チビは禁句



「……明日釈放されたら覚悟しといた方がいい。この屈辱忘れない」

「すみませんでした!」


 バチバチと全身から電流を放つアンジェラの目は薄暗い牢の中で怪しく輝いていて、マクベスは土下座で許しを請う。なんなら床に額を擦り付けている。

 そこまでされると流石に毒気が抜けてきたアンジェラは、軽く溜息を吐いた。少なくとも嘘は言っていないと判断したのだ。


「……そこまで謝ったならもういいけど。こんな体だから、言われても仕方ないしとこがあるし……でも私、これでも十六歳だから」

「噓でしょ!? 僕と同い年!? 十歳そこらだとばかり!?」

「お前マジぶっ殺す」


 バチィッ! と全身を激しく帯電させ、並みの冒険者なら逃げ出しそうな眼光でマクベスを睨むアンジェラ。 


「すみませんしたぁ! つい本音が!」

「……反省する気があるならその軽い口どうにかして。これでも……身長の事は、気にしてる」

「はい、もう言いません……ていうか、そんなに気にしてるの?」

「……持つ者には、持たざる者の気持ちなんか分からない」


 フッ……と、アンジェラは哀愁に溢れる乾いた笑いをこぼす。


「……チビすぎて蹴りも拳も届かない戦士の気持ちなんて……!」

「あぁ……そういう」


 容姿的な見栄えに関するコンプレックスかと思いきや戦闘面でもコンプレックスを激しく刺激されたアンジェラ。 

 名教官として知られる女傑、グライアが提唱した訓練方法の普及に伴って格闘術の需要も大幅に増えたが、大抵の者が使う格闘術は、小さなアンジェラには向いていないのである。


(……そのせいで師匠との組手中、何度リーチの差でボロ負けしたことか)


 こっちの打撃は届かないのにあっちの打撃は届く……何度地面に転がされて、何度砂を舐めさせられたのかも思い出せないが、少なくとも良い思い出ではない。


「……名前も知らない奴に心の底まで傷つけられるなんて」

「ご、ごめんって。何だったらご飯でも奢るからさ……ここから出れることがあればだけど」

「……そう言えば、そっちは何で捕まったの?」

「それはこっちのセリフだよ。君は貴族を殴ったって聞こえたけど」


 それからアンジェラとマクベスは改めて自己紹介をし、牢屋に放り込まれた経緯を話し合った。


「君って奴は最高だよ。ありがとうと言いたい。おかげで胸がすいたよ」

「……それ他の皆からも言われた。あいつそんなに嫌われてるの?」

「そりゃあもう。嫌いじゃない奴なんてこの街にはいないよ。……テリーは領主様の甥ではあるんだけど、結構複雑な事情があってさ」


 実をいうと、今現在ラーゼムを治めている人物は正式なアイゼンハルト辺境伯ではなく、貴族席を剝奪された前領主の弟なのだ。

 前領主は貴族の威光を傘に着た古典的な横暴貴族で、領民と激しく対立していたのだが、一年前に税金の着服がバレて追放。その為、領民側の立場に立って信頼も厚かった前領主の弟が伯爵代行となったのである。

 代行と付くのは、まだ正式に王家からの任命を受けていないからだ。それでも領地事情にも詳しかったのでこの一年、順調に領地は回復していっているのだが、問題が一つ……テリーの存在である。


 テリーは前領主の息子で、父親と共に横暴を繰り返してきた嫌われ者であるが、書面上ではまだアイゼンハルト家の正当後継者。王の認可無しで相続権を剥奪したくても、そこまでするほどの決定的な罪は犯していない小物で、とりあえずタダ飯喰らいをさせずに働かせているというのが現状だ。

 本当なら今の当主代行が正式に辺境伯として任命されるべきなのだが、他の領地から利益を奪い取るには当主はボンクラの方がいいと考える他の貴族たちに妨害され、なかなか話が前に進まないらしい。実質的な権力は伯爵代行の方が圧倒的に上なのだが、書類上だけは伯爵位の相続権を持っているのがテリーなので、話はなおさら複雑化しているのだとか。


 簡単に言えば、今のラーゼムは領主の後継者争いの真っただ中で、働きに出されていることから分かるように、テリーが圧倒的不利な状況にあるということだ。

 ……そう考えると、テリーを無理矢理にでもギルドで働かせたのは叔父としての最後の慈悲なのかもしれない。冒険者ギルドの職員なら他の支部への移動だってできるし、真面目に働けば食い扶持にも困らない。


「まぁそれでも貴族は貴族……支持する人も多くてさぁ」


 今回、伯爵代行が遠征している先は王都。つまり正式に国王から辺境伯として任命してもらう為の活動である。そして叔父の目がない今、テリーとその腰巾着である支部長は好き勝手し、マクベスは牢屋に入れられたというわけだ。

 衛兵隊も一枚岩ではない。今でこそ当主代行派が大多数だが、中には一年以上前から前領主一家の悪事に加担していた、テリー派と呼ぶべき者もいる。マクベスを捕らえたのも、そういった連中だ。


「……ふぅん。そうなんだ」

「あんまり興味無さそうだね。僕はこんなに苦しんでるというのに」

「……だって私にはあんまり関係ないし」

「そりゃそうだけどさぁ……せめてもうちょっと同情してほしかったよ」


 そんなことを言われても困ると、アンジェラは心の中で愚痴る。所詮、マクベスとは暇を持て余して何となく会話してるだけの、今夜限りの間柄だ。お上を敵に回してまで助けてやろうと思えるほど、アンジェラはお人好しではない。


(……まぁ同情はするけど。……やっぱり世の中は世知辛い)


