第18話 パーティ予約
有希の提案に乗ったシェリルと美珂は、三人で一階にある学生食堂へとやってきていた。
新世代育成高校の学食システムは一般的な高校とそう変わらない。
券売機で食券を購入し、該当する品の描かれた配膳口へ並ぶだけだ。
支払いはIDカードと現金どちらでも可能になっている。
三人は注文の品を配膳口から受け取ると、手ごろな席を探して食堂内を見回す。
「あっちの席とかどう?」
シェリルが指差すのは、見通しの良い窓際の席だった。
美珂と有希に否はなく、そちらの席へと歩いて行く。
「なんだか凄く見られてる気がするんだけど……気のせい、かな……?」
席へ向かう途中、多くの視線を感じた有希は、隣にいた美珂へと声をかける。
自意識過剰でもなんでもなく、三人は確かに注目を集めていた。
「う~ん……たぶん気のせいじゃないよ。半分くらいはシェリルが原因だと思う」
そう言って美珂は、視線など我関せずといった様子で前を歩くシェリルを見やる。
そのシェリルは、一足先に席へ着くと、何かを話す二人を見て首を傾げた。
少し天然っぽく、仕草がいちいち可愛らしい。
有希は腑に落ちたように頷く。
「確かに、それなら納得……ところで、もう半分の原因は何かあるの?」
シェリルの対面に座った有希が訊ねる。
何の話か分からないシェリルは、とりあえず傍観の姿勢をとった。
「私たちの入試成績が知られてる、とかかな」
シェリルの隣に座った美珂は、そう答える。
全員が席に座ったのを合図に、シェリルは目を輝かせて箸をとる。
白米定食(230円)に豪快に盛られた北海道産ブランドの白米を口に運び、
「見つけてしまった……」
などと意味不明な呟きをこぼし、幸せそうな表情を浮かべる。
どこまでもマイペースな少女だ。
そんなシェリルを微笑ましげに眺めつつ、二人も食事を始めた。
「それで……入試成績?」
少し経って、有希は聞き返す。
「うん……ホームルームが始まったときぐらいから、筆記、実技、総合得点の入試成績上位20人が、顔写真付きで確認できるようになったんだよ」
ホームルームでIDカードをPCに挿し込んだ際に、それまで見ることの出来なかった全体成績という欄が解放されていたので、美珂は気になって確認していたのだ。
有希もその欄に気付いてはいたが、まだ見ていなかった。
「そうなんだっ、後で確認しないとね! ……あれ、ということは二人は成績上位20人のうちに入ってるってこと、だよね……? ……もしかして、そういうこと?」
有希は美珂の真意に気付き、答えを求めるかのように美珂へと視線を向けた。
視線を受けた美珂は頷く。
「成績を確認したんだと思う……特に私たちは実技の成績がおかしいから、来週のダンジョン実習の当てにされてるんじゃないかな」
「だよねぇ……」
美珂の言葉に、疲れたような表情を浮かべて有希は肩を落とす。
ダンジョン実習とは、今日からちょうど一週間後の水曜日から、二日にかけてダンジョン内で行われる実習訓練のことだ。
この実習は、風邪や怪我人を除いた学年の全生徒が参加を義務付けられている。
実習では3人から9人までのパーティでダンジョン内を探索し、期間内に目的地へ到達することが目標だ。むろん、補助員は付けられる。
ここで重要なのは、探索するパーティメンバーの選定だ。
パーティメンバーは、あらかじめ学校側に申請することができる。
ルールは簡単。
指定人数内のグループを作る、それだけだ。
クラスの垣根などはない。
信頼できる者同士で、好きなように組んで良いことになっている。
信頼できる者がいれば、探索はずっと楽になる。それは全生徒が理解しているところだ。
では信頼できる者とは何か。
入学してきたばかりの新入生たちにとって、どういった要素が信頼に足るものなのか。
答えは簡単。
入学時の成績、あるいは知り合った友人のどちらかだ。
特に、分かりやすい指針となる成績上位者を引き入れたいと思うのは、実力主義の垣間見えるこの学校の生徒たちに共通する意識だった。
その意識が、視線となって表れているのだろう。
「具体的に何位か聞いても良い?」
注目を集めるほどの成績というのが気になった有希は、そう訊ねた。
すると、これまで黙々と食事に
「美珂ねえ、凄い。筆記と実技、どっちも3位。総合得点も2位と1点差で3位だから」
姉の成績を自慢げに語ると、胸を張って見せる。
制服を押し上げる双丘が小さく揺れた。
そんなシェリルに苦笑しつつ、美珂は答える。
「有希……この子こんなこと言ってるけど、実技は上限得点を出して1位だし、総合も実技が凄すぎて1位だよ。試験官に圧勝だって」
