第6話 エピック級ドロップ

 あれから更に十日が経過した。

 ダンジョンに閉じ込められてからすでに十三日。

 そんな今だからこそ言いたい。

 三日目に食の改善ができたのは僥倖ぎょうこうだったと。

 時間を置いた方が良いというシェリルの仮説は見事に的中。

 以後、食事の時間が苦ではなくなった。

 まともな食事をとれることが少なかった孤児ゆえに、飽きという感覚も薄い。むしろ今が、長い孤児生活の中で一番まともに食事ができているまである。

 また、三日目以降も腹を壊す気配はなく、サバイバル生活は寒いことを除いて快適そのものだ。


 嫌味を言ってくる人間もいなければ暴力を振るってくる大人もおらず、粘つくような薄気味悪い視線を感じることもない。

 また寒さについても、王都ルヴナードの地獄のような冬に比べればほんの些細ささいなものだった。


 そして刻印魔法の進捗しんちょくも順調そのもの。

 昨日、偶然にも高い威力を発揮する刻印の配列を発見し、当初予定していたものと違い強力な仕上がりになることが予想されている。

 代わりに、もう少しだけ時間がかかりそうではあるが。


 狩りの方も、ここ数日で強力な魔物と出くわすことがめっきり減っていた。

 魔物の動きを分析し、かち合わないような時間帯だけを選んで狩りをしているからである。

 そんな風にやり方を変えたため、ペースはわずかに下降していた。

 そのぶん狩りがより安定するようになったので、悪いことばかりではない。

 やはり危険察知だけに頼るのはいささか心許なかったのか、今のやり方に変えてから、シェリルの心にゆとりが芽生え始めていた。



 今日もこれまで通りに時間を選んで川へと向かう。


「魔物の影、気配無し」


 油断なく周囲の確認を行い、横穴から水辺近くにある岩場へと歩き出す。

 万が一魔物が現れた際に咄嗟に身を隠せるこの場所が、シェリルの定位置だった。

 周りから見えにくい岩陰に立つと、ウインドアローの魔法を構える。

 あれから8度のレベルアップによる恩恵か、命中率は少しだけ上がっていたが、それでも70%程度と決定率は微妙なところだ。


 にもかかわらず、この日はなんだか調子が良い。

 今のところ6発撃って、その全てが命中している。

 そして7発目の魔法が、またも一撃で命中したときにそれは起こった。


「えっ……?」


 胴体を差し貫かれて光に還ったブレードフィッシュから、紫色の布で包まれた細長いドロップアイテムが出現したのだ。

 シェリルは自分の目を疑うかのように、何度も目を瞬かせる。

 そしてそれが現実であると確認するや否や、周囲に残っていたブレードフィッシュを狩りつくし、猛然と回収に向かった。



◆◆◆



「~~♪」


 あれから拠点へと即行で帰還したシェリルは、水に濡れたままの髪などを放置して、紫色の布を大事そうに抱え込んでいた。

 全身から幸せなオーラを漂わせながら、シェリルはこの十三日間の成果を嚙み締めていた。


 ここ十三日間で、シェリルが倒したブレードフィッシュの数は約2100匹。エピック級アイテムのドロップ率を考えると妥当な確率だ。

 驚異的なのは、それだけの数をたった一人の孤児の少女が、十三日という通常では考えられないほどの短期間で倒しきったこと。それも刻印魔法の研究を同時に進めながらである。

 シェリルの有する並外れた精神力と思考力ゆえに成し遂げられた功績だった。


「剣かな、サーベルかな!?」


 胸に抱いていた紫色の布を座り込んだ自身の膝の上に置くと、そっと布をめくっていく。


「わぁ……!」


 感嘆の声とともに現れたのは、全長80センチほどの半曲刀タイプのサーベルだった。

 先端にかけて緩く湾曲した鈍色にびいろの刀身を持ち、ソルト部分には握る手を護るためのシンプルなナックルガードがついた片手用の剣だ。ご丁寧に紺青のさやと固定用の腰紐こしひもまでついている。

 斬撃に最も適した作りではあるが、先端3分の1のみ両刃の疑似刃であり刺突も有効。サーベルと言えば、を体現した理想的な一品だった。


「見るからに業物……! あれ? 何だろう、これ……?」


 喜びを爆発させて立ち上がった際に、紫色の紙が落下する。


「これもドロップアイテムなのか、な――っ!?」


 疑問とともに紙へ触れた瞬間、突如として脳内に情報が流れ込んでくる。

 内容は、手に入れたサーベルについてだ。

 少しして情報を全て受け取ると、それと同時に、紙は紫色の火花を散らして燃え消えた。


「フィッシュサーベル……それがこの剣銘」


 紫色の紙は、装備に込められた能力を教えてくれた。

 それによると、フィッシュサーベルと銘打たれたこの剣には二つ能力が付与されているらしい。


 一つが、切れ味強化。

 魔力を刀身に流すことで、切れ味が増すようだ。

 そしてもう一つが、魔力研磨。

 納刀時に鞘へ魔力を流すことで、研磨効果が発揮されるという。

 どちらも無駄のない、素晴らしい能力だった。


 シェリルは腰紐と鞘を装着すると、おもむろに抜刀する。

 そして、


「――やっ!」


 と、掛け声とともに中段を切り払う。

 ヒュッ、と風を裂くような音とともに、小さく風が巻き起こった。

 そのまま数度、シェリルは体に染み込んだ型をなぞる。

 意識するのは足捌き、そして肘と遠心力を活かした斬撃。

 輝くようなプラチナブロンドの髪をなびかせ、踊るような剣舞を披露してみせた。


「……ん」


 納刀し残心を解いたシェリルは、ふっと息をつく。

 久々にサーベルに触れてたかぶった気を落ち着かせるように、数度深呼吸を重ねた。


「本当に良い武器。やっと手に入れた、私の武器……!」


 ここまで随分と長かった。

 ダンジョンに囚われ、ウォーベアを目撃したときは死を覚悟したものだ。

 三日目までは味のしないマズい食事で空腹を凌ぎ続けた。

 他にも苦労は数え切れないほどある。

 それでも、あのとき掲げた無謀な賭けに自分は勝ったのだ。


「これで……!」


 これでようやく、スタートラインに立てる。

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