第17話 ホームルーム
「君達。もう何度も言われてきただろうが、まずは入学おめでとう。今日から三年間、君達の担任となる
「はい」
「次は……朝比奈美珂」
「はい」
「市ヶ谷有希」
「はいっ!」
有希は相変わらず元気に返事をする。小さな体で驚きのバイタリティだ。
その後、数人の名前が呼ばれて、例の遅れてやって来た少年の番がくる。
「喜多川フェルナンド」
「は~い」
「返事ははい、だぞ」
間延びした陽気な返事に金剛寺は軽く注意を入れると、少し間をおいて続ける。
「……それと喜多川、そして朝比奈もそうだが、この学校には海外で住めなくなり日本へ移住してきた生徒がいる。こんな時世だからな。むろん、正当な手続きにより国籍を得た日本人だ。入学試験だって君たちと同じものを突破している。他の生徒となんら違いはないぞ――次、黒崎莉奈」
「はいっ」
そのまま点呼は続く。
「次で最後だな、米沢春人」
「はい」
全員の名前を呼び終えた金剛寺は手元の名簿に視線を落とす。
特徴的なのは男女比か。
男子生徒26人に対して女子生徒14人。比率にして男子6割5分、女子が3割5分となっている。
これは、普通科高校より入試システムが女子不利という点が大きい。ダンジョンが一般開放される来年以降の入試では、また違った結果になることが予想されている。
「よし、全員揃ってるな。以上40名が同じ1年A組の仲間だ。仲良くやっていこう……ということで、早速だがこの学校についてのシステムを話す。各自PCを確認してくれ」
金剛寺が手元のPCを操作すると、生徒全員のPC画面が切り替わる。
そこには、新世代育成高校の校舎を背景に、基本要項と書かれた項目が現れていた。
金剛寺は説明する。
「今映っているのは、この学校の基本的なルールだ。すでに君達に配られているIDカード。それを使い、敷地内にある全ての施設を利用したり、スーパーやコンビニといった売店で商品を購入することが出来る。クレジットカードのようなものだな。むろん、商品を購入すればポイントは消費されるので計画的に使うように。では各自、IDカードを手元のPCに
シェリルは言われた通り、ポケットから取り出したカードを挿し込む。
カードを挿す場所はキーボードの右側面にあった。
挿入と同時に、プロフィール画面に切り替わる。
表示されたのは、自身の顔写真や名前といった典型的な個人情報。
だが下方へスクロールしてゆくと、典型ではない、所持金額と書かれた欄があった。表示されている額は、なんと10万。
学生にとってあまりに大きな額に、教室内が
それを金剛寺は手で制しながら続けた。
「君達に付与された10万ポイントは現金と変わらない。1ポイントにつき1円の価値があり、校外へ行く際に、事務所で日本円へ交換できる。逆に日本円をポイントに変換することも可能だ」
つまり国は、新入生200人全員に10万円をタダで配ったことになる。
それを理解して盛り上がる生徒たちを金剛寺は面白そうに眺め、その
「……ポイントの多さに驚いたか? だが国から無償で提供されるのはこの10万ポイントまでだ」
その一言で、ざわめいていた教室内は冷や水を浴びせられたかのように静まり返る。
その温度差に苦笑を浮かべながら、金剛寺は続ける。
「さすがに初期の10万だけで卒業まで生活しろと言うほど、学校側も鬼ではない。ポイントを得る機会は、これからいくらでもある。そのうちの一つを今から説明するから、よく聞いておけ」
そう言って金剛寺は話し始める。
「この学校のカリキュラムは特殊だ。国語や数学といった通常科目が削減される替わりに、ダンジョン学や基本護身術といった新たな分野が必修科目として設定されていること。そして俺の受け持つ剣術実技を始めとした専門分野を、選択科目として選べることなどが挙げられる。特に君達にとって重要なものは、必修科目のダンジョン学だろうな」
一度言葉を区切り、静かに教室内を見回す金剛寺。
その迫力に、誰かが唾を飲むような音がした。
「君達も知っての通り、今月29日からダンジョンが一般開放される。それは同時に、ダンジョン内で冒険や探索をして生計を立てる新たな職業、冒険者の誕生を意味する。そして国は、そんな彼らをサポートするために冒険者ギルドという組織を新たに開設した。冒険者ギルドは素材や報酬の取り引き、依頼などを行う場だ。本来、これらのサービスを受けることができるのは29日の一般開放後からなのだが……君達は先んじてダンジョンへ入る権利と、ギルドを利用する権利が与えられている」
