第26話 それぞれの実力

 滝山ダンジョンは、半年前に発見された踏破済みのダンジョンだ。

 総階層は25。

 5層ごとに階層の風景がループするという特徴がある。

 1層が石造り、2層が草原、3層が森、4層がサバンナ、そして5層が中ボス階層だ。

 中ボス階層とは、ボス部屋と呼ばれる、通常より強力な魔物が出現する部屋だけで構成された階層のこと。

 他の階層とは違ってポータルの転移先も固定されており、いつでも引き返すことのできるポータルが用意されているという親切仕様だ。

 そして中ボス部屋を突破すると、再び風景は石造りに戻り、出現する魔物の遭遇率が増してゆく。


 今回、一行が向かうのは3層まで。

 2層のポータルを踏み3層へ行き、そこで帰還ポータルを探して帰還するのが予定だ。


 美珂を先頭に、石造りの廊下を三人は警戒しながら進んで行く。

 80メートルほどの通路を歩いてゆくと、やがて曲がり角に到達する。

 そこで美珂は歩みを止めると、腰を落として曲がり角の先をうかがう。

 そして、制止のハンドサインを送った。

 このハンドサインは、すでに学校で始まっているダンジョン学で、最初に教わったものだ。


「――敵発見、距離30メートル。相手は角兎でこっちには来てない……有希、いける?」


「任せてっ」


 美珂の確認に有希は小声で返答すると、二人は素早く場所を入れ替え、様子を確認する。

 角兎は、文字通り頭の上に角の生えた、50センチを上回る体躯を持つ大きな兎だ。角の長さは10センチほどあり、先端が錐のように尖っている。魔物ランクはGランク上位だ。


