないせいか匂いもそれほどきつくはないですし、暗くなってからじゃ、ここで何かが行われていたとしても気付かないでしょう」


 つまり犯人は夜、人目が少なくなってきた頃にここまで遺体を運び、そして何らかの手段でバラバラにした、ということなのだろうか。


「第一発見者の方はどうして見つけたんですか?」


「ああ、ここの近くで働いている女性で、なんでも毎日、ここを通って通勤しているらしいんですよ。それで、今朝出勤のために通りがかったところ、遺体を発見したということで……」


「あの、その方からお話を聞くことって出来ますか?」


「もちろんです! ということは、捜査に協力していただけるって事ですね! いやー助かります! ささ、あちらで休んでもらってますので……」


 いやそこまでは、と言いかけたがやめた。

 話を聞いてみたかったのはこの事件に対する好奇心からだったが、ここまで首を突っ込んでおいて協力しないとも言いづらい。

 騎士たちや街の人々が困っているのも確かだし、微力ながらも自分が何かの助けになれるのであれば、協力するのは吝かではない。


 その第一発見者の女性は、この近くの定食屋に勤めている女性だということだった。

 名前はユッタ・グラウン。20歳。焦げ茶色の髪は緩いウェーブがかっていて、美人というより可愛らしい印象の女性だ。距離があるため実際に競合することはないだろうが、ターニャが昼間勤めている食事処のライバルといったところだろうか。


「──それで、今朝出勤しようと路地裏を通ったところ、あのご遺体を発見してしまったと。ああ、思い出させてしまってすみません。貴女の事は我々騎士が命に替えてもお守りしますから、大丈夫ですよ。それで、発見したのは何時くらいのことかわかりますか?」


 朝一番からあんな凄惨な遺体を見てしまい、憔悴した様子の女性を気遣いながらアリーナが聞いた。こういうところは、さすがは騎士の先輩だなと感心する。


「え、ええっと。お店は7時に開店するので、私が出勤するのは6時頃です……。だから多分、6時少し前くらいじゃなかったかと……」


「──そちらの女性が最寄りの詰め所に駆け込んで来たのが、6時の鐘が鳴って少しした頃でしたから、おそらく間違いありません」


 女性の護衛で──とおそらく監視も兼ねて──立っていた衛兵が補足してくれた。

 ヒューゲルカップや王都であれば、衛兵隊の詰め所なら時計が配備されているのが普通だが、この街はそうでもないらしい。安いアイテムでもないので経済的な問題だろう。

 

「……犯人は夜、大通りの人通りが少なくなってから遺体をあそこに運んで、朝6時よりも前までに作業を終え、現場から立ち去った、ってことかしら」


 アリーナがつぶやく。

 女性がそんなアリーナに不安げな視線を向けた。


「あ、すみませんご協力ありがとうございます。聞きたいことは以上で──」


「ちょっと待って、ごめんなさい。もうひとつだけいいですか?」


 話を切り上げようとしたアリーナを止め、女性に尋ねる。あまりあれこれ聞いてこれ以上疲れさせたくはないが、これだけは聞いておかなければならない。


「職場からの帰り道はどこを通ってるんですか?」


「えと、こ、この路地です」


「毎日同じように働いているっておっしゃってましたよね。では昨日の夜もこの路地を通って帰宅されたんですか?」


「は、はい」


「それって何時頃ですか?」


「き、昨日はその、ちょっと用事があって、遅くなってしまって……。ここを通ったのは、多分11時過ぎくらいだったかと……」


 女性が働く定食屋には時計があるらしい。

 ならば間違いないだろう。


「ご協力、ありがとうございました」





「──死亡推定時刻がわからないのは痛いけど、犯行時刻は昨日の夜11時から今朝6時までの間の7時間か……。幅が広すぎるわね」


「なるほど、昨日の夜にすでに遺体がここにあったんなら、その時点で気付いてたはずだもんね。それより、死亡推定時刻って、そんなものわかるわけなくない?」


「……まあそうね。わかったらいいなーってだけよ」


 もっともあれだけ遺体が損壊していれば、現実でも正確な死亡推定時刻を割り出すのは難しいだろう。かなりの幅は出来てしまうはずだ。


「ていうか、そもそも死因もはっきりしてないし」


「……そうか。被害者は身体をバラバラに刻まれているけど、それが死因かどうかはわかんないのか」


「生きてる間にバラバラにっていうのも考えづらいし、死体をここに運んでここでバラバラにしたか、どこかでバラバラにしてからそれをここに運んだのか……」


 これも現実であれば生活反応などから傷が生前に付けられたものなのかどうか判別できるのかもしれないが、ここでは無理である。

 現場や遺体に血液がほとんど残されていない事から、可能性が高いのはどこかでバラバラにしてここに持ち込んだという線だ。

 しかしその場合、わざわざ服まで持ってくるだろうか。

 処分に困ったのだとしても、それ以上に犯行現場の大量の血液のほうが処分に困るはずだ。服などどうにでもなる。敢えて遺体と一緒に運んできた理由はなんなのか。


 どこかで殺し、バラバラにしてここに運んできたとしても、人ひとりに相当する量の荷物だ。

 運ぶと言っても簡単ではない。

 しかしそうした問題にとらわれない存在もいる。

 プレイヤーだ。

 彼らが持つインベントリがあれば、遺体がそのままだろうとバラバラだろうと、それを運ぶ事など造作もない。


「そもそも、なんでわざわざバラバラにしたのかって話よね。どこかで殺して、それで放っておけばここまで大事になることもなかったし、下手したら先日の魔物襲来事件の時の被害者の1人としてカウントされてたかもしれないのに」


 そうだ。

 問題は目的だ。

 凶器、犯行時刻、犯行手段がわからないのなら、目的から攻めるしかない。


 これほど猟奇的な犯行を行なった人物である。その行動には必ず何らかの理由があったはずだ。

 騎士団を動員するほどの事態になるという、リスクを冒してでもしなければならなかった理由が。


 仮にプレイヤーがそれをしたのだとすれば、そもそもほとぼりが冷めるまで死体はしまったままにしておけばいいだけだ。

 人の死体をインベントリに入れるなど想像しただけでも耐えがたいが、システム上出来ないわけではない。


「放っておけばそもそも事件が発覚することもなかったかもしれない点を考慮すれば、目的は何かの隠蔽とは思えない」


「それでもやったってことは、怨恨かしら」


「あるいは、快楽目的か」


 犯人がプレイヤーであるとしたら、怨恨の線は考えづらい。逆に、快楽目的ならプレイヤーである可能性は低くない。見せびらかすかのように遺体をここに遺棄した事も、自己顕示欲を満たすためだったと考えれば頷ける。


「──我々は引き続き、現場の情報を記録することと、周辺の聞き込みを継続します」


「騎士ユスティースと騎士アリーナ、今日はありがとうございました。もし何か気付いた点があればおっしゃってください」


「……はい。何のお力にもなれませんで」


「いえいえ、足を運んでいただいただけでも。ほら、ご覧ください騎士や衛兵たちを」


 ふとっちょに促され、現場で働く騎士たちを見てみると、彼らについ、と目を逸らされた。そして妙に張り切った様子で作業に没頭している。

 目を逸らされたということはそれまでは見られていたということで、つまりどういうことなのか。


「──みんな隊長のファンってことなんじゃないの?」


 何やら気恥ずかしくなってしまったユスティースはアリーナを連れ、そそくさと現場を後にした。





 一向に捜査が進展しないまま、再び異常な状態の遺体が発見されたのは、その翌々日のことだった。






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