第27話 同好会のダンジョン探索

「あれ、いつの間に……?」


 目を見開くシェリルの眼前に映ったのは、変化したステータス画面だった。


・ステータス

 【名 前】 シェリル

 【年 齢】 15

 【ジョブ】 未設定《選択可能》

 【レベル】 33

 【魔力量】 372/372

 【スキル】

 ・魔法スキル

 『初級風魔法』『初級水魔法』『初級火魔法』『初級土魔法』『初級闇魔法』『初級光魔法』

 ・武術スキル

 『刀剣術(2)』『格闘術(2)』『短剣術(1)』『棒術(1)』

 ・補助スキル

 『危険察知』

 ・セットスキル

 『刻印魔法士』

 【ジョブスキル】 未設定

 【ギフト】 刻印魔法


 レベルは定期的なダンジョン療法により、33まで上昇。それに伴い、魔力量も大きく増えている。

 しかし見るべき点はそこではない。


「『刻印魔法士』のジョブスキル、コンプリートしてる……」


 つい先日まで、ジョブスキル『刻印魔法士の素養』がスキル化されておらず、ジョブスキルの欄に残ったままだった。

 だが今はそれが消え、新たにセットスキルなるものが生えている。

 このセットスキルに関しても、シェリルは一定の知識があった。


 セットスキルは、スキル化したジョブスキルとマスターボーナスが統合されたものならしい。

 すでに多くの自衛官が一次ジョブをマスターし、セットスキルを発現させているそうだ。


「はい、これが私のステータス」


 シェリルは称号の欄を隠して、二人へ見せる。


「「つ、強い……」」


 二人の背後に雷が落ちたと錯覚させるような驚きよう。


 レベル、ジョブのマスター、スキルの数、どれをとっても、少しどころではないほどに次元が違う。

 何をすればこれほどの強さを得ることができるのか、有希には理解ができない。

 そんな二人に、シェリルは一通り説明を始めるのだった。



◆◆◆



 一通りシェリルの説明を聞いた有希は、何か名案を思いついたように訊ねる。


「ねえねえ! 刻印魔法って、私たちにも使えるの?」


 その問いにシェリルは頷いた。


「うん、使える。有希と美珂ねえには、同好会で刻印魔法の使い方を教えるつもりだった」


 そんなシェリルの言葉に、美珂は驚いたように目を丸くして言う。


「えっ、シェリルそれ本当?」


「本当だよ……ぁでも、他の人には言わないっていう前提だけど」


 シェリルの注意を不思議そうな表情で聞いていた有希に、説明する。


「さっきの魔法の威力は見たと思う。刻印魔法は、極論だけど、刻印に魔力を流すことさえできれば発動する……つまり、私が開発した刻印を複製すれば、『ブリッツショット』の魔法を打ち倒せる大軍だって作ることができてしまう」


「わ、分かったぞぅ! そういうことかっ!」


 刻印魔法は、魔力の操作方法さえ理解していれば、誰にでも扱えてしまう魔法である。

 それがどれほど恐ろしいものなのか、有希には簡単に理解することができた。

 途中から顔を引きつらせて話を聞いていた有希は、最悪の未来を想像して、納得の声を上げる。


「それに……もし、この魔法の存在が悪い人たちに見つかれば、危険な目に遭う可能性は十分にあるんだよ……こんな世の中だしね」


 シェリルの後を引き継いだ美珂は、しみじみ言う。

 今朝のニュースでも、日本の反対側にあるとある国でテロが発生し、数十人が亡くなっている。悲惨な事件だが、こんなことは新世界現象以降、世界中で毎日のように起こっていた。

 平和な日本にいると、時々そのことを忘れてしまいそうになる。


「さてっ、この話は一旦おしまい! それよりもシェリルがこれから就くジョブのことを考えよう?」


 少し暗くなりかけた雰囲気を払うように、元気よく美珂が言う。

 それに二人も同意すると、シェリルは就けるジョブを有希と美珂にも見せた。

 三人はその中から、目ぼしいものをピックアップしてゆく。


・見習い魔法使い――魔法使いへの入り口。


・見習い探索士――探索系の技能に長ける。


・見習い戦士――戦闘全般に長ける。


 やはり鉄板なのはこの辺りか。

 どれも恩恵が分かりやすく、二次ジョブ、三次ジョブの想像もしやすい。

 その中でも、気になる点を美珂は挙げた。


「刻印魔法士の二次ジョブ、出てないね。何か条件とかあるのかな……?」


 美珂が言うように、どれだけ探しても、刻印魔法士の二次ジョブと思われるジョブが出てこなかったのだ。

 シェリルも残念そうな表情を浮かべて頷く。


「たぶんそう……仕方ないから、今は別のにするしかない」


 そう言って、ピックアップしたジョブの中から候補を絞る。


「やっぱり、見習い魔法使いがいいかな。教授からも勧められてたし」


 ユーリの話によると、見習い魔法使いのジョブは、シェリルを始めとして、ほんの数人にしか確認されていないらしい。出現条件は、初級の6属性魔法を全てスキル化させていることが前提だと推測されている。


