― 第26話 ― 華麗に舞ってみせましょう

「……ところで殿下、あのようにいってしまった手前、踊らないわけにいかないのではありませんか?」

「……」


 イシュトヴァルトの怒気を目の当たりにし、少々ゴタついている様子を見ていた他の夜会の参加者は、皆一様に渦中の二人の周りから距離を取るようにして談笑している。

 挨拶に来るのも少し時間をおいてからと思っているのだろう。

 それをいいことに、ルカは周りには聞こえない程度の小声でイシュトヴァルトに話しかけた。


「別に無理に踊らなくても構わないぞ」

「……いえ、踊るのはよいのですが。それとは別に、気になっていることが」


 到着直後の、会場全体の気配を思い返してルカは言い。その中に混ざっていた殺気について、誰が発したものなのかと。

 ほとんどの者が、詳しく知らないルカに対して、まずは単なる興味を元にした視線でもって迎えた中、その中の誰かだけは殺意を隠さなかった。

 明確な殺意を、この場に来てすぐ発してくるのは穏やかではない。


「それに……殿下は先程から、この会場で誰かをお探しになっていらっしゃる」

「……」


 そもそも、顔を出すだけに留めるといっていたわりには、イシュトヴァルトの行動は最初からところどころおかしかったのだ。

 まず、ごく短時間しかいないはずの会場に仕事を持たせたルーシャスを連れて来ていること。

 踊るような時間がないのに、クラリスを突き放す言い分にルカと踊っていないからと告げたこと。

 現にその結果、ルカと踊るための時間が必要になっている。

 イシュトヴァルトならば、もっと上手いこと言えただろうとルカは思う。


「あの場面では、気分を害したので会場を失礼する形で会話を終わらせてもよかったはずです」


 顔を出すという名目は達成できているし、本当にこの場にいる必要がないのであれば今すぐ帰ることは可能なのだ。

 それをしないのは何故なのか? そう、ルカは静かに問う。


「……」

「殿下……?」

「……目敏いな。まぁいい、お前に隠す方が難しいとは思っていた」


 イシュトヴァルトはやや面倒臭そうに、しかし、ルカが気がついたことには満足げに、事情を話し出す。


「城下で捕らえた者の口を割らせた」

「……なるほど、首謀者がわかったと」

「いや、まだだ。捕らえた者たちは首謀者の顔を見ていなかった」


 おそらく顔を隠していたのだろう。まぁ、当たり前だとは思うが。

 結局、依頼者について詳しいことは知らないということだ。


「顔も名前もわからず、知り得ていた情報は声音からして男性であり、中肉中背で年齢不詳。白髪で首のあたりに傷があったということのみだ」

「……情報量としては少ないですね。しかし、その者が何故この会場にいると?」

「その白髪の男もまた依頼を受けた立場として動いており、依頼主のことを閣下と呼んでいたのを聞いたと、捕らえた者が証言している。そう呼ばれるのは大概が貴族だろう」


 確かに。敬称を隠さなかったのは不手際だ。

 まさかこんなところからバレるとは思っていなかったのか、それともわざとか……。ともかく、公爵家主催の夜会であればその閣下と呼ばれた首謀者がいてもおかしくはない。


「夜会にお前が来るとなれば、一度失敗している以上、閣下と呼ばれた男か白髪の男かどちらかは直接手を出しに来ると踏んだ。ルーシャスには怪しい人物を見つけるように命じてある」

「……つまり、私をおとりに使う気だったと?」

「結果的にそうなるな」


『婚約者を危険に晒すなんて……』とは、思ったりしないルカである。

 参加が決まった当初はそんな陰謀について明らかになっていなかったのだろう。

 本当に危険であるならルカを夜会に参加させること自体していないはずだ。

 しかし、直ぐに会場を後にできないということは、それだけ怪しい人物を探すのに難儀しているとみた。純粋に参加者も多い上、会場内に従者や使用人も含まれていては無理もない。


