第28話 実技授業での一幕
同好会のダンジョン探索も無事に終わり、土日を挟んだ月曜日。
本格的に授業が始まるこの日から、これまでの必修科目に加えて、選択授業が開始される。
それはシェリルたち三人が選択している、剣術実技の授業が始まる少し前。
学校の演習場には、剣術実技を選択しているA、C、E組の生徒たちが集まっている。ちなみに男女比はかなり男子寄りだ。
「ねえ! キミが実技トップって噂の、トウドウ君かい!?」
1年A組、シェリルと同クラスの喜多川フェルナンドが、E組の藤堂を見つけて声をかけた。
「君は、確かA組の……」
「喜多川フェルナンド、フェルって呼んでくれよ! それで、トウドウ君ってキミだろ?」
フェル呼びを求めて訊ねてきた少年に、藤堂は少し困ったように言う。
「確かに俺は藤堂だが――」
そこまで言って視線を動かすと、騒動の様子を眺めていたシェリルと視線が合う。
(言っても構わないか?)
(どっちでも)
そんなやり取りが視線で交わされると、藤堂はフェルへ向き直る。
ここまでかかった時間は、ほんの数秒ほど。
「――なぜそんなことを聞く?」
フェルは入試結果をまだ知らないようなので、藤堂はとりあえず理由を聞くことにする。
それにフェルは挑戦的な表情を浮かべると、
「それはもちろん、トップがどれだけやれるのか知っておきたかったからさ!」
と、握り拳を作って答えた。
「そうか。ならば、放課後にでも相手になろう。もう授業が始まるからな」
「いいや、ちょうど良い。二人とも、今から模擬戦をしてくれないか」
藤堂が話を切り上げようとしたとき、演習場にやって来た金剛寺が、二人へそんな提案をする。
すると当然、フェルは目を輝かして了承した。
続いて金剛寺から視線を向けられた藤堂も、仕方無さげに承諾を返す。
◆◆◆
演習所の中央にある試合用の広場に、一定の距離をおいて向かい合う藤堂とフェルの姿があった。
藤堂より一回りほど低いが、それでも身長190センチ近くあるフェルと、身長2メートルを上回る藤堂の対峙は、なかなかの迫力だ。
そんな二人は、刃の無い模擬戦用の武器を携えている。
藤堂は正統派を往くロングソード。
フェルは敵を叩き潰すように作られた厚みのある大剣。
「――首から上を狙うのは禁止、どちらかが降参を告げた時点で試合は終了だ。それと……君たちの持つ武器には刃が無いが、それでも君たちが本気で扱えば人など簡単に殺せるということを忘れるな。これらを踏まえた上で、模擬戦は全力で戦え。危険だと思えば、審判の俺が責任を持って止める……良いな?」
「了解です」
「はい」
藤堂とフェルの返事に金剛寺は頷くと、周囲で見学する生徒達にも声をかける。
「君たちも剣術実技を選んだからには、この先模擬戦へ出る機会もあるだろう。だからよく見ておくんだ――よし。二人とも、準備は良いか?」
藤堂とフェルが頷くのを確認した金剛寺は、右手を大きく振りかぶった。
「両者構えて」
およそ10メートルほどの距離をおいて、それぞれ剣を構える。
「では……始め!」
審判の金剛寺が開始の合図をして、手を振り下ろす。
それと同時に、藤堂とフェルは動き出した。
◆◆◆
模擬戦が始まるほんの少し前。
観衆に紛れていたシェリル、美珂、有希の三人は、模擬戦の結果を予想し合っていた。
「ねえねえ。シェリルから見てさ、藤堂君と喜多川君のふたり、どっちが勝つと思う?」
有希の問いにシェリルは少し考えて、答える。
「ほぼ間違いなく、藤堂って人が勝つ」
「私もそう思うけど、なんで?」
強めの断言に目を丸くして、有希は再度訊ねた。
「まず喜多川って人の大剣、あれがそもそもダメ。あの武器は身が厚いから、たぶん相手を上段から潰すような使い方をするはず。けど今回のルールでは首から上を狙うのが禁止されているから、そもそも武器の特徴を活かせない。対して、藤堂って人の武器はロングソードだけど少し短め。あれより長い剣だってあるのに、わざわざそれを選んだのは、相手やルールに合わせているから……模擬戦とか対人戦に相当慣れてるよ、あの人」
シェリルは珍しく、饒舌に解説する。
有希は、少し見ただけでここまで推察できる
「な、なるほど……じゃあもし、ルールが無かったらどうなると思う?」
続く有希の問いに、シェリルは即答する。
「藤堂って人の圧勝。ロングソードは模擬戦用で、本来の持ち武器は別だろうし……あの人、そもそもレベルが違うよ」
レベルが違う、とシェリルに言わしめる藤堂。
そんな彼を、美珂は真剣な表情で見つめていた。
◆◆◆
「では……始め!」
合図とともに先に飛び出したのは、喜多川フェルナンドことフェル。
「ハァァッ!」
気迫の叫びとともに、フェルはフルスピードで距離を詰める。
その速さは、常人には絶対に出せない速度。
対する藤堂は、攻撃に備えて自然体に、だが眼光鋭くロングソードを構えていた。
――カウンター。
それを読み取ったフェルは、防御させまいと藤堂の胴体を薙ぐように、全力で大剣の一撃を放つ。
凄まじい速度で、大剣が藤堂に迫る。
その瞬間、観戦するほとんどの者が藤堂の敗北を予感した。
そして。
「――はっ!?」
藤堂は、迫り来る大剣の腹をロングソードで上から叩きつけて逸らし、自身が上に飛ぶことで回避する。
常識外れの行動に、フェルは驚愕に目を剝く。
