本当の意味での無双には程遠い



「あぁ? なんだぁ、このガキ!?」

「これはテメェの仕業か!? 俺たちの新しいアジトを滅茶苦茶にしやがって!」


 突然の出来事に慌てて飛び出してきた盗賊団の前に、片刃剣を構えたアンジェラは盗賊たちを見据える。

 一見すると子供にしか見えない……それもドラゴンであるアンジェラだが、鋭い眼光で剣を構えるその姿に、盗賊たちは油断などしなかった。それどころか敵であると即判断し、油断なく武器を構え、魔法を放つ準備をしている。


「ガキ……一応聞くが、こいつはオメェの仕業で間違いないんだな?」

「頭領!」


 そんな盗賊たちの中から、立派な拵えの槍を担いだ一人の男がアンジェラに問いかける。

 こいつが盗賊たちの頭か……その男の佇まいを見て、アンジェラは満足そうに頷く。期待通りのご馳走が来た……と。


「……だったら、何?」

「マジかよ……ドラゴンのガキなんぞにここまでされるとはなぁ」


 ボリボリと片手で頭を掻く頭領。


「だったら、落とし前を付けさせねぇとなぁ! テメェら! このガキの角切り取って生け捕りにしちまえ! この見てくれなら売り飛ばせる場所にゃ困らねぇだろうよ!」


 頭領の号令に、盗賊たちは全身の魔力を流動させ、離れた位置からスキルを発動する。

 アンジェラの得物は、彼女の身長にも迫る長さの片刃剣だ。剣に限らず、シンプルな近接武器というのは多数の敵を相手取るのに向いておらず、間合いの外からの攻撃に弱い。例え遠距離攻撃が出来るスキルがあったとしても、これだけの距離があれば難なく対処可能だ。

 砦を突き破る勢いで丸太を投擲することから、目の前の少女が普通のドラゴンではないというのは明白だが……この布陣を破れるとしたら、それこそチートスキルでもない限り無理な話。少なくとも盗賊たちはそう判断し、遠くから甚振り、弱らせる方法を選んだ。


「残念だったな! スキルが主流のこの時代、剣なんて集団戦じゃあ――――」


 真っ先にスキルで攻撃しようとした盗賊たち……その内の一人が発した嘲笑う言葉は、それ以上続かなかった。

 アンジェラが全身に雷を纏った直後、気が付けば、盗賊たちは自分の胴体を深々と切り裂かれて、それと同時に激しい電流に襲われて感電死していたのだ。 


「…………は?」


 これには頭領も放心せざるを得ない。

 全身と片刃剣に纏う激しい電流……頭領はアンジェラのスキルである【纏雷】が全身に強い電流を纏い、運動神経に作用して身体能力を引き上げるスキルであることを、数多の戦闘経験から直感でほぼ正確に推察できていた。

 弱いわけではないが、チートと呼べるほどの代物でもないスキル。触れずに遠くから攻撃するだけで対処できるし、なんだったら部下の中にはもっと汎用性の高い雷属性のスキルを持つ者もいる。


(……なんだ、今の速さは……!?)


 問題は、目にも止まらない速さで移動できるまでに高められた身体能力。

 身体能力を向上させる類のスキルには、肉体ごとに許容上限が存在する。あまりに強い力で動けば骨は割れ、肉は裂けるのだ。肉眼で捉えられないほどの速さで動けるほどの身体強化など、相応のスキルと併用しなければ一瞬で自滅する。

 そしてドラゴンの素の身体能力の低さは周知の事実。スライムに怯み、ゴブリンから逃げる、まさに人間以下の最弱種族。おまけにスキルも使えないとなると、身体強化の上限もかなり低いはず。


(そのはずなのに……あり得ねぇだろ……!?)


 ドラゴン弱体化の真実。その詳細が世間に伝わっていない現代で、頭領がそのように思うのは無理はないだろう。ドラゴンの少女に仲間たちが蹂躙されていくという、現実とは思えない光景を見ながら脂汗を流す。 


「ク、クソがあああああああ!」

「ま、待ちやがれ! このガキ、見てくれよりもヤバい!」

「くたばりやが――――ぎゃあああああああああっ!?」


 圧倒的な速さに対応できず、次々と鮮血を散らし、感電死していく盗賊たち。 

 仲間の仇とばかりに怒声を上げながら向かっていった盗賊がまた一人、反応する間もなく両断され、間合いの内側に入った瞬間に絶命する。

 華奢で小柄な姿からは想像もできない軽やかで鋭い一閃だ。魔力自体はドラゴンにもあるし、あの少女が例外的にスキルを使っているのは確かだが、一般的にスキルを宿さない上に身体能力で劣る弱小種族が、近接戦で多数の盗賊たちを圧倒するなどありうるのかと、頭領は困惑していた。