冒険者ギルドという名前の由来は、言うまでもなく、現代社会にあふれるサブカルチャーによるものだ。
組織名をSNSで募集したところ、90パーセント以上の票を、この冒険者ギルドが集めたのである。後に世界でもそう呼ばれるようになる組織の誕生だった。
「先生。ランク制度は一般開放後も引き継がれますか?」
クラスメイトの一人が手を上げて質問する。
ランク制度とは、冒険者の実力をランクという基準で測り、ランクに応じて、挑戦できるダンジョンや受けることのできる依頼を制限する制度だ。
現在日本では300以上のダンジョンが発見されており、それらは出現する魔物と内部の環境を基準に、SからGランクに区分けされている。
最高ランクのSランクダンジョンは国内で現在2箇所見つかっていて、続くAランクは3、Bランクは5、Cランクは8。それより下位は数が大幅に増加する。
そこで問題となるのが冒険者の技量だ。
技量が出現する魔物より劣れば、それはすなわち死を意味する。
なので一般開放にあたって、国は慎重に議論を重ねた。
結果、昇級試験をクリアした者だけが上のランクに上がることができ、そのランクと同等以下のダンジョンへの挑戦権が得られる仕組みとなった。
ランク制度は冒険者の命を守るための制度なのである。
「野田、よく調べているな……質問の答えだが、当然引き継がれる。実力に見合ったランクを与えるのは当たり前のことだ。例えば、実技試験の上位5人に入った生徒。彼らの評価は5位の者でFランクに匹敵する。そういった生徒には、飛び級が認められているぞ。それに、一般開放までに昇級条件を満たした者も昇級が可能だ……だが忘れるな。昇級を焦り怪我を負うなどもっての外だ。最も大切なのは君達自身の命だ。ダンジョンは一つの油断であらゆるものを失う危険性を孕んでいるのだからな」
その忠告は、ダンジョンというものをどこか軽く考えていた新入生らに重く響く。
その後も金剛寺の話は続いた。
曰く、さまざまな権利が与えられる代わりに、所得を得ることができる君達には税を払う義務が課せられる。それについての特別授業は別に行われる。
曰く、実技系の授業は常に危険が付きまとうので、真剣に受けるように。
そして途中、こんな事も言った。
「厳しいことを言われたと思うかもしれないが、そうではない。新世代育成高校は全国の高校に比べて特に自由な校風だ。義務を負い、責任の取れる範囲でなら何をやっても許される。今年50を迎える俺が断言しよう。これからの三年間は、大人と子供の良いとこ取りができる、最高の期間であると」
生徒目線で語り掛ける金剛寺の話に、いつしか皆も、静かに耳を傾けていた。
金剛寺の言葉は、確かな経験に基づく知恵や知識を真の意味で会得し、それらを理路整然と説明できる能力があるゆえに為せる講授だった。
そんな存外熱いホームルームを開いた金剛寺は最後、照れたように締め括る。
1時間以上は喋っていたはずなのに、感覚的にはあっという間だった。
その後、連絡事や細かな注意を済ませて、金剛寺から解散が告げられる。
「なあ、帰りにどんな店があるのか見に行かね?」
「良いなそれ! 武器屋とかあんのかなぁ……マジでワクワクすんな!」
教師がいなくなり、初日の行程の終了を感じ取ったのか、浮足立つ生徒たち。
敷地内に発見した店で盛り上がる男子生徒らを筆頭に、近くの人と話し始める者、帰り支度をする者など、各々が自由に活動を始める。
そんな中、この後どうするかを話し合っていたシェリルと美珂に、有希が話しかけた。
「ねえ二人とも、このあと用事ある?」
シェリルよりも小柄な有希は、二人の顔を見上げるようにして
そんな有希に、美珂が答えた。
「ううん、まだ何も。今シェリルとどうしようか話してたとこ」
姉の発言にシェリルもこくこくと頷く。
二人の反応にホッとしたような笑みを浮かべると、有希はこんな提案をした。
「なら一緒に学食いかない?」
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次話の投稿は、5月9日の18時過ぎを予定しています。
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