 角兎は油断しているのか、有希を警戒する様子はない。

 それを見た有希は、攻撃のサインを出すと同時に、足音を最小限にして飛び出す。


『キュッ!?』


 驚いたような声。

 さすがに耳が良いのか、角兎は有希の出現に気が付く。


「ふっ――」


 有希は息を短く吐いてナイフを右手に構え、踏み込む。

 角兎が反撃の態勢を整える寸前。


「やあっ!」


 裂帛の気合いとともに、有希のナイフが一閃された。

 コンパクトだが、鋭い一撃。


『キュウ~~ッ!?』


 剣閃が弧を描き、角兎の胴体へ切りつけられる。

 肉を断つ感触が訪れるが――少し浅い。

 しかし始めから、一撃で倒せるとは思っていない。

 有希の真骨頂は、手数で翻弄して相手の自由を奪うこと。


「まだっ」


 いつの間にか左手に構えていたもう一本のナイフで、続けざまに斬りつけることで、角兎の反撃を封じる。

 そして、


「これで……終わりッ!」


 隙のできたがら空きの胴体に、ナイフを振り抜く。


『キュッッ!!』


 身体をしなやかに回転させ、遠心力が上乗せされた強烈な一撃。

 角兎の悲痛な叫びが通路に反響する。

 確実に倒したという手応えに振り返ると、角兎は光となって消えていた。


「やったっ!」


 有希は小さく拳を握ると、自分へ近寄って来る二人に元気よく手を振る。


「有希、凄かったね~!」


「うん、角兎に何もさせなかった。有希、やるね?」


「ふふんっ、私も結構やるでしょ?」


 二人から賞賛され、有希は鼻高々といった様子。


「私の戦法はね、連続攻撃で相手に行動させないこと! 一撃の威力が出せない代わりに手数で勝負する……私なりの工夫だよっ!」


 有希はレベルアップを重ねて分かったことがあった。

 それは、ステータスというシステムが解放されても、いや、されたからこそ、小柄であるというハンデは大きいということ。

 質量と力が等価に近しい関係上、どうしても大柄な者の方が、力を発揮しやすい。


 確かに力はレベルアップでも増す。

 しかしそれは他の者だってそうなのだ。条件が揃えられれば、体格の良い者が有利なのは変わらない。

 今までなら体格が小さくても階級制度によって平等にされていたが、それはあくまで競技での話。魔物との殺し合いは平等ではないのだ。


 これを踏まえると、純アタッカーでこの先も活躍できる未来が見えなかった。

 それでも有希は、誰かとともに冒険がしたくて、自分が活躍できそうな道を考えて。そして思い至ったのが、手数による攻撃で相手の行動を妨害し続ける、サポーターである。

 有希にはサポーターで世界を取ってやるという野望があった。


「そういえば有希って、ジョブに就いてるんだよね? 何にしてるの?」


「うん、就いてるよ。えっとね……はい、これ」


 有希はステータスを出現させ、二人へ見えるように念じると、目の前にホログラムのような文字群が現れた。


・ステータス

 【名 前】 市ヶ谷有希

 【年 齢】 15

 【ジョブ】 見習い短剣術士

 【レベル】 5

 【魔力量】 35/35

 【スキル】

 ・武術スキル

 『短剣術(1)』『格闘術(1)』『二刀流(1)』

 ・補助スキル

 『痛覚耐性』

 ・技能スキル

 『瞬間移動』

 【ジョブスキル】『短剣戦技』『敏捷上昇(小)』『短剣術のコツ』『短剣術士の素養』

 【ギフト】 瞬間移動


「レベル5……そこまで上げるの大変だったはず。有希凄い」


 シェリルの賞賛に、有希は得意げな顔をした。


「だけど、瞬間移動がちっとも使いこなせないの……ほんと、どうすれば良いんだろう」


 得意げだった有希が、その点に肩を落とす。


「瞬間移動ってどんなスキル? 試したことあるの?」


「うん、一回だけね……でも気付いたら病院のベットの上だった。発動させた瞬間、ものすごい勢いで壁に激突したみたいで、1ヶ月間入院させられたよ……それ以降使ってないんだ、このスキル。そんなだから、詳しいことは何も」


 瞬間移動は、文字通り一瞬で高速移動するスキルなのだが、体のスペックが追いついていなかったため制御できなかったのだろう。

 逆に、成長していけばいずれ使えるようになる。そのことをシェリルは丁寧に話した。


 有希が納得したように頷くと、今度はシェリルたちが『短剣戦技』について教えて貰う。


 『短剣戦技』は、パワースラッシュという強化された斬撃技だ。


 シェリルは、これと似たような技をユーリから聞いて知っていた。

 パワースラッシュは、ただ全力で振ったときよりも威力が高く、速度も早い、必殺技のようなものらしい。剣系統のジョブには、共通してこの技があるそうだ。


 『敏捷上昇(小)』は、便利な身体能力向上系スキル。


 『短剣術のコツ』は、習熟速度上昇系スキル。

 似たようなスキルが他のジョブでも確認されており、それのマイナーチェンジのようなものだと考えられている。


 『短剣術士の素養』は、成長補正系スキルだ。

 コツ系スキルと同じく、似たようなスキルが他のジョブでも確認されている。

 シェリルの『刻印魔法士の素養』がこれに該当した。


「将来的には工作士とかレンジャーとか、そういうのに就きたいなって思ってる。でも最低限、見習い短剣術士はマスターしたいかな。もしかすると二次職とかの解放条件に入ってるかもだしね?」


