昨今のドラゴンには金は必需品
グライアを看取り、一年。約束通り武者修行の旅に出たアンジェラは、ラーゼムを一時的な拠点として魔物狩りに励んでいた。
近郊に生息する魔物を狩り、その角や爪を売却しながら貯金を繰り返す日々を過ごしていると、頻繁に魔物を狩って素材を納品しに来るのが、体の小さいドラゴンの少女であることが話題を呼んで、一時期冒険者ギルドからの勧誘活動が活発だったほどだ。
(……まぁ、所属なんてしないけど)
アンジェラに限らず、実力のある魔物狩りを冒険者として正式に雇用するためにギルドから勧誘活動が行われるが、アンジェラは頑として誘いを突っぱねた。
ギルドに所属してしまえば、一ヵ所に縛られる誓約をさせられる。そのことをグライアから教えてもらったことがあるアンジェラは、フリーの魔物狩りとして世界を巡る道を選んだ。
それは師匠の遺言でもあるが、同時にアンジェラの望みでもある。
(……世界中にいる強い奴らを喰らって強くなって、私が最強であることを証明する)
世界最強の証明……それこそがアンジェラの野望だ。
その為には一ヵ所に縛られるような狭い世界に生きず、各地を放浪して武者修行をするのが正しい道……少なくとも、アンジェラはそう信じている。
チートスキル持ちが大勢いる広い世界で、自分よりも強い者など多く存在するだろう。まだまだ見果てぬ目標だが、足を止める気は欠片もない。ラーゼムに留まっているのは、単に金が尽きたからだ。
「……世の中は世知辛い」
グライアが遺してくれた支度金でラーゼムまで来てみたが、その時点で有り金が尽きた。
生きるのには金がかかる……特に最強などという目標を掲げたアンジェラには、武器の整備やら旅の必需品やらで出費が嵩むのだ。その為に始めた魔物狩りだが……これは実にアンジェラの性に合っていた。
動きもしない岩や人形相手に打ち込むのはあくまで基礎訓練。血肉と殺意を宿した敵との戦いでこそ本当の強さを得られるというのがグライアから伝えられ、今のアンジェラに根付いた強さへの価値観だ。
そんなアンジェラにとって魔物狩りとは、魔物と戦い実戦訓練を積みながら金まで手に入る……一石二鳥の天職とは正にこのこと。
金が貯まり次第、ラーゼムを旅立って新天地へ向かう予定だ。そのための目標額にも近づいてきたし、近々この地を後にすることだろう。
「おう、お嬢ちゃん! 今日も魔物狩りかい?」
「……うん。角が生えた大きいワニみたいなのをぶっ殺してきた」
今日も今日とて抜き身の剣を片手に魔物を狩り、素材となる巨大な角を二つ背負いながらラーゼムを囲む壁の門を潜ると、見知った門番の兵士が気軽に声をかけてくる。
今のラーゼムの街でのアンジェラの評価は、凶暴な魔物を狩りまくる小さいのに凄い子供というのが有名だ。小さいとか子供とか、一言申したいところはあるが、気に掛けられて悪い気はしない。頻繁に出入りするギルドの受付嬢や、門番とは比較的よく話す間柄だ。
「……それじゃあ、私ご飯食べに行ってくる」
「おう! お疲れさん!」
そのまま少しの間談笑をしてからその場を後にし、アンジェラは大通りを歩く。この大きな一本道はラーゼムにおける商業区のようなもので、普段は人通りが多い場所なのだが……今日はなぜか、人が端の方に寄っているのが目立った。
まるで何かを避けているかのよう……そう思いながら大通りの真ん中を進んでいくと、向かい側から金髪で、キノコみたいな髪型で、割れ顎で、短足で、腹が出ている太々しい男が、眼鏡をかけたヒョロリとした男を引き連れて歩いてきた。
「うぃっく……んぁ? なんだ貴様ぁ……私の道を遮るなど不敬罪であるぞぉ!」
足取りはまだ安定している方だが、口から洩れる口臭は酒臭い……どうやら男は若干酔っているようで、ただ向かい側から歩いてきただけのアンジェラに絡んできた。
「まったく、クソむかつくマクベスの奴をようやくギルドから叩き出してやった記念をしたばかりだというのに……そこに直れ小娘ぇ! このテリー様が直々に誅してくれる!」
なんか変なキノコに絡まれた……アンジェラは道を譲りながらそのまま立ち去ろうとするが、逃がさないとばかりにテリーと名乗る男は立ち塞がる。
こっちは空腹でイラついてきたというのに、なんだこの男は? アンジェラの目がスッと据わる。
「テリー様。この小娘、最近噂の魔物狩りです」
「あぁん? 本当かぁ、ロンベル支部長」