「……状況はわかりました」

「……何を企んでいる」


 ストンと腑に落ちたような声を聞いたせいだろう。

 また何かやらかす気か? と胡乱げな視線を送られながら、ルカは意味深に笑って見せる。


「殿下、踊りませんか?」

「……」

「不審な者を炙り出してみせましょう」


 ほんの少し妖艶さを加えて手を伸ばせば、イシュトヴァルトは盛大に溜め息をつきながらではあったが手を取り返してくれるのだった。


 自然なエスコートを受けながら、広間の真ん中に連れ出される。

 曲が奏で始められると同時に、ルカはイシュトヴァルトのリードに合わせて足を動かした。


「……それで、ただ踊っているだけでどう炙り出すんだ?」

「ふふ、いつ私が……」


 と、普通ならイシュトヴァルトのリードに委ねるべきターンで、ルカはあえて自分から主導権を握りに行く。


「ただ踊るだけだと、申し上げたでしょうか?」


 急な重心の変化にも動じず、軸が揺らぎすらしないのはさすがのイシュトヴァルトといったところだろうか。

 くるりと回転すると同時に、再びイシュトヴァルトのリードに戻し、小首を傾げ、不敵に微笑みながら煽るように足を運ぶ。

 夜会での踊りとして型破りなそれは、目の前のパートナーへの明確な挑発だった。


「……なるほどな」


 そこから、イシュトヴァルトの方もルカに主導権を握られぬよう、ルカの動きに対しての先手を打っていく。

 傍から見ているそれは、まるで二人が演武でもしているかのように映ったかもしれない。

 リズムを崩さぬようにくるくると舞い、優雅でありながら鋭い足さばきでステップを踏む。

 イシュトヴァルトのほうが当たり前だが上手なため、ルカは中々攻めあぐねながらも、互いに一歩も譲らぬ状態である。


「……っ、」

「ふ……、どうした?」

「私の動きを阻止しながら笑わないでくださいませ」


 小声で交わされる応酬は観客には届かない。

 銀糸の髪がターンの勢いになびいて、衣装に施されたビジューの数々が光を反射する。その美しい光景だけが視界を埋める。

 いつの間にか、フロア上にはイシュトヴァルトとルカ以外はいなくなっており、ほとんどの者が二人の織り成す芸術のような動きに魅入っていた。

 そうして浮き彫りになるのは、


「……殿下、見つけました」

「あぁ、見えている」


 足を動かし、フロア上で舞い踊りながら、ルカもイシュトヴァルトも、会場をそれとなく見回していた。

 踊りそのものを演武のようにすることで、身体の感覚が過敏になり認識はより研ぎ澄まされる。

 夜会の参加者がギャラリーと化す中で、こちらにひと目たりとも見向きもせずに会場をうろつく人影は、盛大な違和感を伴って視界に映り込んだ。


「……ルーシャスさまも気がついたようですね」


 少し離れて様子を見ているルーシャスのこともまた、その動きが違和感として認識される。


「こんな形で不審人物が炙り出されればさすがにな……」

「お褒め頂き光栄です」

「褒めていない」


 人は、なにかに集中するとき、優先順位をつけるのだ。

 今この場において、一番注目を集めるペアが、最上級の踊りを繰り広げる中で、それを見るよりも優先するようなことがあるとしたら、それはなんだろうか。


「……曲が終わるな」

「追いますか?」

「…………お前は会場に残れ」


 きっと、かなり重要な任務を抱えているに違いない。

 その上、人に集中されず、自由に動けるタイミングでコソコソと動く者が、まともであるはずもない。


「……いいな、ルカ。この会場からは出るな。侍女と大人しく待っていろ」

「…………善処します」


 耳元で囁くような声音が指示を残すと同時に、曲が盛り上がり切り、そして終わる。

 イシュトヴァルトはルカの背に腕を回し、身体を反らせるような体勢で音楽に合わせてゆっくりと静止させた。

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