― 第14話 ― 従者は声をあげて笑い続ける
その頃、主城ではルーシャスが主君の執務室で驚きのあまり抱えてきた追加の書類を落としかけていた。
「……あの、殿下? 私の記憶が正しければ、お昼の休憩の合間に騎士団長に泣き付かれて訓練場へ行ったものと思っておりましたが」
「相違ないな」
「……では、それがどうしてこのような包みを持ってお戻りになられる事態になっているのでしょうか……。というか、この包みは一体何です?」
休憩を終えたタイミングで、片付けた量とほぼ同等の新規の仕事を持ち込んだルーシャスに、イシュトヴァルトが食べろと言って寄越したのは菓子パンの紙包みである。
「何と言われてもな……確か便宜的に菓子パンと呼んでいたか」
「……つまり、この菓子パンなるものはルカさまがお渡しになられたものですか」
「味についての意見が聞きたいそうだ」
「なるほどなるほど……殿下に食べてもらいたくて渡されたものだったのですね」
「……いや、それはお前の分だ」
「……は?」
カリカリと小気味いい音を立てながら書類にサインを書き込んでいくイシュトヴァルトを眺めながら、ルーシャスは再び驚いた。
「私めの分……ということは、殿下の分もあったので?」
「あぁ、もう食べ終わったがな」
「食べた……。殿下が、ですか」
これまで、イシュトヴァルトが誰かに渡されたものをその場で躊躇なく食べることなどあっただろうか。
いや、ない。そもそも食事に関しては、生きていくのに必要最低限の栄養分が摂取できていればいいぐらいにしか認識していないイシュトヴァルトである。
(それなのに、人前で、初めて見るものを食べた……?)
夢でも見ているのかと思った。
「ふ……ふふっ、あはは」
「気でも狂ったか?」
「いえ、至って正気ですよ。いやいや、驚きました。ふふっ、殿下に菓子パンを食べさせるとは……ルカさまは本当に想定外のことをなさる……」
「……」
誰かと食事を共にすることがあまりないイシュトヴァルトに、外で、座らせて、食事を摂らせるという異例の事態。
笑顔を浮かべていることは多くても、滅多なことでは声を上げて笑わないルーシャスだが、この状況には思わず笑いを我慢することができなかったのである。
「菓子パンというからには甘いのでは? そもそもあまり甘いものがお得意ではないのに、よくまぁ全部食べましたね」
「うるさいぞ」
「いやー、殿下が完食なさるぐらい美味しいものでしたら、ぜひ私もいただかねばなりませんね」
「ルーシャス」
この出来事はもう、後世まで語り継がねばならないとそっと心に決めたのを、知るものは居ない。
ピリつくような殺気と知らぬ者が見たら射殺されそうな絶対零度の視線を受けながらも、ルーシャスは気にせずひとしきり笑い続けた。
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