「ひ、ひぃいいいいいいっ!? た、助け……ぐぎゃあああっ!?」 

「こ、この化け物……ぎゃあああ!?」


 始めは一方的な狩りになると思っていた盗賊たちだったが、自分たちが狩られる側だと理解した途端、そこは凄惨な処刑場と化す。

 全身から電光をまき散らしながら、認識できないほどの速さで間合いを詰め、一刀で複数人の盗賊の体を纏めて切り裂き、感電させる。その剣捌きはさながら踊っているかのようで、小柄なアンジェラからすれば大剣も同然の剣を扱っているとは思えない。


「……ふんっ」

「ごがあああああああああっ!?」


 その一方で、大盾を構えた盗賊を真正面から盾越しに蹴り飛ばし、そのまま砦の壁に叩きつけて絶命させるという、豪快な一撃も見せてくる。

 静と動、柔と剛を兼ね備えた……弱小種族であるドラゴンの少女が振るうとは思えない、まるで歴戦の戦士を思わせる技の冴えだ。


「え、遠距離から! 遠距離からスキルで攻撃するんだ! 間合いに入らせるな!」


 当然、盗賊たちも黙ってやられているわけではない。近接戦闘で分が悪いなら、遠距離から射殺せばいい。

 火球に礫、風の刃に電撃と、様々なスキルがアンジェラに目がけて放たれるが、アンジェラはそれら全てを一切の無駄を省いた動きで紙一重に避けては一人、また一人と盗賊を両断する。


「これで死ねええええ! 【炎波えんは】ぁ‼」


 捉えきれない速さで戦場を駆け回るアンジェラに痺れを切らし、頭領が生み出した炎の波が広範囲を焼き尽くしながらアンジェラに覆いかぶさろうと迫る。

 正規軍にも通用する広域殲滅のスキル。幅広い炎の奔流がアンジェラに迫り、まさに焼き尽くさんと猛威を振るうが――――。


「ぎゃっ!?」


 炎の津波を跳び越えたアンジェラは、山なりに落ちるどころか直角に急降下するという、まるで物理法則を無視したかのように不自然な軌道と速度で地面に落下しつつ、そのまま踵落としでまた一人の盗賊の頭を粉砕し、近くにいた者たちも纏めて両断する。

 スキル【磁力付与】を応用した空中移動術だ。自分自身を磁力で引っ張ることで、高速移動のみならず物理法則を無視した軌道を描いて動くことが可能となる、アンジェラの得意技である。

 まさに悪夢のような光景だと、盗賊たちは思った。領邦軍すら相手取った自分たちが、このような少女に壊滅に追いやられようとしているのだから。


「下がれ下がれ! テメェらじゃ足手まといだ!」


 このままでは全滅する……そう判断した頭領は槍を構えてアンジェラと切り結ぶ。

 幾度も響き渡る金属音。他の盗賊たちと違い、頭領は幾度もアンジェラと剣戟を交わすだけの実力が備わっているが、それでもアンジェラの優勢は変わっていない。

 武闘派を名乗る盗賊たちを纏めるだけあって、頭領は神速と言って過言ではない速度で動き回るアンジェラを相手に、持ち前の技量と数多のスキルを駆使して立ち回っているようで、武器のリーチでは完全に優位に立たれる相手ではあるが、一撃一撃の重さや速さは完全にアンジェラに分がある。


(……それでも、凌いでいる)

 

 一撃で相手を遠くまで吹き飛ばす剛剣を槍の穂先で何とか受け流そうとしているのが、武器同士が火花を散らしてぶつかり合うごとに伝わってきた。

 敵ながら素晴らしい技の冴えだ。頭領も恐らく身体能力やら動体視力を底上げするスキルを持っているのだろう。リーチの差があるとはいえ、素の力で勝る自分を相手に近接戦で凌いでいる。アンジェラはこの槍裁きに敬意を表しながら、頭領の技の冴えをつぶさに観察する。

 ぶつかり合う相手が持つ技量、力。そう言ったものを少しでも自分のものにするために。


「……っ! ぐ……おおおおおおおお! いい加減にしろやぁああああああああ!」


 頭領の突きを片刃剣で側面から押すようにして受け流そうとした瞬間、アンジェラの体は大きく吹き飛ばされた。力で打ち払われたというわけではない。では一体なぜなのか……そう考えながら空中で態勢を整えて着地するアンジェラに更に追撃の薙ぎ払いが迫る。

 後ろに跳んで回避した瞬間、槍の穂先に触れた地面が大きく抉られ、石や土が螺旋を描くように巻き上げられた。


(……強い、風。槍に纏わりついてる竜巻みたいなので吹き飛ばされたんだ)


 よくよく見てみれば、塵や木の葉が槍の穂先を中心に大きな螺旋の軌跡を描いて舞い続けている。恐らくあれが頭領の主力となるスキルなのだろう。

 槍に地面を抉るほど強力な竜巻を纏う強力なスキルだ。あれなら威力を上げるだけじゃなく、近づいてくるモノ全てを弾き飛ばす強力な盾にもなる、攻防一体のスキルになる。少なくとも、属性の違いを考慮しなければ、攻撃範囲、威力共に【纏雷】の上位互換に位置するだろう。 

