とある魔導技師少年とドラゴン娘の出会い方
城塞都市ラーゼム。アルケンタイド王国の最南部に位置する街の一つで、広大な魔物の生息域を挟んで存在する隣国に対する国境砦を兼ねる主要都市だ。
そんな土地柄なだけあって、魔物狩りを生業とする国際規模の一大組織……冒険者ギルドの支部があるのは当然と言えるだろう。そんな冒険者ギルドの支部に専属技術者として勤めていたマクベス・ローガーデンは、今しがたギルドから破門を言い渡された上に、牢屋に叩き込まれた。
「……最悪だ」
途方に暮れながら、牢屋の隅で肩を落とすマクベス。その言葉は彼の身に降りかかった出来事を単純明快に表していた。
ことの顛末の前に、マクベスという少年について語ろう。
生まれつき、武器や防具、魔道具を作成することに特化したスキル【道具制作】を保有していたマクベスは、当然のように子供の頃から物作りが趣味で、それはやがて将来の夢となり、故郷の町に滞在していた魔道具を作る技術者……通称、魔導技師に弟子入り。十五歳という成人したての若さで栄えある冒険者ギルドの期待の新人技師として迎え入れられることとなったのだ。
自分には戦うだけの才能がない。だが品質を追い求める技術者として、極めて過酷だが常に脚光を浴びる冒険者たちを支援し、自分もまた栄光を浴びる存在となることを新たな夢にして日々励んできたのだが……それをよく思わなかった者たちがいた。
代々ラーゼムの領主を務めるアイゼンハルト辺境伯の甥、テリーである。
元々、マクベスと同時期に冒険者ギルドの事務局に訳あって入職してきたテリーだったが、今の今まで教育から逃げてばかりで貴族として相応しくないと陰口を叩かれることが多かった。
なにせテリーは根っからの放蕩者だ。辺境伯に無理矢理働きに出されたものの、ギルドでも最低限の仕事も満足にせず、やる気もないから物覚えも悪く、遠巻きから冷たい視線を向けられる日々。典型的な使えないボンボンという奴だ。
一方マクベスはスキルの補助もあって、確かな技術力と意欲で周囲から期待されている技術者だ。
彼が修理した魔道具や武具防具は長く持ち、信頼を勝ち取って最近任されるようになったマクベス手製の品々も性能が良いと好評。まさにテリーとは正反対の存在である。
お互い同期としてギルド入って一年、自分よりも速いペースで躍進するマクベスに、逆恨みともいうべき嫉妬をテリーが向けるようになったのは、当然の帰結かもしれない。
初めは小さな嫌がらせだった。廊下ですれ違ったマクベスに肩にわざとぶつかる程度の子供染みた嫌がらせ。
それが次第にエスカレートし、マクベスが出した物資の要請書を無視したり、作った魔道具や装備を隠したりと、次第に仕事にも支障が出るものになっていった。
お世辞にも褒められた容姿ではないテリーに対し、マクベスは明るい茶髪が良く似合う美男子であるというのも、拍車をかけたのかもしれない。外見も中身も劣るテリーは遂に、横領の罪をマクベスに擦り付けたのである。
最近事務員の間で資金の計算が合わないと騒ぎが起きていたし、横領の事実があるのは本当らしいが、ギルドの金に触れる機会もなければ、金庫の扉を閉ざすダイヤル式の錠を開けるための暗証番号も知らない、そもそもギルドの資金に直接触れる機会のない部署にいるマクベスに横領など出来るはずもない。にも拘らず、テリーはギルドの支部長と一緒になって「マクベスがピッキングして金庫から金を奪った」と主張したのである。
支部長は権力に滅法弱く、事務員としてギルドに入ったが、貴族の血を引くテリーに対して媚びを売っているのは有名な話だ。
一応テリーも後継者候補だが、辺境伯を継ぐ可能性はかなり低く、媚びを売る相手を間違えているとしか思えないのだが、支部長からすると違うらしい。
当然、技術部の部長や先輩職員たちを始めとした大勢の者が庇ってくれた。だが相手は仮にも領主の後継者候補と、それを支持するギルドの支部長だ。
アイゼンハルト辺境伯は領邦軍を率いて遠征に出向き、妻である辺境伯夫人は所用によって子供を連れて他の領地に赴いている。なので今現在、ラーゼムで最も権力があるのは間違いなくテリーたちである。
金庫の錠のピッキングもやろうと思えばできる技術があるのが災いした。結局、マクベスは重要参考人として拘束される羽目となり、トドメとばかりに支部長からは「横領をするような者などギルドに必要ない」と破門まで言い渡された。