 有希はそう付け加えると、話を終える。

 その後三人は軽く方針などの雑談をして、先へ進むことにした。



◆◆◆



 歩き出して数分。

 廊下をいくつか曲がった先で、二体目の敵を見つけた美珂は、歩みを止める。


「敵発見、相手はソードパペット。距離はすぐそこで、こっちに来てる……次は私の番だから、このまま行くね?」


 言い終えると同時に飛び出した美珂は、刀をソードパペットに対して正眼に構える。

 ソードパペットは、長い剣を持った身長1メートルほどの人形だ。

 刃の長さは約70センチ。

 ハニワのような顔が不気味な、Gランク上位の魔物である。


『――』


 ソードパペットは美珂の様子をうかがうかのように、剣を構える。

 その目は空洞になっており、何を考えているのかさっぱり分からない。普通ならプレッシャーを感じるようなこの状況で、美珂は冷静に足を運ぶ。

 そして、あえて隙を晒すように剣を腰に差した。


『――!』


 美珂の狙い通りに釣られたソードパペットは、バタバタと足音を立てて距離を詰めてくる。

 音は間抜けだが、速度は思ったより早い。

 しかしそれでも美珂は焦らず、鯉口を切る。


 あっという間に距離を詰めたソードパペットは、剣を振る。


『――ッ!』


 その速度は、常人には見えないほどに早く、美珂を切り裂いた――ように見えた。

 しかし、


「――ふ」


 鋭く息を吐く音。

 瞬間。

 刀を握る手が引き抜かれ、風を引き裂くような音を鳴らし、一閃される。

 それは、洗練された居合。


『~~??』


 ソードパペットは、何が起こったのか分からないといった様子で、視線を彷徨わせる。

 そして、見つけた。

 斜めに分断された、自身の下半身を。

 それが、ソードパペットの見た最後の光景だった。


「……思ったより硬かったかな?」


 ソードパペットの光を背に、そんな一言をこぼすと、戦闘を終えて近付いてくる二人に応じる。


「美珂かっこよかった! こう……シュバってやるの!」


 有希が刀を振るようなゼスチャーを交えて言うと、シェリルもこくこくと頷いた。


「見切り、前よりも上手くなってる。さすがは美珂ねえ」


「ふふ、ありがとう二人とも……私の戦い方は、相手の一瞬の隙に最大の一撃を入れること。だから、隙を作ってくれる有希とは相性が良いと思うよ」


 今回、あえて隙を晒したように見せたのも、逆に相手の致命的な隙を誘うための駆け引きだ。

 博司に幼い頃から叩き込まれた駆け引きのセンスは、時にシェリルをも超える。


「……さて、今度は私が見せる番だね。はい、どうぞ」


 美珂はそう言って、ステータスを二人へ見えるように念じた。


・ステータス

 【名 前】 朝比奈美珂

 【年 齢】 16

 【ジョブ】 侍見習い

 【レベル】 6

 【魔力量】 38/38

 【スキル】

 ・武術スキル

 『刀剣術(2)』『格闘術(1)』

 ・補助スキル

 『危険察知』

 ・技能スキル

 『集中』

 【ジョブスキル】『侍戦技』『筋力上昇(小)』『侍の心得』『侍の素養』

 【ギフト】 集中


「集中って、どんな効果なの?」


 有希の質問に、美珂は苦笑して答える。


「確かにすごく強いけど、使いこなすの難しいんだよね……初めて使ったとき制御に失敗して、数日間動けないくらいの酷い筋肉痛になったから」


 集中は、使用することで攻撃をことのできるスキル。

 その威力は強烈だが、身体能力が足りなければ、体を壊すおそれのある技能でもある。


 続いて、有希は侍見習いについて教えてもらう。

 と言っても、有希とほとんど変わらないが。


 『侍戦技』は、『短剣戦技』と同じく、刀でパワースラッシュが使えるようになるスキル。

 『筋力上昇(小)』、『侍の素養』も名前は違うが効果は同じだ。


 少し違うのは、『侍の心得』。

 このスキルは習熟速度上昇に加えて、侍らしい動きをした際に補正がかかるという、謎の効果を持っている。


「私の説明はこれだけだよ。最後はシェリルの番だね」



◆◆◆



「……うそ」


「あ、はは……前より強くなってるんだけど、何でだろう……?」


 歩き出して数分後。

 発見した角兎を『ブリッツショット』で瞬殺したシェリルは、二人から化け物や珍獣を見るような眼差しを受けていた。

 そんな視線に、シェリルはやってしまった感を出しながら、おどおどしていた。


「……えっと、シェリル。前より威力が上がっているみたいだけど?」


 美珂の言葉に、シェリルは頷く。


「教授と研究したから」


 その返答に全てを察した美珂は、ため息交じりに言う。


「この魔法を使うときは、絶対に声をかけてね?」


「っ、そうだよ! こんなに威力があるなんて思ってなかった。ちゃんと言ってね? 死ぬ気で避けるから」


 二人の剣幕に一歩後ずさると、シェリルは今まで以上の速度でこくこくと頷いた。


「ところでシェリルはどんなジョブに就いてるの?」


 流れ的に見せねばならないだろう。

 しかしシェリルには、見られて困る称号がいくつもある。


(まあ、隠せるんだけど)


 他人へステータスを見せる場合、任意で表示を消すことができるのだ。

 むろん、それを無効化する職もあるので完璧に防げるわけではない。


 見せたくない部分を隠すように意識しながら、シェリルはステータスを開く。

 そして、


「あれ、いつの間に……?」


 と、驚愕に目を見開いた。




※ギフトは新世界現象発生と同時に、知能を有するすべての生物へ、とある一定の規則に基づいて与えられています。

 今はここまでしか言えません。

 詳細が語られるのは大分先になる予定です。

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