― 第9話 ― 従者はふと考える

 主城の執務室で、従者のルーシャスは深い溜め息をついた。


(あぁ勿体ない……常にこのぐらいの表情でしたら、冷酷無慈悲の皇太子と畏怖されることも減るんでしょうに

…)


 いつも仏頂面か気難しい顔で黙々と執務をこなす主君が、珍しくほんのわずかに機嫌の良さそうな表情ではあったのだが、それに気が付いたのはおそらくルーシャスだけだっただろう。

 とはいえ、ルーシャスはこれからこういったことが増えてくれそうな予感も得ている。その理由は、十日程前から離宮に住み始めた少女の存在だ。


 これまで特定の誰かを気にかけるなんてことのなかったイシュトヴァルトが突然連れ帰り、婚約者に据えた少女である。

 会ってみればまぁなるほど、随分と変わり者であるのは確かであった。

 くるくると快活によく動きまわり、感情豊かに話をしていたかと思えば、時折大人びた雰囲気を持ち出してガラリと顔付きを変える少女の様子は、見ていて飽きない面白さもある。


(変わり者同士気があった……ということでしょうか……)


 変わっている。という評価が正しいのかどうかはわからないが、イシュトヴァルトに臆することなく自身の考えを伝えられるルカのような女性は、滅多にいない逸材と言っていい。


(見目もよく、美男美女でお似合いですしね……)


 服装なども気にしない性質なのか特段着飾らないのに異様に目を引く。

 簡単に言うと、イシュトヴァルトだけに視線が奪われるということがない。


 容姿端麗を絵に描いたかのようなイシュトヴァルトの隣に立ち並んでも、全く見劣りしないというのは評価が高いとルーシャスは思っている。

 滲み出るような気品は、一介の令嬢でありながら、どこかの王族に連なる高貴な血筋の者と言われても納得できるような雰囲気だった。


(興味深い女性です……。辺境領のただの令嬢にしては、些か素養が高すぎるといいますか。確かそもそもは養女と言う話でしたが、一体どういう背景をお持ちなのか気になりますね)


 ルカの青みがかった銀色の髪色は、イシュトヴァルトの黒髪程ではないが、比較的珍しい色合いではある。調べれば出自のルーツぐらいはわかるだろう。

 まあ、調べて何が出てきたところで、ルーシャスにとってはどうでもいいことなのだが。

 一応情報として持っておくにこしたことはないかと、配下の者に素性の調査は既に出しているところだった。

 もちろんイシュトヴァルトの指示がない限り、それを知ってルーシャスにどうこうする気は無い。

 どちらかといえば従者として、イシュトヴァルトと彼女の今後の関係がどうなるのかを、密かに楽しみに思っているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る