ただギルドを辞めるだけなのとは訳が違う……破門となった者は他のギルドにまで情報を流され、マクベスはもう何処のギルドにも勤めることが出来なくなり、夢を絶たれてしまったのだ。
「ちっくしょぉ~……! あのボンクラ息子めぇ……僕が一体何したってんだ……!」
とまぁこんな感じで牢屋に叩き込まれたマクベスは、牢屋の隅で体育座りをしながら恨み節を吐いていた。
頼りの綱はアイゼンハルト辺境伯が帰ってくることだが、そんなものを待っているとマクベスが本当に横領をしたという証拠をでっちあげられる可能性が高い。そうなればマクベスの未来は監獄送りだ。
「テリーのクソボケ! 不細工! キノコ頭! 割れ顎! 金髪似合ってないんだよ! 短小! 包茎! 三段腹! 短足! 厄介者! 役立たず! 間抜け! カス! 頓馬! ゴミ屑! 寄生虫! 給料泥棒! ウ〇コォオオオオオオオッ‼」
「うるさいぞ、そこ! 領主様一族の悪口を連呼するんじゃない!」
「うっさいですよ! 兵士さんも同じこと思ってるくせに!」
「ぶっちゃけ同感だけども!?」
もうヤケクソである。このくらいの悪口、叫ばないとやってられないのだ。
「おい、大変だ! テリーが暴漢に襲われて病院に担ぎ込まれたって!」
「はぁ!? 嘘だろ!? いくらボンクラとはいえ、貴族に手を出す馬鹿がいるのか!?」
泣きながら自分の身の上の不幸を嘆いていると、聞き捨てならない情報がマクベスの耳に飛び込んできた。
それは実に素晴らしいビッグニュースだ、もっと聞きたいと鉄格子から顔を覗かせるマクベス。
「相手は捕まったのか!? どこの誰なんだ!?」
「そ、それが最近噂になってるドラゴンの魔物狩りだって……ちょっと、色々信じられないけど。ただ、状況が状況だったらしくてな……逮捕じゃなく、一日拘留ってことで牢に入ってもらうんだと」
「あぁ……怪我したのは所詮、あのボンクラだしな。どうせ魔物狩り相手にちょっかい出して痛い目見たんだろ」
「おい、あんまりそういうことを言うのは……」
「本当のことだろ。あいつは未だ一年前の気分が抜けてないんだから、いい薬だよ」
ドラゴン族の魔物狩り……それにまつわる噂はマクベスの耳にも届いていた。
魔物狩りとは、冒険者ギルドに属さずに、魔道具や武器、防具の材料となる魔物の部位をギルドにそのまま卸す、フリーの仕事人の事だ。ギルドに所属すれば様々な特典があると同時に様々な制約を課せられるので、それを嫌って魔物狩りになる者も多い。
そして言わずと知れた最弱種族であるドラゴンでありながら魔物狩りとなれば、最近ラーゼムで話題になっているのは一人。ある日突然ラーゼムに現れて、凶暴な魔物の部位を次々と持ってくれば話題にもなるだろう。冒険者ギルドでも勧誘活動をしている動きがあるし、マクベスも直接見たわけではないが、話題だけなら毎日耳に届いていた。
(そんな話題の人物がテリーを……? それに色々信じられないって何?)
思い返せば、引っかかる物言いである。一体どんな人物なのか……向かい側の牢屋に片手に抜き身の剣を握り、大きな魔物の角を二つ背負って入った人物を見て、思わず呼吸を忘れた。
やれ大男だの、見るからに老獪な武人だの、色んな噂は聞いていたが意外や意外。最近話題の魔物狩りは、腰を超えるくらい長く綺麗な淡い空色の髪と、アメジストのような紫色の瞳、そしてドラゴンであることを証明する、頭の両側から後ろに向かって生える角が特徴的な、人形のように可憐で美しい華奢な少女だったのだ。
恰好こそラフなもので、装飾は首から下げたロザリオのネックレスだけ。シャツの上にフード付きの上着を羽織り、少し短めのスカートとアサルトブーツを履いた簡素な格好だが、それがかえって彼女の美しさを際立てさせている。雰囲気も物静かで、まるでこのまま消えてなくなりそうなほど儚い。
「「……」」
そんな少女と、鉄格子越しに視線が合った。
まるで吸い込まれそうな瞳だ。お互い言葉を放たないまま見つめあっていると、マクベスはあることに気が付いた。
「……ん? あれ? 思ったよりも全然小さい……え? 子供じゃん。この子が本当に噂の魔物狩り?」
「ぶっ殺す」
身長146センチ。齢にして十六歳。ここ数年、本気で身長が伸び悩んでいるドラゴンの少女……アンジェラの瞳は、怒りで燃え上がった。
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