残念イケメン、合法ロリの靴を舐めれる


 件の盗賊団が根城にしている古砦は、随分昔に起きた戦争の際に隣の領との境に建てられ、今は打ち捨てられたものらしい。

 本当なら終戦と共に解体するか、領邦軍が駐在するかするはずだったが、予算の都合で放置されることになったらしい。かなり古いので壁などは劣化していて、罠の類もないらしいが、そこは歴戦の盗賊団……補強や罠の設置くらいはしているだろうというのが、ラーゼムの領邦軍の見解だ。


「ちょ、ちょっと待って……! お願い、ちょっとペース落としてぇ!」


 待ち受ける強敵を夢想しながら森の中をずんずんと突き進み、遂には砦の二百メートルほど手前の森の中まで辿り着いたアンジェラの背後から、若い男の情けない声が掛けられる。振り返ると、そこにはリュックサックを背負ったマクベスが汗を流しながら必死について来ていた。


「き、君……足早いんだねぇ……何かのスキルかな? 僕も足の速さにはそこそこ自信があったんだけど……」

「……何でついて来てるの?」


 アンジェラは突き放すように言う。元々、盗賊団全員と戦うつもりで来ていたのに、この見るからに戦い慣れていなさそうな男がなぜついて来ているのか。

 もしや獲物を横取りするつもりなのか……少しずつ警戒するアンジェラに、マクベスは真面目ぶった顔で言う。

 

「女の子が一人で戦いに行くのなんて、黙って見ていられるわけないからに決まってるじゃないか! 僕は戦うことはできないけど、サポートくらいは――――」

「嘘」


 一瞬にして、マクベスの建前を短い言葉で否定するアンジェラ。


「……嘘を言われたら分かる。体の中の電気がブレてるのが分かるスキル持ってるし」

「うぅっ……!」


 微弱な電流の流れも探知する【電心】のスキル。何の役にも立たないスキルと最初は思っていたアンジェラだったが、グライアの指導によって相手の生体電気の流れを探知が可能になり、相手が嘘を言っているかどうかを見抜くまでに磨き抜かれ、マクベスが吐いた嘘を見破って見せた。

 他にも、水属性のスキルを宿した者が相手の脈拍から嘘を読み取る逸話なども有名なので、アンジェラの言葉がハッタリではないとすぐに判断できた。


「……仕事無くなったって言ってたし、どーせ懸賞金が目当て」

「ち、ちちちちちち違うよ!? ぼ、僕は一人の紳士として女の子に無茶をさせないためにだねぇ!?」

「……また嘘を言った。本当のことを言ったら、お金あげてもいいかなって思ってたけど……どうしようかな」


 スッと目を細めるアンジェラに、マクベスは心の中で舌打ちをする。


(チィイイッ‼ ここで譲歩を見せるとは!? どことなくボンヤリした雰囲気だから騙せると思ったけど、この子結構抜け目ないぞ……!?)


 こちらの思惑を言い当てられて、これ以上嘘を重ねるのは愚策だ。そう判断したマクベスはアンジェラの足元で土下座する。直立から両手両膝と額を地面につけるまで、一分の無駄もない芸術的な土下座だ。


「すみません! 実はお金を貰うために全力で恩を売ろうと思ってました! でも本っ当にお金なくて困ってるんです‼ お手伝いするのでどうか懸賞金の三割……いや、一割でもいいから分けてください‼ 今なら靴も舐めますからぁあああ‼」

「……ウザい」


 ぶっちゃけ、女の子云々なんてマクベスは欠片も考えていない。力がある奴に男も女もない……それがこの世界だ。


「……何でそんなにお金ないの? 働いてたのに貯金もないの?」

「そのぉ、僕は趣味を仕事にしててさ。新しい魔道具作りのための材料費に、給料が飛んでって……」


 要は金欠のプータローである。事情が事情だけに同情はさほど感じないが。


(……どうしよっかな)


 泣きながら足に縋り付いて来るマクベスを払い除けながら、アンジェラは考える。

 体力はありそうだが、動きは素人臭いし、スキルを使って技術職をしているとも言っていた。本人が言う通り、戦うのは無理だというのは本当なのだろう。となれば――――。


「……手伝うって、何かできるの?」

「そりゃあ勿論! 戦闘ではクソ雑魚でもバックアップなら自信ありさ! 戦いは情報が左右するのは昔からの決まり事、入念な準備をする慎重な人の為に……コレだ!」


 マクベスが自信満々にリュックサックから取り出したのは、四角い板状の魔道具だ。

 まるで書面のように文字やら何やらが映し出されていて、それを指で弾くように叩いたり擦ったりすると、板に砦の立体図と思われる映像が映し出された。


「……これってあの砦の中? 人みたいなのが動いてるのも見える」

「遠距離から地形情報、魔力反応から生物の動きまで追えるだけじゃなく、魔道具に干渉まで出来る僕の自作魔道具。これ一つで敵の簡単な位置情報を暴き、簡単な造りの魔道具なら遠くから無力化できる優れモノ……他にも色んな機能が取り付けられる余地がある、マジックタブレットって名付けた自信作だよ。まぁコストの高さと扱うのに知識が必要なのが問題点だけど、魔力探知という最新技術が活用された優れもので――――」


