― 第22話 ― 急なプレゼントはずるいです

「んん〜~っ、ルカさま、このお菓子とても美味しいです!!」


 湯につかり、染めた髪の色を落とし終えたルカは、軽く夕食を取ったあとの自室で、シルフィや他の侍女たちと共にお茶会を開いていた。

 長椅子に座り、至福の表情でお菓子を食べているシルフィを眺めながら、ルカは隣で紅茶を一口含む。


「よかった。みんなが好きなんじゃないかと思って、お土産として殿下に買っていただいたの」


 猫脚の白いローテーブルの上には、カラフルな色のビスケットにクリームが挟まったお菓子が広げられている。

 上質な紅茶の香りが漂う室内には、シルフィを含めた年若い侍女が四人、長椅子やスツールに腰掛けてお菓子についての感想を言い合っていた。

 今ルカに付いている侍女は皆、ルカが離宮に入ることになってから決まった同じ年頃の少女たちである。

 ようやく仕事にも慣れ、離宮での生活にも慣れてきた彼女たちは、ルカの友達のような気軽な接し方に時々まだ少し驚きつつも、仲良く過ごしてくれていた。


「私こんな美味しいお菓子、初めて食べました……」

「メリアスは商家の出身だったでしょう。色々な国のお菓子が食べられそうなのに意外ね?」

「はい、ルカさま。取り扱いはするのですが、自分で食べることはなくて……いつも眺めているだけなのです」


 メリアスと呼んだ亜麻色の髪をした少女はルカと同い年で商家の出身。


「私もです。売るために作っても自分で食べたりすることはほとんどなく……」

「アンナも? でも確かに、売り物を食べるわけにいかないものね」

「はい。売れ残りは、孤児院に持ち込んでしまうので余ることもないので」


 焦げ茶色の髪を三編みにし、そばかすが可愛らしいアンナはルカのひとつ下で、町の焼き菓子屋の娘。


「私は頂きものを食べることが時々ありましたが……その、ここまで美味しかったかどうかはわからないです……」


 騎士の家の出身でルカよりひとつ年上のミーアは、頭上にまとめた赤茶色の髪を触りながら、ソワソワと自信なさげに感想を述べる。


 皆、それなりに裕福な家の出ではあるが、シルフィ以外は貴族ではない。

 一応イシュトヴァルトが選んで採用した子女たちなので、素性は問題ないのだろうが、相変わらずその選抜基準はいまいちよくわからない。

 さらに、一般庶民出身のメリアスとアンナ、ミーアは城での立ち居振る舞いに些か不安があった。

 そういった不安を解消するため、ルカの開く夜のお茶会は、彼女たちへの一種のマナー講習を兼ねている。


「ミーア、背筋を伸ばして、前を向いて? おかしなことを言っているわけじゃないのだから不安にならなくても大丈夫よ。下を向いていると声も聞こえにくくなってしまうの。せっかくだからミーアの声がしっかり聞きたいわ」

「は、はい……」


 緊張なのかぎこちなくなっているミーアに笑いかけながら、ルカもお菓子を一つ取り上げて食べてみる。


「お菓子なんて美味しいか美味しくないかどっちかの感想ですよね、ルカさま」

「あら、シルフィは菓子なら全部美味しいって言うかと思っていたわ」

「さすがにあまりにも美味しくないものはちょっとと思いますよ!?」

「ふふっ、冗談よ」


 怒るでもなく、時折優しく指摘をしながら、和やかにお茶会は続く。

 そんな中に、部屋の扉をノックする、軽い音が響いた。


「私が出てまいりますね、ルカさま」

「うん、お願いシルフィ」


 こんな夜分遅くになんだろうかと訝しむルカの元へ、シルフィは程なくして箱を抱えて戻ってくる。その表情は少し緊張気味だ。


「あの、ルカさま……皇太子殿下からだそうなのですが」

「え? 殿下から……?」


 大きくはないが小さくもない箱を、片付けてもらった机の上に置いてもらう。

 添えられているカードを取り上げてみると、そこには美麗な筆跡で三日後の夜会で使うようにと書かれていた。署名は確かにイシュトヴァルトからだ。


(ええ……夜会? それも三日後って……)


「ルカさま、プレゼントですよね。開けて見せていただけませんか?!」


 夜会というワードに、「面倒なことにならなければいいが……」と思いながら、プレゼントだと判明した瞬間色めき立ったメリアスに急かされ、そっと箱を開ける。


「「うわぁぁ〜~!」」


 感嘆の声を上げるアンナとミーアに苦笑しながらも、ルカは箱の中身をまじまじと見つめてしまった。


(これって、昼間眺めていた物よね……)


 箱の中に収まる、ベルベットの黒いヒール。

 揃いの髪飾りもしっかり入っており、間違いなく昼間、城下でルカが眺めていた物だろう。


(うーん、もしかしてあの時、使う場所がないと言ったから……?)


 急遽夜会への参加が決まり、わざわざ買い求めてくれたのだろうか。

 カードにチラリと視線をやる。使う場所がある以上、受け取る以外にないだろうと言われているようでなんだか釈然としない。


「ルカさま、素敵なプレゼントですね!」

「そうねシルフィ、とても素敵」


 しかし、改めて見てもとても美しく繊細なそのヒールに、嬉しさが沸くのもまた事実だ。

 お礼の手紙を書かなければと思いつつ、ルカはしばらく侍女たちと共にプレゼントの観賞会を楽しんだのだった。

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