それを聞いた途端、テリーはアンジェラの体を上から下まで舐め回すようにジロジロ見つめる。アンジェラは思わず蹴り飛ばしたくなった。
「ドラゴンは美人ばかりと聞くが本当のようだ……気に入ったぞ! 豊満な女もいいが、たまには華奢で小柄な女を抱き潰すのもいい!」
「あ゛?」
アンジェラの口から、儚く可憐な容姿の持ち主とは思えない、やたらとドスの効いた声が漏れる。
小柄な女ってなんだ? 小さい女ってバカにしてるのか? テリーの不躾さと相まって、アンジェラの怒りのボルテージが上がっていく。
(……落ち着け私。師匠も敵以外には手を出すのは筋が通らないって言ってた)
それでも何とか冷静になろうとしてきたアンジェラに気づかず、更に火に油を注ぐようなことをするテリー。
「命令だ小娘! 今日の私の夜伽は貴様が相手しろ! さぁ私と一緒に――――」
アンジェラの体を引っ張ろうとしたテリーの手を、他ならぬアンジェラの手がベシッと音を立てて払い除ける。そのことに一瞬だけ呆然としたテリーだったが、酒で赤らんだ顔を怒りによってもっと赤くし、腰に佩いていた剣を抜いて振り上げた。
「こ、この無礼者がぁあああああ! 私を誰だと心得ているぅうううううううっ!」
怒りと殺意に身を任せてアンジェラに斬りかかってくるテリー。
この瞬間、出来るだけ穏便にやり過ごそうとしていたアンジェラの頭が、明確な殺意と刃を向けられたことによってテリーのことを敵であると認識を改める。
まるで雷のように素早く半身になって剣が描く軌跡を避けるアンジェラ。振り下ろされた剣が空を切り、地面を叩くよりも早く、スキルを発動させた。
「……【纏雷】」
強い電流を神経に流すことによる身体強化と、体に強力な電撃を纏うことで触れた物全てを激しく感電させるスキル。このスキルに目覚めてから今日まで磨き続けてきた、アンジェラの戦法の根幹となる力だ。
シンプルな効力で基本であるが故に洗練され、威力の高い、激しい電撃を宿したヤクザキックは…………無防備なテリーの股間に減り込んだ。
「…………っっっ!?!?!?」
遠巻きから事態を眺めていたギャラリーの内、全ての男たちは「ヒエッ」という悲鳴を上げながら股間を抑える中、股間を衝撃と電流の合わせ技でシェイクされたテリーは声にならない悲鳴を上げながら悶絶し、そのまま顔から地面に倒れ込んで気絶した。
「テ、テリー様ぁあああああ!?」
「ヒャッハー! よくやったぞ嬢ちゃん!」
「最高にスカッとしたぜ! あんた最高だ!」
「……? ……? ……おーっ」
街のいたるところで迷惑をかける領主一族のボンクラが叩きのめされ、周囲からは拍手喝采が上がる。いまいち状況を読み込めなかったアンジェラは首を左右に振って周囲の様子を確かめると、両拳を夜空に掲げて静かな勝鬨を上げた。その様子にますます盛り上がるギャラリー。
とるに足らない奴だったとはいえ、やはり勝利というのは素晴らしい。この街に来たばかりで魔物狩りばかりしているアンジェラにはよく分からないけど、皆も喜んでいるし、個人的にも敵に勝てて満足。
そして今にも胴上げでも始まりそうなその時……駆け付けた衛兵によって、暴行事件の犯人としてアンジェラは連行されたのであった。
テリーが先に剣で斬りかかってきたのは大勢の者が目撃していたし、正当防衛が成立していたからだ。むしろ牢に入る必要性すらないのだが……相手は一応貴族であったと、衛兵に説明されて初めて知った。
貴族というのは厄介な生き物であると、アンジェラはグライアから聞いていた。黒い物も白と言えば白に出来る権力の持ち主で、それを傘に横暴に振舞う者も少なくなく、ラーゼムがあるアルケンタイド王国では貴族に頭を下げないだけでも罪に問われる古い因習が一応まだ残っているのだ。
近年では余りに理不尽すぎる貴族優遇な法律が次々と撤廃されていてはいるが、まだ効果を発揮しているものもある。そうした事情から、今回の場合でも一応罰するということになり、一晩拘留という殆ど無罪放免のような形で落ち着いた
正直なんで私が……そう思わなくもなかったが、拒否をすれば街の治安を守る堅気の衛兵に迷惑がかかるだろう。そう考えたアンジェラは、一晩牢屋を宿代わりにすることにしたのだが……そこで向かいの牢に入ってる少年……マクベスにチビ呼ばわりされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます