第22話 部活勧誘

 魔法講師ルイズ・アージェント。

 その名は、瞬く間に新入生の間で話題となった。

 目を引く美貌もることながら、何より話題の中心となったのは、基本魔法学の授業。

 授業初日ということもあって、授業の大半を学習方針などで占める教師も多い中でのあの密度だ。

 魔法という発展途上の分野を深く理解し、考えの及ばなかった新たな視点を与えてくれる。

 そのうえ、秘めたる情熱を語ることで、生徒達から絶大な信頼を獲得していた。


 そして、昼。

 生徒達の話題の中心は、主に二つに分かれていた。

 一つは、魔法講師ルイズについて。

 もう一つは――


「あの、朝比奈さんっ! 私達と一緒にダンジョン研究部をやりませんか?」


「ちょっ……待ってくれ! それなら俺達と剣術部をやらないか? 実技、剣術取るんだろ?」


 放課後になってシェリルたちを取り囲むのは、部活の勧誘。

 それも勧誘に来るのはA組だけでなく、他クラスからも数人を引き連れてやってくるので大騒ぎだ。

 一日経過して、成績に関する情報が行き渡ったのだろう。

 その勢いは凄まじく、シェリル、美珂、有希の三人は、舞い込む勧誘の嵐に目を回していた。


「あの……ごめんなさい。私たち、まだ決めて無くて」


「あ、はは……私もごめんね? もう少し考えてからにするよ」


 そうやって断り続けること30分。

 もういい加減、断るのも疲れて来たとき、それは起こった。


「ちょっとどいてもらえる? 三人は私たちと冒険者部で冒険者をするんだから!」


 と、ツインテールの女子生徒が言うと、


「へえ、聞き捨てならないね。彼女たちはこのボクらと魔法研究部で魔法の研究をともにするのだから」


 と言って、ウェーブがかった髪をかき上げた男子生徒がそれに応じる。

 そんな二人を見た、シェリルたちの心は一致していた。


 (この人たち誰?)


 なぜかすでに決定しているかのような口ぶりで言う彼らに、三人の目はいよいよ死に始める。

 隙を見て逃げよう。

 そんな意図が込められた視線を互いに交わし合う。


「――だいたいあなたは誰よ!?」


 (あ、それ気になってた)


 ツイテールの女子生徒の言葉に、またも三人の心は一致する。


「ふん、そういう君こそ誰だい? 人に名を聞くなら、まず自分から名乗りなよ」


 ふぁさっと、キザに髪をかき上げて、どこか見下すように男子生徒は言う。

 今どきこんな人がいるんだ、と美珂と有希は戦慄した。

 シェリルは行動の意味がそもそも分かっておらず、首を傾げただけにとどまる。

 そんな三人の様子に目が入らないのか、女子生徒は胸を張って言った。


「私は1年C組の宮代よ! それと総合順位は15位! あなたはどうなのかしら?」


 挑むような眼差しで言う宮代に、男子生徒は顔を歪めながら口を開く。


「……1年D組、貴島きじまだ……順位は、18位」


 どちらも誇るべき順位だが、なんというか時と場所が最悪である。

 騒動はA組の前方出入口前。つまりA組の生徒にとって、盛大に通行の邪魔となっていた。

 印象は悪くなる一方だ。

 しかしそれに二人は気付かず、言い合いを続ける。

 さすがに疲れてきた二人がその場を離れようとした、そのとき。


「そろそろ開放してやれ。彼女たちも困っているだろう」


 驚くほどのの低音で、注意がなされる。

 振り返ると、2メートルを上回る超人じみた体格の男子生徒――藤堂圭司がそこに立っていた。

 藤堂は、高校生とは思えぬほどの風格で、続ける。


「それにここはA組の出入り口だ。通行の邪魔になるとは考えなかったのか?」


 諭すように告げられて、取り囲んでいた生徒たちはようやく状況に気が付く。

 A組の生徒たちは後ろから出るほかなく、廊下も通行を遮られ、困ったような表情を浮かべる者が何人かいた。

 言い合いをしていた二人も、先ほどまでの剣幕をすっかり消沈させ、シェリルたちへ向き直る。


「悪かったわ、必死になり過ぎた……部活、考えてくれると嬉しいわ」


「ボクもすまなかった。頼りになりそうな人を集めようと焦っていたみたいだ」


 二人はそう言って謝ると、周囲にいた友人と見られる生徒らもそれに続く。

 シェリルたち三人がそれを受け入れると、取り囲んでいた生徒らは散って言った。

 あとには藤堂とシェリルたち四人が残される。


「藤堂君、だったよね? 助かったよ」


 美珂が礼を告げると、藤堂は首を振って言った。


「気にしないでくれ。俺もクラスメイトに言われるまで、行動を起こさなかったからな……それとこれは個人的な意見だが、何らかの部活に入っておくことをお勧めする。勧誘は今年だけではないからだ。部活に入らぬまま過ごせば来年、そして再来年までこの騒動は続くだろう。なので、適当な同好会を作るなりして枠を埋めておくといいと思う……余計な世話を働いたな、俺はこれで」


 話し終えた藤堂は、そのままどこかへ去ってゆく。

 それを見送った三人は顔を見合わせる。


「部活かあ、私あんまり考えてなかったよ……二人は何かやりたい事ってあるの?」


「私は……シェリルとダンジョン探索することくらいかな? シェリルはどう?」


 美珂が聞くと、シェリルも頷く。


「うん、私も美珂ねえと、それと有希ともダンジョン探索したい」


 これまでシェリルのダンジョン行には、必ず真希と涼介、大倉という三人の大人がついて来ていた。

 それが嫌という訳では無く、むしろ物凄く頼りになるのでありがたい。

 ただ、シェリルのイメージする冒険者像とは少し違うのだ。

 何が原因なのかは分からないが、どうしても、心が湧き上がらない。


 地球へ来る前に、たった一人で探索していた時の方が、ずっと冒険者らしくて。

 辛かったはずなのに、それでもどこか、あの時みたいに血が沸騰するかのような冒険をしたいと思っている自分がいる。

 姉や友人と行くダンジョン探索は、真希たちとの探索と比べて新鮮なものになるだろう。

 だからこそ、心のどこかで期待しているのかもしれない。

 三人で往く、身の焦がすような冒険を。


 そんなシェリルの秘めたる想いに気付くことなく、二人は嬉しそうに笑う。


「じゃあ、部活はダンジョン探索部とかかな?」


 有希の提案に美珂も同意する。


「うん、良いと思う……ただ、ダンジョンに行けない日はどうしよう」


 考えるように宙を仰ぐ美珂に、シェリルは言う。


「私、魔法の研究もしたい。だから行けない日は、やりたい事をやる日……どう?」


 魔法の研究、というのは普通の魔法のことではなく、刻印魔法のことだ。

 寮の自室では危なくて実験などできないないので、部活として研究用の施設を借りたかった。


「そういえばシェリルって魔法も使えるんだったね……となると、何部になるんだろう……」


 「うーん」と唸る有希。

 しばらく考え込み、そして美珂が言った。


「……新世界研究部、とかどう? そのままだけど、魔法もダンジョンも新世界現象に関係してるでしょ? それが由来」


 単純だからこそ分かりやすい名前に、二人も頷く。


「良いんじゃない、新世界研究部! なんか凄くそれっぽい!」


 有希は絶賛するとシェリルも、


「良いと思う。美珂ねえ、ぐっじょぶ」


 と称えた。


「あとは顧問の先生だけど……」



◆◆◆



 場所は移って教職員室。

 昼食を食べ終えて和んでいた金剛寺は、シェリルたち三人に呼び出され、話を聞いていた。


「――なるほど、新世界研究部か。活動時間は週5で放課後から。要求は実験の出来る部室と練習場の優先使用権。活動内容は週の半分ほどをダンジョン探索に、残りを諸々の研究に、か。まあ、妥当なところだろうな。一つ、言っておかなくちゃいけない。人数が5人に満たない場合、うちでは部活として認められないんだ。だから、君達は同好会としてスタートすることになる。それでも構わないか?」


 話を聞き終えた金剛寺は、そんな確認を取る。

 もちろんこのことは始めから知っていたので、三人とも否もなく頷いた。

 その様子を見て金剛寺も頷くと、届出書類に詳細を記入し始め、そしてすぐに手を止めた。


「そういえば三人とも。顧問は俺じゃないといけないとか、そういうのはあるか?」


 三人とも、と言っているが、聞いている相手は主にシェリルだ。

 その意図を感じ取り、シェリルは答える。


「担任の先生か副担任の先生とかなら、どちらでもいいです」


 シェリルの答えに金剛寺は少し考え込む素振りを見せ、そして訊ねた。


「……それなら俺よりも適した先生がいるから、そちらを当たってみるか?」


 問いの意図が分からない有希などは不思議そうな顔をするが、顧問に対してのこだわりは無いので三人は同意する。


「少し待っていてくれ、今呼んでくる」


 金剛寺はそう言うと、職員室奥へと消えて行った。

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