― 第18話 ― 私に考えがあるのです

『お買い上げありがとうございました-ー! またお越しください!』


 お店を出る直前まで、店員の爽やかな声かけが響いていた。

 町の外れにある手芸用品の店の前で、ルカはたった今受け取った包みをしっかりと抱き直す。


「ありがとうございました。刺繍をするのに、ちょうど色糸が減ってきていたところだったのです」


 今着ているドレスを手直ししたりなど、ここのところ針仕事が多かったのもあって糸が足りなくなっていたのを思い出したのだ。

 もちろん侍女に頼めば買ってきてくれるのだろうが、この際だから自分で糸や布の色味を選んでみたかった。


「食事代よりも安いな……」

「こういうのは金額ではないのでいいのでは? とても嬉しいですよ?」


 欲しかった物という意味であるなら、今一番欲しかった物だ。買ってもらえて嬉しくない訳はない。

 ニコニコと笑顔を浮かべるルカに視線をやると、イシュトヴァルトは呆れたような溜め息をついた。

 さてこの後はどうしようかと考え、店の前から移動しようとした直後、二人は同時に気付かれない程度に目を瞠り、一瞬だけ動きを止めた。


「……イシュトさま、今」

「あぁ、気が付いている……」


 何事もなかったかのように歩き出しながら、音量を絞った声音でほとんど唇を動かすことなく会話を進める。


「騎士の方々は……?」

「いるにはいる。が、お前に命の危険がない限り動くなと厳命してある」

「なるほど」


 これまで後をつけられている感覚はあったものの、手を出してくる気配がなかったため放置していた。しかし、さきほど店を出たところで、ルカもイシュトヴァルトもわずかな殺気を感じたのだ。


(町外れまで来たから、仕掛けようと思ったのかしら……? でも殿下の剣の腕は知っているはずよね……)


 傍にイシュトヴァルトがいる状況で仕掛けてくることはないだろうと踏んでいたのだが、どういうわけだろうか。

 戦闘力差を理解しながら仕掛ける気になったということは、何か秘策でもあるのかもしれない。町の中心部には戻らず、外の道をあえて進むべきかと迷いながら、ルカは更に思考を続けていく。


「まいて逃げ切れそうにもないですね」

「無理だな。数が多すぎる」


 ざっとわかる範囲で五、六人程度、おそらくもう少し隠れているだろうから総数は十人前後ぐらいのはずだ。

 人混みに紛れても見失うような失態は犯してくれないだろう。となると、このまま中心部には戻らず、町外れを進む方が周囲の無関係な人を気にする必要は減る。


「鬱陶しい……片付けるか」


 先程までよりいくらか声のトーンの下がったイシュトヴァルトからは、明確な苛立ちが滲み出ている。


「お待ち下さい。こんな町中で昼間に大捕物をするのはさすがにどうかと思います……巻き込まれる民がいないとも限りませんし」


 イシュトヴァルトがいて、ルカも戦えるという状況でこの人数相手なら、自分たちは怪我一つなく片付くとは思うのだが、万が一通りすがりの一般人を盾に取られても面倒だった。

 もう少し穏便に、できるだけ水面下に収まる形で片付けてしまいたい。


「……私に考えがあります。このあたりで人の通りがなく、少し開けた場所を教えてください。行き止まりだとなおよしなのですが」

「……お前はまた、何をする気だ」

「この前あると申し上げました策を披露するだけですよ? それから、この後は私一人で対応しますので、念の為に必ず風上で少し離れて待機をお願いしますね」

「……」


 納得し難いという表情のイシュトヴァルトではあったが、ひとまずルカの希望に沿って動いてくれる気はあるらしい。

 言われた通りの道順をしっかり記憶すると、ルカはそれまで潜めていた声音を元に戻して言う。


「あ! 先程のお店に忘れ物をしたみたいです。すぐに取ってまいりますので、先に広場まで戻っていてもらえますか?」

「あぁ」

「では、後ほど!」


 もちろん忘れ物などなく、ただイシュトヴァルトと離れるためだけの口実だ。

 おそらく狙いはルカだけのはずなので、あえて一人になることで、まずは正確な敵の数を確認する。


(やっぱり十人前後ね……)


 途端にイシュトヴァルトには用はないとばかりに、ルカへと向かう殺気が増えた。

 しかしまだ仕掛ける気はないのか、様子を見られている状態のまま、暫く歩いてみる。

 手芸用品店へ到着する直前に、忘れ物が勘違いであったことを独り言のように呟き、再び踵を返した。


「えーと、噴水広場はどっち方向だったかしら……?」


 さも道に迷ったかのようにウロウロし、曲がり角を数えつつ、目的の場所に自然に誘導していく。

 人通りが減るにつれ、次第に背後の殺気も強まっていくのを感じるが、気にせずに進む。こちらが既に気が付いていると悟られないよう、時折方角に迷いを見せるように立ち止まり、迷路のような通路を目的の方向に移動する。

 そうして路地を抜けた目の前には、誰もおらず、開けた行き止まりの空間が姿を表した。


「……うん、行き止まりね……」


 来た道を戻る以外にないそこでゆっくりと振り向けば、これまで静かに背後に付いてきていた不審な者たちが十人程度、路を塞ぐようにルカに迫っていたのだった。

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