 そんなことを考えながら、アンジェラは牢屋の隅で体を丸める。

 脱獄をする気はなかった。元々一時的な拘留だし、無暗に牢を破ればラーゼムの治安を悪戯に脅かすことになるだろう……郷に入っては、こちらの目的に支障が出過ぎない範囲で、出来るだけ郷に従うのがアンジェラのスタンスなのである。

 だったらもう出所できるその時まで眠って時間を潰した方が有益だ。そう判断したアンジェラはマクベスとの世間話を中断して、早々に眠りにつくのであった。


   =====


 そして翌朝。羽織った上着を布団代わりに、硬い床の上で熟睡していたアンジェラは、鉄格子を叩く音で目を覚ました。鉄格子の向こうを見てみると、無精髭を生やした、他の衛兵よりも少しだけ上等な制服を着た中年の男が立っている。


「……ふわぁ……むぅ。……誰?」

「ラーゼム衛兵隊の隊長、シグルという者だ。確か君はアンジェラ……という名前だったか? 釈放だ」


 もうそんな時間か……アンジェラは猫のように全身の筋を伸ばしながら立ち上がり、鉄格子から出る。

 暴漢撃退しただけで別に嬉しくない貴重な体験をしてしまった……今度からはもう少し気を付けようと考えていると、シグルはマクベスが収監されている牢屋の扉を開けた。


「そしてマクベス・ローガーデン、君も釈放だ。出ろ」

「え? えぇ!? いいんですか?」

「昨日の段階で大勢からアリバイが取れてね。金庫から金が盗まれたであろう時間帯、君は酒場で他の同僚と飲んでいたと……それならば、これ以上君を疑う道理はない」

「……よかったね」

「本当だよ……首の皮が繋がったぁ~……!」


 心底ホッとしたのか、牢屋から出るや否や力が抜けたようにしゃがみ込むマクベス。そんな彼に、シグルは深々と頭を下げる。


「すまないな。本当なら裏を取ってから逮捕に踏み切るべきだったのだが、テリー派の衛兵が勝手に君を捕縛してしまった。衛兵たちの代表として、心から謝罪する」

「いや、実際拘留されたのは一日だけで、こんなに早く無実を証明してくれたんならこっちから言うことは何も……ちなみに、誤認逮捕した衛兵は?」

「懲戒処分だ。私情による独断専行の上に誤認逮捕など、言語道断だからな。……この街も出さなければならない膿が多い。テリーのことも含めてな。今回の君たちの災難でその膿出し作業が大きく進んだのは、皮肉でしかないが」


 ざまぁ! と、マクベスは心の中で喝采を上げる。マクベスを証拠もなく捕らえた衛兵たちもだが、街中で酔って少女に剣で斬りかかったテリーもまた、微妙な立場に追いやられたことだろう。馬鹿な貴族ほど蔑ろにするが、民衆の気持ちというのは想像以上に大きいのだ。


「ただ、君の破門を取り消すことは難しいかもしれない。ギルドは本来、衛兵隊を始めとした領主直属の組織とは全く別の組織だからな。せめてあのお方が王都からお戻りになられれば話は違うんだが……」

「うぅ……やっぱりですか。はぁ~……明日からどうしよう」


 衛兵隊はギルドと直接的に関わりのある組織ではないので、一職員の処遇に関して衛兵が口出しをする権限がなく、それこそロンベル支部長がその気にならなければ復帰は難しいだろう。唯一の希望はギルドと協力関係にあり、ラーゼムに支部を置かせていて口出しできる権利がある伯爵代行が戻ってくることだが王都は遠い。早急に金策が必要だ。


(それにしても、流石シグル隊長。評判通りの人って感じだなぁ)


 シグルは当主代行派の筆頭の一人でもある正義感の強いことで有名な人物で、マクベスにもその評判は届いていた。

 実際、シグルはマクベスの為によくやってくれた方だ。今のご時世、事実をうやむやにして貴族の味方ばかりする衛兵だって珍しくない。この真摯な対応を見れば、評判に偽りなしと分かる。


「君も災難だったな。正当防衛で牢屋に入るだなんて」

「……別にいい。宿代が浮いたと思えば悪くなかったし」

「豪胆なことだ。流石は噂の魔物狩りといったところだな」


 牢屋から出て事務所を経由し外に出ようとすると、事務所内がやたらと騒がしいことに気が付く。衛兵たちも尋常じゃなく浮足立っているし、一体何事かとアンジェラとマクベスはシグルに視線を向ける。


「……実はつい先日、ある子爵家から家宝の槍を奪い、多くの領民や商人から簒奪を働いて賞金首になっている武闘派の盗賊団がラーゼム近隣の森にある古砦を拠点にしたという情報が入ってね。おそらくこの動揺は、ラーゼム全体に行きわたることだろう」

「それって冒険者の間でも噂になってる……確か、隣の領の軍隊が返り討ちになったって」

「その時、奴らのアジトも破壊されたからこっちに移ってきたんだろう。実に由々しき事態だ……君たちも十分に気を付け――――」

「……ねぇ」


 会話を遮るように、アンジェラが静かに言葉をかける。


「……その盗賊って強いの?」

「ん? あぁ……そりゃあ、領邦軍を打ち破るくらいだからな。ラーゼムの領邦軍は冒険者や魔物狩りの協力を仰ごうとしているから、近々手配書が配られるだろう」

「……なお良い」


 変わらない無表情に嵌め込まれた瞳の奥が、炎のように激しく燃える。それを見たマクベスは、まるで火に飛び込む蛾のような心境になって、アンジェラの瞳から目が離せなくなった。


「……そいつら全員ぶっ殺して、私はもっと強くなる」


 

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