― 第7話 ― 贅沢なんて言いません
今日のルカは手直しをしたうちの一着、ぶどう酒色の生地に白い飾りレースが付いただけの、比較的動きやすいドレスを着用している。
御礼状は既に渡してあるものの、直接お礼を言う機会はなかったので、今日このタイミングで顔を合わせる事が出来たのは良かったのかもしれない。
なんだそのことかと言った程度のどうでもよさそうな反応をされるかと思っていたのだが、イシュトヴァルトは意外にもルカをジッと眺め、少しばかり思案するような様子を見せた。
「いや、それはこちらの落ち度でお前が気にする必要はない件だ。……が、やはりちゃんと仕立てさせたほうがよさそうだな」
「いえ、大丈夫ですよ? 殿下がご用意してくださった既製品も十分質の良いものでしたし、私なんかにこれ以上殿下の私財を使っていただくなんて勿体なさ過ぎます」
「……」
「……? ま、まさか似合っていないから、とか……?」
「似合っていないとは言っていないが……」
何か物言いたげなイシュトヴァルトの視線を受けながら、ルカ自身も服装を改めて見直してみる。
確かに似合っていないとは言っていないが、似合っているとも言われていない。
(いえ、別に言ってほしかったわけでもないのですが……)
夏は過ぎているものの秋と言うには日差しが強く、確かにぶどう酒色は今日の気候に合っていなかったのかもしれない。
髪は身体を動かすつもりでいたので、簡単に編み込みを入れて一つに結ってあるが、リボンなども持っていないので黒い紐で括っただけだ。
(靴も動きやすさを考えてヒールの低いものにしてしまったし……そうね、多少見栄えが悪いのはあるのかしら……)
その上、昔から装いにさほど拘りのない自覚もある。ここはしっかりとアドバイスを貰っておくべきだろうかと、悶々と考え込んでしまうルカの背後から、くすりと笑いを含んだような声が発せられる。
「殿下は、既製品のドレスではルカさまという上質な素材が生かされていないのを、勿体ないと思っておいでなのですよ」
振り向けばそこには、イシュトヴァルトの従者を務めている青年が立っていた。
イシュトヴァルトより六つ年重のルーシャスという名のこの従者は、物腰は柔らかく控えめに見えるのにとても押しが強いということを、ルカは離宮に来た数日前に知った。
まぁ、氷の皇太子の従者などを引き受けるぐらいなのだから、一癖も二癖もあるある人材なのは理解できる。黙っていれば見た目も悪くない金髪に翠眼の好青年なのだが、執務について容赦なく進言する様は、笑顔なのに謎の迫力があるのだ。
「ルーシャスさま、ごきげんよう」
「おはようございます、ルカさま。殿下が中々執務室にお戻りになられないので、何かあったかと様子を見に参ったのですが、ルカさまとご歓談されていたからでしたか」
「ああっ、すみません。引き止めてしまっていました……!」
「いえいえ、お気になさらず」
ニコニコと笑顔を浮かべるこの従者も、城内においてイシュトヴァルトを相手に引くことのない、稀有な人材である。
望んでもいない説明と補足をされたイシュトヴァルトはといえば、渋面のままその場でルーシャスを睨みつけつつ押し黙っていた。
「うーん……そうですね。僭越ながら申し上げますと、色味も着こなしもとてもお似合いなのですが、ルカさまが女性の平均身長よりも高めなのもあって、やはり既製品のドレスでは少々裾が短いのでは?」
「う……その通りです……。見苦しくない程度に誤魔化してはいるのですが、若干短いかとは思います……」
「ふふ、そうですよね」
しげしげと上から下までルカを眺め、感想を述べるように呟かれたルーシャスの指摘は間違っていない。
素直に頷いたルカの様子に苦笑すると、今度はイシュトヴァルトの方へと顔を向けたルーシャスは、矢継ぎ早に指示を仰ぐ。
「殿下、本日中に急ぎ抱えの仕立て人を呼び付けますが、宜しいですね? それと少し髪飾りなどの装飾品の類もあったほうが……殿下も折角なのでルカさまと揃いの宝石でもご購入されてはいかがですか。まぁこちらは特に急がなくてもいいかとは思いますが、必要であれば明日か明後日の執務の時間を割けますよ? あと、今のうちに靴や傘や帽子などの小物も追加したほうが、今後ルカさまがお過ごしになるにあたってお困りになることが減るのではないかと。城へ出入りしている商人のうち、それらを扱っている者がいれば、ルカさまに見せていただけるように手配しましょう。それから……」
(まだあるの?!)
