― 第15話 ― ヴァルティアの城下町

 ヴァルティアの城下町、皇都エウルディアは商業の中心地でもある。

 各地から商人が集まり、観光名所にもなっているため、行き交う人々の出身国も様々だ。

 そんなわけで、多少お忍びで城下に降りようとも問題ないとは聞いているのだが、ルカは念の為にと少しばかり準備をした。


 * * *


 予定を空けておけと言われた日の朝。

 シルフィの手を借りながら出かける支度をしたルカは、鏡の前に立って最終的な確認をしていた。


「シルフィ、どう? 大分目立たなくなったと思うのだけれど」

「はい、印象が全然変わりました!」


 いくら様々な人が行き交っているとはいえ、ルカの青味がかった銀糸の髪は人目を引きやすい。

 そのため、今はその特徴的な髪色を一時的にヴァルティアに多い茶色に染め、緩く巻いている。

 もともとグレイシアでは布を染めたりするのに染色剤を作ることが多く、その応用で髪用の染料が作れることを知っていたルカは、庭園の花や木々から使えそうな材料を集めて再現したのだ。


「ルカさまが私と似たような髪色になって、本当にお姉さまになったみたいです」

「ふふっ、そうね」


 服装は念の為にと、手を加えずに置いてあった既製品のドレスから逆に装飾類を外し、昨日一日がかりで地味な町娘風にした。

 もちろん町人はルカが誰であるかを知らない。なのでこの対策は、ルカ自身の素性がバレることを危惧したというより、目立つ髪色に目を引かれた誰かが、その時近くに居るだろうイシュトヴァルトに気が付くことを危惧したものだ。

 皇族の顔をじっくり見て覚えている人もほぼいないとは思うし、髪色を変えた上でここまで地味にする必要はなかったかもしれないが、念を入れておくにこしたことはないだろう。


「この服に合いそうな帽子はないから、フード付の外套にしようかしら」

「そうですね、えんじ色のケープがあるのでお持ちします」


 歩き回るのを想定してヒールが低めの靴も用意したし、シルフィにも太鼓判を捺されたので支度を終了とする。

 ちょうどタイミングよく部屋へ迎えに来た護衛の騎士を伴い、待ち合わせに指定された離宮の裏門に向かうと、そこには鞍を乗せた馬を引いたルーシャスとイシュトヴァルトが既に待っていた。


「おはようございます、イシュトヴァルト殿下、ルーシャスさま」

「……」

「おはようございますルカさま。これはまた、面白いことをされましたね。とてもお似合いですよ」

「ありがとうございます」


 スカートを持って簡単な挨拶をするのを眺めながら、イシュトヴァルトは眉根を寄せて怪訝な表情を見せる。


「……ルカ、その髪色は」

「あ、はい。簡易的に染めてみましたが、おかしいですか?」

「いや……落ちるのか、それは」

「ええ、大丈夫ですよ。水溶性なので、ぬるま湯でよく洗えば元に戻ります」


 染めたものが落ちるのかどうかが気になっただけか、イシュトヴァルトはその返答を聞くとひとまずは納得したようであった。

 ルーシャスからイシュトヴァルトへ渡った手綱が、そのままルカの方へ渡される。


「馬で行くのですね」

「馬車で向かうほうが仰々しい。移動するにも少数の方が目立たない。護衛の騎士は町中で適当に合流するはずだ」


 事前に侍女は置いてくるように言われていたが、まさか馬で出るとは思っていなかった。まぁ、そもそもルカが乗馬出来る前提で話が進められていることにも驚いたが。


「乗れるな?」

「はい、もちろん」


 確認もそこそこに、手慣れた様子で馬に跨がるイシュトヴァルトの隣で、ルカも同じように馬の背に身体を乗せた。

(大人しくて、よく手懐けられた扱いやすいお馬さんね)


「ふふっ、乗馬は久し振りです」

「速度は合わせる。先にいけ」


 準備が整ったのを確認したルーシャスが裏門を開けてくれる。


「行ってらっしゃいませ」


 よろしくの意味も込めて首元を軽く撫でてやり、そっと腹を刺激すると、馬はゆっくりと前に進み出した。

 ルーシャスの見送りを受けながら、緩やかな秋の日が照らす裏門から続く道を、町まで下っていく。

 道の脇に生えた木々の葉は赤く色付き始めており、時折その葉を揺らす風も、ルカがヴァルティアに来たときに比べればいくらか冷たくなってきていた。


(久し振りに聞く蹄の音が耳に心地いい……)


 一定のリズムで歩みを進める馬の背に揺られながら開放感に浸っていると、出発時に少し遅れて出ていたイシュトヴァルトが横に馬を並べるように移動してくる。

 背筋を伸ばし、前を見据えて騎乗するその姿は、まるで一枚の絵のようだった。


「殿下はただ馬で移動するだけでも絵画のようになりますね……そのまま飾っておけそうですよ」

「……嬉しくないな」

「あら、そうですか? 世の中のほとんどの女性は見れば喜ぶと思いますよ? まぁ眺めている分には……ですが」


 見た目に釣られて話しかけようものなら、せっかくの高揚感も地獄の底まで突き落とされそうではあった。

 今日もイシュトヴァルトは、普段とあまり変わらないシンプルな黒い衣装を着込んでいる。違う点といえば、いつも羽織っている飾りのついた豪奢なクロークの代わりに、ただの黒い外套を取り入れていることだろうか。

 旅装いのようにも見えるので、本人なりの変装なのかもしれない。

 帯剣はしているが、商人や旅人も護身のために持っていることはあるので、こちらはさほど気にされないだろう。


「……お前は喜ばないのか」

「それはもちろん眺めていたいですけど、殿下をじっくり観察するとなると、色々な意味で心臓が持ちそうにありませんね」


 芸術作品のような造形なのは何も顔面だけではなく、均衡の取れた身体つきから、指先、髪の先まで神々しい美しさを放っているようにみえる。

 そんな人にじっくり視線を注ぐなど、自分の至らない部分を思い知る、ある意味で罰ゲームのようなものではないだろうか?