 このように、ジョブを出現させるために必要な過程を踏むジョブのことを、国は派生ジョブと呼んでいた。


 現在、日本で魔法の才能を持つ者は5人に1人ほど。

 そのほとんどがギフトの恩恵によって与えられた才であり、複数属性の才を持つこと自体、極めて稀である。

 そんな中シェリルは、6属性すべての魔法を習得済みという壊れっぷりを発揮していた。


「じゃあシェリルは見習い魔法使いにするの?」


「うん、せっかくの派生ジョブだし」


 有希の確認にシェリルは肯定を返すと、見習い魔法使いに就くことを念じる。



「――なるほど。派生ジョブなだけあって強い」


 ジョブの情報を把握したシェリルは、開口一番にそう呟くと、二人にジョブスキルの情報を開いてみせた。


【ジョブスキル】

『多重詠唱』

『呪文改変』

『魔力量上昇(小)』

『呪文詠唱のコツ』

『魔法使いの素養』


 シェリルは順に説明する。


 『多重詠唱』は、一度の呪文詠唱で、多数の魔法を同時に発生させるという技能だった。

 注意しなければならないのは、同時発生させる魔法の数を増やせば増やすほど、体への負担が乗算されてゆくことだ。


 『呪文改変』は、定型の呪文を変化させるという技能。

 ルイズが使ってみせた、あの技術である。


 『魔力量上昇(小)』は、最大魔力量の5パーセント、魔力を上昇させるスキル。


 『呪文詠唱のコツ』と『魔法使いの素養」は、コツ系、素養系の括りに違わず同じ効果を持っている。


「……たぶん、刻印魔法の方が強いとは思う」


 通常の魔法を何年も使って来たシェリルにはよく分かる。

 刻印魔法は超えられないと。


 とはいえ、二人と足並みをそろえるにはちょうどいい。

 顧問がルイズなので、魔法について聞きたいことは彼女から聞けばいいのだ。

 縛りプレイにはうってつけだった。


「これで全員の戦い方を確認できた。これからは連携の確認をしていくよ……確認しなくちゃいけないのは、私と有希なんだけどね」


 シェリルのジョブ発表会が終わると、美珂がそう切り出す。


「美珂ねえ、私は?」


「シェリルは遊撃だね。攻撃するときに声をかけて。あとは私たちが攻撃を欲しいときに合図するから、その準備を」


「了解」


 その後も何度かやり取りをして陣形の確認を行い、方針の決まった三人は先へ進む。

 途中、何度か魔物と出くわすも、連携の確認をしながら危なげなくそれらを処理して、石造りの廊下を歩いてゆく。

 そして三人が変わらぬ風景に飽きてきた頃。

 何度目かの曲がり角を曲がった先に、淡い緑の光が立ちのぼる円陣が現れた。


「あっ、ポータルだっ!」


 真っ先にそれを目にした有希が指を差す。

 石柱で囲まれた祭壇のような場所に、進行を示す緑のポータルはあった。


「ここまでで1時間半か。少しペースを上げた方が良いかも」


 時計を確認した美珂の言葉に、二人は頷く。

 これほど時間がかかっているのは、連携の確認を何度か行って来たため。

 それもある程度様になってきたので、二人はペースの上昇に同意する。


「それじゃあ、行くね? せーのっ!」


 シェリルたち三人はここへ来た時と同じように、同時にポータルへ足を踏み入れた。



◆◆◆



 第2層は緑豊かな草原だ。

 足元には草木が生い茂り、地肌を隠すようにしてどこまでも広がっている。

 視界を遮るものがほとんどなく、遠くを見渡せば、全方位を木々が覆っているのが見て取れた。


 第2層に現れる敵は3種類いる。

 Fランク中位のグリーンボア。

 Fランク下位の忍蛇ニンジャ

 Gランク上位のグラスゼリーだ。


 注意すべきは忍蛇とグラスゼリー。

 忍蛇は褐色系のまだら模様が特徴の、体長30センチほどの小さな蛇だ。

 ゆえに足元の草に紛れやすく、見つけるのが難しい。

 また見た目に寄らず噛む力も強いので、先制されると危機に陥りやすい。

 ちなみに忍蛇というふざけた名前は、第一発見者の自衛官がノリで命名した。

 地球での魔物の扱いは他の生物と同じで、第一発見者に命名権がある。


 グラスゼリーは、緑色をした弾力のある粘性生物だ。この魔物は単純に物理攻撃が効きにくい。物理ばかりのパーティーだと、場合によっては撤退を余儀なくされることもある。


 説明を聞くと厄介に思えるが、三人はこの階層を30分足らずで突破した。

 というのも、突進攻撃しかしないグリーンボアと、物理の効かないグラスゼリーはシェリルの魔法の餌食に。

 忍蛇に関しても、やたらと勘の鋭いシェリルが大活躍した。

 シェリルに頼りすぎるのは駄目だと『ブリッツショット』を封印して、この速さである。


 次の3層へ向かうポータルは、端の方にある林の中央に存在した。

 ここでも祭壇のような石柱が、円陣を囲っている。