「ふおお……美人姉妹かと思いきや超人姉妹だったっ!?」
二人の発言に、有希は戦慄する。
――話しかけた人物が凄すぎる件。
有希の脳内はそんな言葉で占められていた。
なんとなく道を聞いた相手が社長だったような気分だ。
「有希も凄いよ。男子もいる中で、女の子で実技5位でしょ? それって、普通に鍛錬してるだけじゃ絶対に取れない順位だもん」
高校生にもなれば、男女問わず多くの生徒は成長期を迎えている。
そうなれば、筋肉や骨格、身長などの関係で、女子の身体能力はどうしても男子に劣ってしまう。
有希の身長は150センチほどで体重も40キロに満たない。
並みいる男子たちを抜いてこの順位を得るには、明らかに不自然で、それはシェリルや美珂にも言えることだった。
彼女たちには共通点がある。
「……レベルアップ現象だよ。もともと結構動けるのもあって、それに魔物を倒す機会にも恵まれたから……二人もそんな感じかな?」
有希のカミングアウトに、二人とも頷いて同意する。
シェリルは言うまでもなく、そして美珂もまた、その機会が与えられていた。
「あのね、今日お昼誘ったのには理由があるんだ……」
有希の話に、二人は耳を傾ける。
「さっき美珂が言ったダンジョン実習。そのパーティを、私と組んで欲しいの! どうかな……?」
有希は少しだけ不安げな色を浮かべて、シェリルと美珂を交互に見つめる。
その眼差しは真剣だった。
明るく元気な少女の思わぬ一面に、二人は驚き、そしてすぐに表情を
「もちろん! 私たちから頼もうと思ってたくらいだよ! 改めてよろしくね、有希っ」
「有希、ありがとう。私も頑張る……よろしく、ね?」
立て続けに返答する二人に、有希はとびきりの笑みを浮かべて、言った。
「よろしくね! 美珂、シェリル」
この日結成されたパーティはすぐに陽の目を見ることになるのだが、それはまだ先の話。
周囲の残念そうな空気が、少しばかり印象的だった。
◆◆◆
その後も食事は進む。
会話しつつも口に物が入っている間は三人とも喋らないので、そのペースは緩やかなものだ。
さまざまな話題が飛び交う中、シェリルはふと、食堂内がざわめいていることに気付く。
「なんだろう?」
首を傾げてそう言うシェリルに二人もそれを感じ取り、食堂を見渡すと、周囲の視線はある一点に向けられていた。
そこにいたのは、優しそうな好青年を中心とした集団だ。
「あれ、入学式の人」
シェリルは、というより新入生全員がその生徒に見覚えがあった。
それもそのはず、彼はシェリルが断った新入生代表挨拶をした人物なのだから。
「1年C組の
そう解説するのは美珂だ。
ホームルーム時に目にした上位の生徒の顔と名前は、一通り頭に入っている。
特に覚えようとして覚えたわけではない。
美珂は記憶力が少しだけ、人よりも良いのだ。
解説を済ませた美珂は興味を失ったように食事に戻るが、その数秒後に起きたざわめきに、再び顔を上げた。
そこには身長2メートルを超える、筋骨隆々の青年が一人でいた。
顔つきは力強く真面目で、不良のようなそれは一切感じられない。
そんな彼が注文したのは、白米定食特盛(450円)だ。
シェリルとセンスが似ているところに突っ込みを禁じ得ない。
「……あの人、1年E組の
美珂の総合2位という言葉に反応して、シェリルは視線を上げると、藤堂少年とは別の存在に視線を奪われた。
それはシェリルだけではなく有希もだ。
「ふあっ……!? あの子すっごく可愛い、というか綺麗……美珂に匹敵しそう」
有希はそう言って、感嘆の声を上げる。
そこにいたのは明るい金髪に碧の瞳を持った綺麗な少女だ。
その少女は、明らかに日本人の容姿では無かった。それどころか、日本人の血すら流れていなさそうだ。
「1年B組のリディア・クラルさんだね。筆記5位、実技10位で総合5位。多分、純正の白人だと思う……シェリル、あの子が気になるの?」
ありがたい解説を披露したあと、声をひそめてシェリルに聞いた。
シェリルはそれに首肯する。
「……あっちにいた人とは違う。でも似てたから」
シェリルの言うあっちにいた人、の意味を、美珂は正確に理解した。
「……シェリルの言う通り、あの子とシェリルは色は似てるけど、違う人種だと思う……それと、あの子はたぶん東欧系。シェリルの設定と同じだから、また言い訳、考えておかないとね?」
声をひそめて悪戯げに微笑む美珂に、シェリルも笑みを浮かべて頷いた。
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