― 第13話 ― 侍女についてのお話
「シルフィ、サンドイッチがひとつ余ってしまうから一緒に食べましょう」
「はいです!」
「あとね、あの菓子パンの事なのだけれど……甘すぎるって殿下に言われてしまったの。蜜をかける他に合いそうなものがあるかしら」
蜜は甘みが強く、その上に手で持って食べるには向かない。
ナイフやフォークが必要になると、食べたいときにすぐ食べるのも難しくなる。
忙しい侍女たちがサクッと食べられるように、ルカはあの菓子パンを、ケーキよりもう少し手軽に食べるものにしたいのであった。
「それに、時間が経つとパサついてしまうから、食べやすさも問題よね」
「ルカさま、それでしたら蜜ではなく、ジャムにしたらどうでしょう?」
「ジャム! そうね、甘さを控えて酸味が強めのジャムならさっぱりするし、蜜よりは垂れにくくていいかもしれないわ」
(柑橘系でもいいし、ベリー系のジャムでも酸味を強くすれば合うかもしれない……手で持つなら塗るより挟む方がいいかしら)
さっそく離宮に戻ったら料理長と相談しようと決めて、その後はゆっくりとシルフィと共に食事を楽しんだ。
「そう言えば、シルフィは女官になりたかったのよね?」
「はい、ルカさまがお城に来られた日に、たまたま採用試験の結果を受け取りにお城に赴いていたのです」
その帰りがけ、幸か不幸か偶然イシュトヴァルトに主城の門付近で捕まり、そのまま侍女にならないかと持ちかけられたらしい。
それはさぞびっくりしたことだろうと、ルカは思った。
「婚約者と同じ年齢ぐらいの子女を探しているって聞いて、当たり前なのですが断ることもできず……でも、結果的にルカさまの侍女になれてよかったです」
「そうだったの……それは、申し訳ないことをしたわね」
皇太子が直々に持ちかけた話を断れる人が国内に居るわけはないのだ。
とはいえ、皇太子妃の侍女となれば待遇は悪くないはずで、伯爵家の出身なら普通に取り立てられることもあるぐらいだからおかしくはない。
(まぁそれが嬉しいかどうかは、そもそも女官になりたかった理由にもよるけれど……)
伯爵令嬢が女官とは、それはそれであまり世間体は宜しくないだろうと思う。
「シルフィはなんで女官になりたかったの?」
「実は、実家は爵位持ちですが、裕福というわけではなく……」
聞いたところ、どうもシルフィの実家が治める領は数年前に酷い冷害があり、伯爵家の私財を売り払って食料を求め、民に還元したらしい。
それを知ってルカはなるほど……と思った。
一度手放してしまった暮らしは、なかなか取り戻すのが難しいことを、ルカは痛いほどに良く知っている。
「皇太子殿下が打ち出してくださった施策で、支援物資や給付金などもいただけて、民の生活は元に戻っているのですが、我が家は相変わらず倹約生活なのです」
それでも領地全体が崩れた状態から元に戻るのが早かったのは、すぐさま施策を打ち出したイシュトヴァルト……ひいてはヴァルティアとインレースとの違いである。
インレースの政務執行者は、飢えに苦しむグレイシアへ支援の手など、一切差し伸べてくれなかった。
「家の跡取りには弟がいますし、嫁ぐ前に少しでも家にお金を入れようかと思って、女官に……」
「あら? その言い方は嫁ぎ先は決まっているの?」
「いえ、まだ……その……」
ルカよりひとつ下……ということは、貴族の子女なら婚約者が決まっていてもおかしくはない年齢のはずだが。何か事情があるのか、歯切れの悪いシルフィの様子に、ルカは聞いてはいけなかったかと首を傾げる。
「無理に言わなくてもいいのよ?」
「あの……笑わないでくださいますか?」
「笑うなんてとんでもない。よかったら話して?」
何度か口を開きかけては閉じるのを繰り返した後、言えないというよりは恥ずかしい方が強いのか、シルフィは顔を赤くしながら小さな声で呟いた。
「その、幼馴染が……騎士団にいるのです」
「まぁ、それは素敵なことだわ!」
「ただ、平民出身で……」
意中の彼の方が、家格の違いで悩んでいるのだと。
平民の身で、貴族の令嬢をお嫁さんにするわけにはいかないと。
言っていることは至極真っ当だから、ルカも何も言えない……どころか、自分とイシュトヴァルトの関係性も似たようなものである。
経緯はともかく置いておくとして、方や皇族、方や元貴族の平民……改めて考えてもまともな婚約ではない。
その点、相手が皇族でないだけシルフィの方がまだ救いがあるだろうか。
「でもシルフィ、ヴァルティアの騎士団所属といえば、国内であれば貴族じゃなくても一目置かれるわよね」
「はい。なので父も母も、嫁ぐことは許してくれているのですが、その、本人に皇太子殿下の近衛騎士になるまで待ってほしいと言われてしまって……」
「な……なるほど、自分に厳しい人なのね」
精鋭と言われるヴァルティアの騎士団内でも、イシュトヴァルトを筆頭にしている近衛騎士は別格で、爵位がなくとも所属しているだけでそれなりの評価になるらしい。
平民出身でもその腕次第で取り立ててもらえるとなれば、目指す者も少なくない。
確かに、あの皇太子に認められたとなれば、家格以上の何かが付く気はする。
(例えば、ご利益……みたいな?)
自分で考えて、ふふっと笑ってしまう。
「ルカさま?」
「ふふっ、ごめんなさい。別のことを考えていて」
しかし娘の意思を尊重して平民との婚姻を許可したり、そもそも国からの支援を優先的に民に回し、財政難でもシルフィを裕福な上位貴族に嫁がせて難を逃れるなどの手を打たなかったあたり、ご両親も理解が深い慈愛をもった方々なのだろう。
「シルフィのご両親はとても愛情深い優しい方々なのね」
「そうですね、自慢の家族です」
そういった環境に育ったシルフィもまた、きっと素直で優しい心根の持ち主で、確かにルカに害を加えるような性格ではないように見えた。
女官試験を受けるにあたり、それこそ素性は調べ尽くされているはずだし、今更ながら、イシュトヴァルトが先程言っていた話もよく理解できる。
(……というか、ここまで来ると城門で偶然声をかけたわけではなく、狙って侍女に取り立てた可能性まであるわ……)
彼ならやりかねない。
試験の書類等々は見ているはずだし、そこに丁度適任な人材がいたのを思い出せば即座に動くだろう。
改めてシルフィには悪いことをしたと思いつつも、彼女が侍女で良かったとも思うのだった。
「……シルフィ、そろそろ離宮に戻りましょうか。料理長と菓子パンに合わせるジャムについても相談しないといけないし」
「はい、今片付けますので少々お待ち下さい」
「ありがとう。試作品ができたら食べてくれる?」
「勿論です!」
ずっと座り込んでいるわけにもいかないかと、取り留めのない思考をそこで中断する。
和やかな日差しと秋の空気に深呼吸をひとつして、明日は何をしようかなどと考えながら、ルカはゆっくりとその場を後にした。
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