 さすがに三度目となった三人は、慣れたように次の階層へ向かう。



 続く第3層は、木々や草木がうっそうと生い茂る森。

 地面もところどころ泥濘んでいて、熱帯雨林のような趣がある。


 そんな第3層で注意すべき魔物は2種。

 Fランク上位のフォレストウルフと、Fランク下位のクレイモールだ。


 フォレストウルフは、緑の体毛が特徴の小型の狼である。

 常に2体以上で行動し、獲物を発見すると、素早い動きと連携で襲い掛かって来る厄介な魔物だ。


 クレイモールの見た目は、黒色のモグラ。

 モグラと言うだけあって普段は地中に潜っており、人が近くを通り過ぎると、背後から飛び出して攻撃してくる。そんな、なかなかに不愉快な魔物だ。


 この階層ではそれなりに苦労する。

 いや、最初は楽勝だったのだ。

 索敵はシェリルセンサーで行い、近付く敵を全て予期して対応できるのだから当然である。


 なので途中からシェリルセンサーを封印した。

 その結果索敵が追いつかず、先制攻撃を何度も食らう羽目に。

 それでも、苦労した甲斐はある。

 美珂と有希の前衛二人の連携が、探索前より大きく成長していたのだ。

 やはり実践が何よりも大事だということを、三人は学ぶ。



「はあ~、やっと着いた……!」


 森に開かれた祭壇を前に、疲れ切ったような声を上げて、有希が言う。

 やはりシェリルという最強戦力を制限すると、それなりに苦労するということを痛感した。これが今の実力だ。


「シェリルに頼ってばっかりじゃ、駄目だからね」


 美珂も呼吸を整えて応じる。

 探索後半、シェリルはサーベルと初級魔法だけのサポート役に徹していた。

 なので、襲い掛かって来る魔物は、ほぼほぼ二人だけで対応することに。

 それは疲れるというものだ。


「二人とも、無理はしない。いつでも私を頼って」


 シェリルが言うと、二人は嬉しげな笑みを返す。


「……さて、それじゃあ……帰ろっか!」


 美珂がそう言うと、全員で手をつないで、帰還を示す緑の円陣へ飛び込んでいった。



 第1回ダンジョン探索は、こうして幕を閉じる。

 その後ルイズの車で学校まで戻った一行は、夕食をファミレスで済ませて、各々の寮へと帰宅する。


 様々な収穫を得た、このダンジョン行。

 友達と行く初めての大冒険は、特別に良いものだった。

 きっとこれから、何度も行くことになるであろうダンジョン探索。

 回数を重ねれば、感動は薄れてゆくのかもしれない。

 それでも三人はこの日、思った。

 今日という日を、忘れたくないと。



◆◆◆



 新世代育成高校から少し離れた、とある高層マンションの一室で。

 シャワーから上がったばかりのルイズは、携帯端末の着信履歴に気付き、折り返しの電話をかけた。

 数回のコール後に、ピッと応答の音声が鳴る。


「私だ」


 ソファに腰掛けたルイズは、優雅に足を組み、そう応じた。


「ルイズ殿か。折り返しの連絡、助かる。要件だが……ルイズ殿に知っていておいてもらいたい事ができた」


 応答した博司の言葉に、ルイズは眉を上げる。


「ほう、何かね」


 そう言って、先を促す。


「近頃、関西方面に住まう新世代育成高校の生徒への、怪しげな勧誘が相次いでいる。さんざん注意を呼び掛けているので今のところ事件に巻き込まれた生徒はいないが……どうにもキナ臭くてならん。そちらでも、何か妙な話を聞いたら連絡してくれ」


「ふむ、了解した……ああ、そうだった。ひとつ、報告すべきことがあったね……君の孫娘、シェリルのことさ」


 足を組み替えたルイズは、少し声を落として続ける。


「彼女は人間だったよ。間違いなくね」


「……そうか、それは安心だ」


 博司の安心したような声。

 しかし、ルイズの表情は険しい。


「しかし、それにしては魔力が多い。常人のおよそ5倍……これは、多少の先祖返り程度では到底賄えん。ゆえに人間ではあるが、分からないことも多い。まったく……この世界は謎に満ちていて面白いな」


 ルイズには珍しい、皮肉めいた発言。

 自身より長く生きた者の、理解の困難な領域の話に、博司は声を発することができない。


「忠告は聞いたよ。胸に留めておこう」


 そう言って通話を切ると、ルイズは深くため息をつく。

 厄介事が次々に増えてゆくのを、肌で感じる。

 しかしそれ以上の充実を、ルイズは自覚していた。

 だからこそ、


「何も起こらなければ、それに越したことはないのだがな」


 そう、本心から思う。

 そんな様々な者たちの思惑が絡み合って。


 波乱の足音は、もう近くまで迫っていた。

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