 いよいよ本気を出してきた頭領に、アンジェラもさらに激しい電撃を片刃剣に迸らせる。

  

「……さぁ……どう切り崩そうかな」

「チッ……! 余裕かよ、この化け物がぁ……!」

 

 アンジェラは頭領が使ったスキルを脅威と認めた上で……無表情のまま喜んでいる。そう感じた頭領は竜巻を纏った槍で更に攻め立ててくる。地面は抉れ、木を両断し、大気はかき乱される中、小柄なアンジェラは暴風に体勢を崩されながらも風の槍を捌く。攻撃範囲に技量が合わさって隙が無い。


「……うん。だったら、こうしよう」


 竜巻の槍を片刃剣の腹で正面から受け止めるアンジェラ。このまま再び吹き飛ばされると誰もが思った、その瞬間。


「……【磁力付与】」


 靴裏と地面を磁力で固定し、自身の真後ろに磁場を生み出すことで姿勢を固定……竜巻に吹き飛ばされるアンジェラを支える壁を作り出した。

 しかもそれだけに止まらず、アンジェラは背中を押すようにして反発する磁力を推進力にして自ら間合いを詰め、岩を削る竜巻に自ら飛び込み、槍の柄を握りしめたのだ。


「……んだと……!?」


 これには頭領も驚愕を隠せない。彼のスキルによって生み出される竜巻の威力は、防御系のスキルを持たない者が触れれば骨まで削げる威力だ。にも拘らず、竜巻の発生源である槍を掴む少女の体は、何のスキルの防御もないのに、皮膚を裂く程度にしか傷付いていない。

 古の支配者であったドラゴンの身体強度。その一部を復活させたアンジェラの体は、外見からは想像も出来ないほどに頑丈なのだ。


(防御のスキル……!? しかも大男も吹き飛ばす竜巻を直に受けても吹き飛ばねぇなんて、どんなスキルを持ってるんだ!?)


 勿論、スキル無しで怪力と鉄のような耐久力を持っていることなど知りもしない頭領の頭は混乱し、槍がほんの一瞬だけ止まる。その隙を見逃さず、アンジェラは吹き荒れる竜巻に傷付きながらも、激しく帯電する手で頭領の腕を掴んだ。


「がああああああああああああああああああああああっ!?」

「……捕まえた」


 グライアの元で鍛えられたアンジェラの【纏雷】による最大電圧は、落雷にそれに匹敵する。

 片刃剣に伝導させた電流でさえ、切り口から体内に流れるだけで大の男が即死するのだ。直接触れた者は文字通り落雷が直撃するのと同じダメージを受けることとなる。

 激しく痙攣しながら全身を焦がしていく頭領。その命の灯が消えるのと同時に手を離すと、アンジェラは能面のような表情に達成感を滲ませ、僅かに口角を釣り上げた。


「……ありがとう。お前のおかげで、私はもっと強くなれる」


 まるで、食事の前後に頂く命への感謝を述べるかのように、アンジェラは今しがた命を奪った頭領へ心から感謝を述べる。

 強敵だった。ダメージを覚悟で特攻を仕掛けなければ攻めあぐねていたほどに。そんな強敵との戦いで得たものは、ただ一人で訓練に励むよりも大きいだろう。


(それでも、まだチートスキル持ちよりかは弱い)


 触れるだけで相手を絶命させるスキル。あらゆる攻撃を無効化するスキル。伝え聞く逸話は数多いが、少なくとも今のアンジェラよりも肉体強度で遥かに勝っていたという昔のドラゴンたちの強固な甲殻を一撃で貫くような威力を発揮するのが、チートスキルだ。今回のような特攻が通用する相手ではない。

 アンジェラもかつて、チートスキル持ちと手合わせをする機会に恵まれたから知っているが、もし仮にこの盗賊たちと戦っていたのがチートスキル持ちなら、ものの数秒で決着を付けていただろう。真のチートスキルの使い手というのは、それほどまでに強大だ。


(……もっと、強くなりたい)


 傷だらけで血が流れる手を強く握りしめ、アンジェラは辺りを見渡す。  


「そ、そんな……お、お頭が……!?」

「あ、あんなガキにやられるなんて……!?」


 頭領の邪魔は出来ないと戦いを遠巻きから眺めるしかできなかった残りの盗賊たちは、頭を失ったことで皆一様に戦意を失っている。

 こうなってしまえば殺してもアンジェラにとって意味はないし、そこまでする必要もない。あとは領邦軍に引き渡して処遇を決めさせればいいだけだ。


「……まぁ気絶くらいはさせないと」

「ぎゃああああああああああああっ!?」


 残りの盗賊たち全員の体に触れて電流を流し込み、無理矢理気絶させる。

 あとは遠く離れたところで隠れながらこちらの様子を窺っているマクベスと、頭領が持っていた槍を回収して帰るだけだ……アンジェラは開いた口が塞がらないマクベスを連れて、ラーゼムの街へと戻るのであった。



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