 なんかやたらと早口で活き活きと語っているマクベスだったが、アンジェラは密かに彼の魔導技師としての実力に驚かされた。

 魔道具というのは、魔力が結晶化した物……魔石などをエネルギー源にし、超常現象を引き起こす機構に組み込むことで、スキルと似たような力を発揮する道具全般の事だ。

 生活の身近なところでも多く使用されていて馴染み深いものだが、スキルの代用品という考えが根強く、チートスキルを神聖視する人間たち……特に貴族層の間では見下されてがちな技術でもある。


(……研究のためのお金出す貴族があんまり協力してくれないから、発展が遅れがちな技術って師匠が言ってたけど……こんな便利なのを作れるなんて……)


 遠距離から建物内部の地図情報や人の動きだけでなく、魔道具という縛りはあれど相手の武装を無力化できる魔道具など聞いたこともない。もしこれが世に出れば、多くの者が欲しがるだろうということは簡単に予想がつく。少なくとも、アンジェラなら是非とも使いたいところだ。

 

「今ならその剣の点検、修理もサービスしちゃうよ! こう見えて僕の一番の得意分野は武器を作成、点検、修理でね。ラーゼムの街だとフリーの技師がいなくて苦労したんじゃない? その点、今の僕は完全フリー。ギルドや領邦軍に属さなくても修理できるよ? 一応、魔導銃も持ってきてるから最低限の護身手段はあるしね」

「……むぅ」


 マクベスの言う通り、ラーゼムでは装備の点検や修理を請け負う魔導技師は全員、領邦軍やギルドが独占していて、フリーの魔導技師というのはマクベス以外に居ないのが現状だ。

 組織に所属する魔導技師たちは雇用契約によってギルドや軍に所属する者に対してだけその技能を振るう。彼らに装備の点検などを頼むということは、いずれかの組織に属さなければならないということだ。それを望まないアンジェラは、このラーゼムに来てから武器の点検が出来ていないのである。


「……じゃあ、懸賞金の二割で手を組むってことで」

「ぃよっしっ‼ 交渉成立だね!」

「……さっそくだけど、その板ちょっと見せて」


 アンジェラはマジックタブレットを覗き込み、映し出された砦の見取り図と、内部の人間の動きをジッと見つめる。


「……中の盗賊が、広い部屋に集まってる」

「本当だね……広間で宴会でも始めたとか? ……あ、ちょっと待って!」


 このマジックタブレットの力が本物なら、盗賊たちはアンジェラたちから見て砦の右側にある広間に集まっているようだ。

 敵が留守でないならそれで良いと、アンジェラは早速砦に向かって進むが、その直後にマクベスが待ったをかけた。


「ほら、これを見て。警報を鳴らすタイプの魔道具が藪の中に隠されてある」


 マクベスが慎重に藪をかき分けると、中から魔道具が姿を現した。そこから放たれる不可視の光線に生物が触れた瞬間、大きな警鐘を鳴らす防犯用の魔道具で、盗賊たちが侵入者対策、あるいは魔物対策としても設置した物だろう。


「とりあえず……これで全部解除っと。簡単な造りのものばかりで助かったよ。これで外から何をしても感付かれないはずだ」


 マクベスがマジックタブレットを指でなぞるように操作すると、仄かに点灯していた魔道具から光が消える。

 こんなものをどうやって見つけたのかと思って、アンジェラはマクベスが持つマジックタブレットを覗き込むと、砦の周りに白い点のようなものがあちこちに存在している映像が映し出されている。現在地と照らし合わせてみると、どうやらこの白い点は魔道具の位置を表しているらしい。


「一応、周辺に存在する盗賊たちの魔道具は全部機能を停止させておいたけど、魔力を使わないブービートラップはどうにもできないから、砦内部に忍び込むなら注意しないと」

「……その必要はない。敵が一ヵ所に集まってるんだったら、全員引き摺り出してやる」

「へ?」

「ここで隠れてて」

 

 森の中にマクベスを待機させ、アンジェラはトコトコと砦に近づいていく。

 まさか正面突破でもしようとでもいうのか……マクベスはそんな不安を抱いたが、アンジェラは大きな木に近づき、剣を振りかぶる。

 改めて構える姿を見てみると、柄を含めた長さは100センチは超えているだろう。剣としては普通よりもやや長い程度だが、小柄なアンジェラからすれば大剣も同然の、鍔もない武骨な片刃剣だ。

 

「……えい」


 そして小柄な体からは想像も出来ないほどの速さで剣を振るい、まるで紙でも裂くように一振りで一本の木を切り倒すと、その倒木をアンジェラはおもむろに鷲掴みにし――――


「……よい、しょっと」


 片手で易々と持ち上げたばかりか、投げ槍のように盗賊たちが集まっている砦の右側に向かってぶん投げた。


(マ、マジかあああああああああああっ!?)


 信じられない速度で飛んでいく丸太は古びたレンガの壁を容易く破砕し、砦を貫通していく。それをさらに二本目、三本目と投げるのを繰り返すたびに、盗賊たちの悲鳴が聞こえてきた。

 恐らく何人も死んでいるだろう……そんな投擲攻撃を十発連続で不意打ち気味に受けた盗賊たちは怒り心頭といった様子で、壊れた壁から飛び出してきた。


 

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