― 第25話 ― お呼びじゃないのは承知の上です
(赤毛に、勝ち気そうな目……ラザフォード公爵家のご令嬢ね……)
吊り目がちの瞳には自信が溢れ、少し癖のある母譲りの赤毛を綺麗に纏め上げた彼女は、オレンジがかった華やかなドレスと揃えたらしい扇子を片手に、ルカを見据えている。
滲み出る敵意と笑顔なのに笑っていない目元が、如実にルカを嫌悪していた。
「あぁ、すまないクラリス。ルカさま、こちらは私の妻メラニアと娘のクラリスです」
事前にルーシャスから聞いた話によれば、末の娘として大層甘やかされて育ったせいもあり非常に自尊心が高く、公爵家という事もあって皇太子妃の座は当然と思っていた節があるらしい。
高価そうな香水の香りを纏いながら、紹介されたクラリスはずいっと父親を押し退けるようにして前に出ると、一応は令嬢らしく静かに礼を取った。
(もう少し感情を隠すことを覚えないと、これでは無用な諍いが絶えないでしょうね……)
高慢が服を着て歩いている……例えるならそんな感じだろうか。
なぜ自分が、目の前の相手に媚びなければならないのかという不満の感情が隠しきれず、漏れ出てしまっているのが見て取れる。さらに、侍女として後ろにいたシルフィを見て一瞬だけ驚き、嘲笑うような表情をしたのを、ルカは見逃してはいない。
(嫌な思いをさせてごめんなさい、シルフィ……)
後でちゃんと謝らなければ。
ルカは、自身が我慢すればいいだけであれば理不尽な誹謗も中傷も気にしないことの方が多いのだが、周囲の人に影響が及ぶのは看過できない
ここではとりあえず触れないことにしたものの、胸のうちにこの件についてはしっかりと刻み込んでおくことにした。
「ルカさま、クラリス・ラザフォードと申します。お会いできてとても光栄です」
「はじめまして、クラリスさま」
結局、父親に対してルカに紹介しろといった割に、会話する気は最初からなかったのだろう。
挨拶もそこそこに切り上げたクラリスはあっさりとイシュトヴァルトへと向き直ってしまう。
「イシュトヴァルト殿下もお久し振りで御座います。私、本日殿下がお見えになると聞き、とても楽しみにしていましたの」
「……」
「招待状に殿下へのお手紙も同封していましたのに、お返事がなくてとても悲しいですわ。ですが、お忙しいのであればそれも仕方ありませんわね。そうそう、最近私のお気に入りの秋薔薇が庭園に咲きまして、是非とも後ほどご案内をさせていただけたらと……」
そのあまりにも自分中心すぎる行動に、さすがのルカも内心で苦笑するしかない。
そのまま、イシュトヴァルトが黙っているのをいいことに、あれやこれや自分の最近の出来事を話して聞かせ始めた時には、ある意味でハラハラと見守ってしまった。
表情こそ浮かべてはいないが、イシュトヴァルトの冷めきった視線は、既にこの状況への苛立ちを訴えている。
(クラリスさま……これだけ豪胆なのはある意味凄いといえば凄いけれど。殿下が無表情なのが、逆に恐ろしくはないのでしょうか)
自分語りに忙しいクラリスは、きっとイシュトヴァルトの無表情の裏に、どんな感情が渦巻いているかなど気にしていないのだろう。
そうして、途切れる間もなく一方的な話を続けていた彼女は、心配するルカの思いも虚しく、ついにイシュトヴァルトの地雷を踏み抜いた。
「——ですので、殿下。この後私と一曲踊ってくださいませ。今日のためにドレスも新調させましたのよ」
瞬間、周辺の温度が下がる。
(ええ……? 私の目の前でそれを言いますか……?)
まるでルカの存在など最初からないような扱いの上、あろうことかルカの目の前で自分と踊れと言い出すとは……。
これにはさすがのイシュトヴァルトも、黙って聞いているばかりではいられなくなったらしい。
「……クラリス・ラザフォード。私はまだ婚約者とすら踊っていない。その状況で他の女の手を取れると思うのか?」
「も、申し訳ありません……! 出過ぎた真似を……」
顔を顰め、心底不快だと言わんばかりのイシュトヴァルトの低い声音。
苛立ち以上に嫌悪が混じる背筋も凍るようなそれを受け、さすがのクラリスも慌てて謝罪する。
「殿下、私は気にしておりませんので、どうかお怒りをお収めください」
自業自得とはいえ、良いところで話を切り上げられるよう取り図ろうとしていたルカのタイミングの見誤りもあった。
イシュトヴァルトの腕に触れ、仕方なく助け舟を出すように取り成したルカだったのだが、クラリスはそれも気に入らなかったようだ。
「別に、貴女に間に入っていただかなくとも結構ですわ」
目に見えて余計なお世話扱いといった態度を取られ、少々度が過ぎるだろうという思いはあったが、ルカはそれを表に出すほど愚かではない。
口では謝りながら反省の色もないその様子には、クラリスの両親も慌てているようである。
「……ラザフォード、娘と共に今すぐ去れ。しばらく姿を見せるな」
「で、殿下……申し訳ありません。承知いたしました」
さすがにイシュトヴァルトを怒らせ、それ以上会話を続けるだけの強心臓は公爵にもなかったのか、その場から慌ててクラリスを連れて離れるのを目で追いながら、ルカは小さく息を吐いた。
(まぁ……きっと後程もうひと悶着あるのでしょうね……)
もちろん、このままで終わるわけがないのは理解している。
想像していた以上に面倒臭い相手であったし、どう対応したらいいのか、今から少し考えておく必要はありそうだと思ったのだった。
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