「芸術的な見た目をお持ちの上に聡明でお強いなんて反則過ぎでは」

「……」


 言われっぱなしの本人は、さも不本意そうな顔である。

 まぁそれもそうだろう、一部は欲しくて手に入れたわけでもないのだろうから……と、ルカは素直に謝罪した。


「言い過ぎましたね。ごめんなさい」

「いや、いい」


 許しを得て、また暫く無言の移動が続く。

 町は近くなってきた気がするが、まだもう少し移動の距離があるようだ。

 わずかに見え隠れする町の様子に視線を向けながら、ルカは問う。


「殿下、あの高い塔はなんでしょうか?」

「時計塔だ、時刻に合わせて鐘がなる」

「あちらの建物は?」

「教会だな」


 指をさしつつあれは? これは? と、見える範囲で気になった建物について聞けば、すぐさま答えが飛んでくる。

 思い返せば、ルカは自分の領地から出たことも数えるほどしかなく、国外となればほとんど記憶にない。おそらくこれが初の他国の町になるのだ。


「町に入るための橋も、凝った造りで素敵ですね」


 感嘆の声を上げながら、見たことのない建築様式に興味は尽きない。

 早く行ってみたくてウズウズしつつ馬の歩みの速度を少しだけあげてみたが、イシュトヴァルトは難なく追従してくれた。


「そういえば、殿下……今気が付いたのですが、町に降りたらなんてお呼びしたら良いでしょうか」


 質問攻めにした後、はた……と重要な事項に気が付いた。

 せっかく目立たないように変装までしているのに、自分が殿下と呼んでいては、その意味がなくなってしまう。


「好きに呼べばいいだろう」

「ええ、それはちょっと……なんというか……」


(非常に呼びにくいです、殿下……)


 皇太子に勝手に偽名をつけるのはどうなんだろうか。

 むむむ……と思案する表情を浮かべていたルカは、やはり本人に決めてもらうのがいいだろうと、イシュトヴァルトの方を向いて言う。


「……その、殿下が決めてくださいませんか?」

「……」

「率直に申し上げますと、私……名付けのセンスが皆無なのです。殿下のことを呼ぶにあたり、あまり変なセンスでお呼びするのも非常に申し訳ないと言うか、心が痛むと言うか……」


 まぁ、半分は嘘である。

 名付けのセンスどころか人に名前を付けたことなどない。


(領民の農場で産まれた子羊に名前を付けたことはあるけれど……)


 麗しき皇太子に、まさか家畜と同センスの偽名を考えるわけにもいかない……。

 ここはなんとしてでも本人に委ねようと、困り顔で殿下に進言してみたところ、少しだけ意地の悪そうな顔をしたイシュトヴァルトは、静かに口を開いた。


「なるほど……俺が決めたら、絶対にそう呼ぶのか?」

「ぅ……はい、呼ばせていただきます」

「くくっ、そうか……旦那さまとかでも良いということだな」

「ぇあ?! ダメです!! それはちょっと呼べません!! せめてもう少し呼びやすいものにしていだきたく!!」


 あ、今更ながらに選択を間違えたかも? とは、思っても言えない。

 何を企んでいるのかわからないが、しばらく思案していたイシュトヴァルトは、意外なワードをその形のいい唇から紡ぐ。


「……イシュト」

「イシュト?」

「これなら、おかしくはないはずだが」

「そう、ですね、おかしくはないと思います」


 名前の短縮系であるそれは、確かに呼びやすく、呼ばれた方も受け入れやすいだろう。ただ、旦那さまよりはマシなものの完全な偽名じゃない分、いつもより距離の近い感じが出てしまい、これはこれで気恥ずかしい。

 しかし、既に呼ぶと言ってしまった手前、拒否することも叶わず、ルカは大人しくその呼び方を受け入れるしかないのだった。


(イシュトヴァルトの短縮でイシュトね……まぁ確かに愛称としては最適だわ。誰かに呼んでもらったことがあるのかしら)


 何度か反芻してみたが、しっくりくる。誰かがそう呼んでいたのを聞いたことがあったかと考えてみたが、そんなふうに親しく呼んでくれそうな人物には、今の所心当たりがない。

 その割にすんなりと落ち着くような響きがあるのはとても不思議だ。


「ルカ」

「はい。なんですか、殿下」

「……」

「え、」


 呼ばれたからと返事をすれば、不満気な表情を浮かべられる。

 これはもしや、殿下呼びはここから禁止ということなのかと、嫌な予感を覚えながら一応確認だけはしてみることにした。


「あの……まだ町に入ってませんが……」

「もう着く」

「ええ……やっぱりその感じですか……」


 怒っているわけではないのに有無を言わさない圧を感じ、渋々その言い慣れないのに妙に馴染む響きを口にする。


「……イシュトさま、あまり意地の悪いことをなさらないでくださいませんか」

「それは約束できんな」


 ジト目のルカの抗議の視線もどこ吹く風か、口元に一瞬だけ機嫌の良さそうな笑みを浮かべる様子を見て取って、まぁいいかとも思うのだった。

 そこからまたしばらく馬を歩かせて、ようやく町へ続く橋に差し掛かる。

 商業が盛んなせいもあって賑わいが外まで漏れるような、活気に溢れた城下町だ。

 町や周辺の警備のために設けられている詰め所に馬を預け、中は歩いて移動することになった。

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