早口言葉でも聞いているのかと思った。こんなに一気に言われても混乱してしまいそうだが、イシュトヴァルトはと言えば無表情のまま聞いている。
そもそもドレスの話だけでなく、色々と追加要素が入り込んでいる気がしないでもない……。
「ル、ルーシャスさま、ご手配していただくならドレスだけで十分ですから……! わざわざ殿下の執務にご負担をかけるつもりもないですし! そもそも私、持参金もなくヴァルティアのお金も持ってない一文無しなので、そんなに殿下に散財させるわけに参りませんし!!」
話が広がりすぎて収集がつかなくなりそうだったのを、途中で遮ってみたのだが、ルーシャスは気にせず笑顔のまま言う。
「ルカさま、ご婚約者である貴女様に殿下が私財をお使いになることは、全くおかしなことではありませんよ? そもそも殿下はご自身の買い物すらあまり興味がなく、買っても必要最低限でそのほとんどが経費で落ちるようなものばかりなのです。おかげで溜め込むつもりもないのに私財が金庫に溢れ返る始末……民に還元するためにも、この機会にルカさまの為にお使いになっていただくと言う理由で少し持ち出さねば、今後いつ使うのかもわかりません。散財は良くありませんが、身の回りの御品を必要最低限整えるのを散財しているとは言いません」
「そ……そうです、ね……?」
笑顔であるのに、ダラダラと嫌な汗をかきそうな程の謎の圧を感じる勢いだ。
しかもルーシャスは、イシュトヴァルトに対して少し怒っているようにも見える……しかし、一体何に。
「ちなみに執務についてはその気になれば即刻片付きますので心配は無用ですよね、殿下?」
「……いつも以上によく喋るな、ルーシャス」
「おや、何か私が申し上げている内容がおかしかったでしょうか……有能な殿下が、いつも余力を残して七割程度の労力で執務に対応なさっているのは知っているつもりですよ? 予定外にルカさまとお話する時間を取りたかったのであれば、もう少し気合を入れて書類を片付ける速度をあげれば済んだ話です」
「……」
(あぁ、なるほど……お怒りの理由はこれですね……)
どうやらイシュトヴァルトは本来の予定をずらしてこの場を訪れていたらしい。
余計なことをいうなと凄むイシュトヴァルトの視線を涼しい顔で受け流し、はははと笑うルーシャス。
普段は年齢の割に大人びているイシュトヴァルトだけに、ルーシャスにからかわれているその様子は、年相応の青年に見えるからとても新鮮である。
「それで、殿下のお考えの程は?」
「……仕立て人は早急に手配しろ。宝石商には急ぐ必要はないが質のいいものを持ち込むように伝えておけ」
「ではそのように……宝石商には色や形も豊富にしておくよう添えておきます。その他の物に関してはいかが致しますか」
先程の矢継ぎ早の確認はちゃんと全て聞いていたらしい。
手際よく問題を片付けていく様は、普段の執務でもきっと同じようにしているのだろうと想像がつく。
「ルカ」
「はい、っ?」
そんなやり取りをぼんやりと眺めていたルカは、急に話を振られて声が裏返りそうになりながらも慌てて返事をした。
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