― 第16話 ― 半分ずつ食べましょう

「……凄い人……」

「ルカ、あまり離れるなよ」

「あ、はい」


 目の前に広がる大通りは人の往来が激しく、前に進むのも一苦労しそうである。

 通りの左右にはショップが入った建物が建ち並び、中心部には噴水広場のような開けた空間があるようだ。

 キラキラと輝くような通りに目を向けつつ、イシュトヴァルトに話しかける。


「そう言えば、城下に出た目的を聞いていなかった気がしたのですが」


 公務にしろ私用にしろ、目的があるのであれば、ルカがフラフラよそ見をして時間を無駄にするわけにはいかない。

 町の構造にも詳しくないルカは、イシュトヴァルトを見失った瞬間に迷子になるのも間違いないので、とりあえず彼に着いていかなければとその動きを注視してみたのだが、イシュトヴァルトには歩き出す様子がないのである。


「目的はない」

「え、ないのです?」

「強いて言うなら、お前が行きたいところが目的地だ」

「!?」


 つまりそれは、数日前にゆっくり買い物がしたいといったルカの希望を叶えに来てくれただけという事で……忙しいはずのイシュトヴァルトが、ルカのために、丸一日予定を空けてくれたという事である。


「あの、ありがとうございます……」

「好きなところに行けばいい。買いたい物があったら言え」

「……はい!」


 そうなれば、変に遠慮するほうが失礼というものだ。

 ルカは気の向くままに、まずはメイン通りであるらしい目の前の通りを歩いてみることにした。


「まぁ、素敵。編みカゴのポシェットかしら。あっちにはぬいぐるみも……」

「……」

「イシュトさま、あちらのお店も見てもよろしいでしょうか」

「好きにしろ」


 ショーウィンドウや店内を眺めては移動するルカの後ろを、イシュトヴァルトは文句も言わずについて歩く。

 時折すれ違った人や、店内にいる客がイシュトヴァルトの見た目に気を取られて視線を送っているためか、仏頂面で機嫌はあまり良くなさそうなのが気になる点だ。


(殿下は顔を隠していないから、どうしてもその綺麗な顔に視線が惹き寄せられてしまうことを阻止することができないのよね……)


 外套を頭から被るなどして隠したほうがいいのでは? と聞いたところ、変に隠す方が目立つとのことで、あえてそのまま晒しているという、悩ましい状況なのである。

 因みに、ルカの方も時折男性から視線を向けられているのを感じてはいるのだが、同伴しているイシュトヴァルトの姿を見るや光の速さで視線が外れていくのには思わず内心で笑ってしまった。


(とはいえ、やっぱり注目されるのは良い気分じゃないわよね)


「あの、良かったら休憩しませんか? 少しお腹も空きましたし」

「……なら広場に向かうほうがいいな」

「広場……?」


 ある程度見たいものは見たということにして、言われたとおりに噴水広場まで行ってみると、そこには様々な食べ物を売る屋台がずらりと並んでいる。

 甘いものやフルーツもあり、どれもとても美味しそうな上に、周辺には良い匂いが漂っていた。

 朝というには遅く、昼というには早い時間で、朝食はしっかりいただいたのだが、歩き回ったせいか思わずお腹が鳴りそうになってしまう。


「んんん……。イシュトさまに我儘を言ってしまい大変申し訳無いのですが……」

「……なんだ」

「食べられるだけ食べてみたい、です」

「……」


 どれかひとつを選べないと目移りするルカを眺めつつ、若干呆れ顔のイシュトヴァルトは、それでも黙って硬貨の入った布袋を手渡してくれる。

 手始めに串に刺さった鶏肉の焼き物を一本と、パン生地で具材を包んで蒸しあげたものをひとつ、棒に刺して飴のかかったフルーツに、スティック状の揚げケーキを注文してみた。


「……食べ切れるのか、その量」

「た、多分……?」


 購入したものを落ちないようにしながら噴水の縁に腰掛けると、イシュトヴァルトも隣に並んで座る。

 さすがに全てを持ったままで食べるのは至難の業だなどと考えていると、横からひょいっとフルーツとスティックケーキがイシュトヴァルトの手の中に奪われていった。


「ぁ、」

「どうせ先にそっちだろ。持っていてやるからさっさと食べろ」

「あら、イシュトさまも食べていいんですよ?」

「……」


(もしかして、一人で全部食べると思われていたかしら?)


 串肉も蒸したパンも、それなりの量がある。

 一人で食べてしまうと他のものに手が出せないため、最初からイシュトヴァルトと半分ずつにするつもりで買っていた。

 彼に食べてもらえないとなると、他に気になっているものはお預けになってしまうのだが……と、おずおずとその顔を覗き込むルカ。


「俺も手がふさがっている」

「ふふ、そうでしたね。では、どうぞ」


 手が使えないことを理由にするのならと、ルカは持っていた串肉をイシュトヴァルトの顔の前に容赦なく差し出してみた。

 綺麗な眉間にシワが寄る。

 これはさすがに食べてもらえないかと諦めかけたが、ちょっと粘ってみるとイシュトヴァルトは仕方がないといった様子で串肉に齧り付いてくれるのだった。


「……」

「どうですか?」

「不味くはない……が、食べにくい」

「それは確かにそうですね。でもこうやって齧り付いて食べるのも新鮮で面白いです。食べ歩きなんて普段しませんから」


 蒸したパンは、中に挽き肉と刻んだ野菜の餡が詰まっており、生地もモチモチしていて食べたことのない食感だったし、冷めにくくて寒空でも温かく食べられた。

 フルーツ飴とケーキはさすがにイシュトヴァルトに遠慮されたので、ルカだけが堪能する。

 もう少し食べられそうだからと、追加で買い求めた揚げ芋とその場で肉を削いで挟んでもらったサンドイッチは半分にし、さすがにそこでお腹がいっぱいとなってしまった。

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