その隙を逃さず、藤堂はフェルより数段早くロングソードを振ると、首筋へかざした。
「く、降参だよ……」
フェルは悔しげに、しかしどこか満足げに自らの敗北を認める。
清々しいほどの完敗だ。
「喜多川フェルナンドの降参により、勝者、藤堂圭司」
金剛寺が告げると、周囲で観戦していた生徒たちから、健闘を称える拍手が一斉に送られる。
「いやあ、強いねトウドウ君は。さすがは学年トップだ!」
試合後の握手でそう称えるフェルに、藤堂は少しだけ気まずげに言う。
「そちらこそ、良い踏み込みと良い一撃だった……それと悪いが、俺は学年トップではない。俺の上に一人、とんでもない新入生がいるらしいからな」
「ええっ! キミより強い生徒がまだいるの?」
驚いたように目を丸くするフェルに、藤堂は続ける。
「ああ。だがその人物は女生徒だ。あまり迷惑をかけるような事をするなよ?」
「もちろんだよ!」
目を輝かせて答えるフェルに、果たして忠告は届いたのだろうかと、藤堂はため息をつくのだった。
そして、放課後。
「アサヒナさん! 実技トップキミだよね? オレは喜多川フェルナンドって言うんだ。気軽にフェルって呼んでくれ……それでさ、オレと模擬戦してくれないかな?」
やはりと言うべきかやって来たフェル少年。
シェリルたちはこれから同好会の活動があったのだが、試合を受けなければいつまでも挑んできそうだ。
シェリルは美珂、そして有希と顔を見合わせると、頷き合う。
「分かった、受ける。二人とも、悪いけど先に部室へ行ってて。あとで行くから」
シェリルそう言うと、二人は快く了承する。
「分かった。シェリルもほどほどにね? 有希、行こう?」
「うん、シェリル頑張ってね!」
教室を出て行った二人を見て、フェル少年は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめんね、アサヒナさん。部活の邪魔になるなら、別の日でも……」
「別に大丈夫。あと私はシェリルで良い。朝比奈は二人いるから言い辛い、でしょ? ……それより、模擬戦の監督をしてくれる先生、探しに行かないと」
「ああ、そのことなら大丈夫! あらかじめ先生に頼んでおいたから!」
サムズアップして言うフェルに、シェリルはジト目で言う。
「……それ、私が断ったらどうするつもりだったの?」
「もちろん、直接行って謝るよ? 交渉がうまくいかなくても、時間までには絶対着くようにしてた」
時間というのをやたらと強調して、フェルはそう答える。
「――それじゃ、行こうよ。場所は第4演習場だから、少し遠いんだ」
そう言って、教室を出て行ったフェルの後を、シェリルも追った。
◆◆◆
第4演習場は、本校舎からかなり離れた正門近くにある。
そのためシェリルとフェルは、少しだけ速足で向かう。
途中、フェルは変わったことを聞いてきた。
「そういえばさ。シェリルって最近、学校から出たことある?」
「あるけど、なんで?」
藪から棒の話題に、シェリルは疑問を返す。
「いや、昨日友達とダンジョンに行った帰りにさ、学校近くのファミレスで変な勧誘受けたんだよね」
「変な、勧誘?」
ほんの少しだけ胸のざわつきを感じて、表情を曇らせるシェリル。
「そう。なんか、ダンジョン素材の専属取り引き相手として契約してくれないかって言われたよ……まあ、入学したときに注意されたし、何より怪しかったからその場で帰って貰ったんだけどね。シェリルもそういうの受けてないか心配になってさ」
フェルの言う通り、怪しいのは間違いない。
というのも、ダンジョン素材の取り引きをわざわざファミレスで求める意味がないのだ。
正規の手続きを踏み、国から認められればダンジョン素材は今でも購入可能なので。つまり、それができない。
要するに国から認められない何者かが、ダンジョン素材を求めているということ。
「私は受けてないから大丈夫。フェルも良く断った、えらい」
本当に、フェルたちはよく流されなかった。
(あれ?)
一瞬、シェリルは違和感を覚える。
しかしそれは、すぐに消えてなくなってしまう。
(なんだろう、何か見落としてるような……)
何となく、気持ち落ち着かない。
そんな思いを胸に隠しながら目的地についたシェリル、そしてフェルは、予定通り模擬戦をする。
大剣が模擬戦に不利だと学んだのか、今度は藤堂と同じようなロングソードで挑む。
対するシェリルは、武器を持たず素手。
どう考えてもシェリルが不利に見えるこの戦い。
しかし結果は、シェリルの圧勝に終わった。
模擬戦後、同好会の部室へ足を運びながら、シェリルは祖父の博司宛にメールを書く。
『変な勧誘があるらしい』
詳細を簡潔にまとめて送信ボタンを押すと、シェリルは静かに息をつく。
あのときの違和感がどうしても拭えない。
そんなモヤモヤが、やけに心残りだ。
※今日で投稿から一ヶ月経ちました。ここまで続けられたのも皆様のおかげです。ありがとうございます! 私にとって本当に記念すべき日なのです!
もっと上手く書けるように引き続き頑張って参りますので、これからもよろしくお願いします。
そしてここまで見てくれた皆様方、是非とも星評価、フォローなどお願いします……!
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