第7話 マイムニュート討伐作戦

「できたっ……!」


 フィッシュサーベルを手に入れてから四日後。

 ここ数日のあいだ刻印魔法の研究に没頭していたシェリルは、歓喜の声を響かせた。

 

「ついに完成したっ……私だけのオリジナル魔法……!」


 開発を始めてから今日で十七日。

 実に半月以上の時をかけて、ついに魔法が完成した。刻印魔法の難易度を考えると、むしろ早すぎるほどの開発速度である。

 その名も『ブリッツショット』。

 生み出した電撃を対象へと射出し、命中した相手を感電によって焼き焦がす魔法だ。


 この魔法が生み出されたのはただの偶然だった。

 当初開発する予定だったのは、『送風』『収束』『制御』の三種を利用したウインドアローの上位互換のような魔法。

 しかし開発時に『送風』の刻印の一部を誤って描いてしまい、眠気で間違いに気付けぬまま発動させてしまった。

 その結果、風を生み出すはずの刻印が、稲妻を発生させたのである。


 この現象を発揮した刻印をシェリルは『放電』と命名し、作成予定だった魔法を変更。余計に時間がかかっていたのは、刻印の最適な組み合わせを模索していたためである。

 最終的に使用した刻印は、『放電』『強化』『制御』の三種である。種類を重ねるごとに複雑化していくため、四種類以上は無理だった。


「威力、速さ、その両方とも想像していたよりずっと凄い。これならマイムニュートだって倒せる」


 マイムニュートは非常に警戒心の強いD級中位の魔物だ。

 近付けばすぐに気付かれ、そうなると戦闘は避けられない。

 魔法が完成し、レベルも更に一つ上がり15になった今でも、正面から戦えばやはり厳しい戦いとなる。

 なのでシェリルは正面から戦わないことを選んだ。

 罠を使うのだ。

 罠と言っても毒針や落とし穴なんて作れないので、別のものを使う。


 利用するのはマイムニュートの習性だ。

 オオサンショウウオのような見た目をしたマイムニュートは、目の前で動くものならなんでも喰らいつくという特性がある。

 それを踏まえて罠を仕掛けるわけだ。

 準備するものは二つ。

 『振動』の魔術刻印が刻まれた布とブレードフィッシュの切り身だけ。


 罠は簡単なものだ。

 ブレードフィッシュの切り身の下に『振動』の布を起動済みの状態で裏返して置き、あとはマイムニュートが通りかかったタイミングで『術式開放』を使う。


 すると切り身が小刻みに震え、動きに反応したマイムニュートが食いつくといった寸法だ。

 マイムニュートが切り身に夢中になっている隙に、『ブリッツショット』を弱点へと叩き込むことができれば、一撃で倒すことができる。

 完成時に試し打ちを済ませてあるため、『ブリッツショット』の凶悪さはよく分かっていた。


「切り身が無くなる前に、正面戦闘で勝てるようになっておきたい」


 そのためにはレベルアップが必須だ。

 レベルアップは、魔力や体力などの基礎能力を少しだけ向上させる効果がある。

 シェリルはここ数十日で、その恩恵を身に染みて感じていた。


「マイムニュートが水辺に現れるまではまだ少し時間がある。それまでに罠の準備をしておこう」


 シェリルは川に現れる魔物全てを分析していた。

 いまさら時間を誤ることはない。



◆◆◆



 魔物達の憩いの場となっている川の周辺には、シェリルが拠点にしている横穴の数倍ほど大きな洞窟が、そこら中に存在している。

 その中の一つに、マイムニュートをはじめとした半水棲系の魔物が現れる洞窟もあった。

 ちょうど今の時間はマイムニュートの集団が川辺へと現れるころだ。


 集団と言うように、このダンジョンのマイムニュートは3~5匹ずつで群れを作る。普段は群れない魔物なのだが、それは天敵がいなければの話だ。

 このダンジョンでは群れなければ生きていけないのか、ほとんどのマイムニュートは集団の仲間とともに行動していた。


 だがどんな生物であっても、集団に馴染めない者はいる。

 それはマイムニュートであっても例外ではなく、一匹だけで行動するものが必ずいた。

 これからシェリルが狙うのは、群れから爪弾きにされて孤立したマイムニュートだ。


 孤立したマイムニュートは群れから距離を置き、同族からは見えない岩に囲まれた水場で休息をとる。

 その位置を把握していたシェリルは、事前に罠を仕掛けていた。

 既に刻印は起動済みの状態で置いてある。

 シェリルは孤立したマイムニュートが現れるその瞬間を待って、近くの岩場で息を潜めていた。


 サーベルを抜いたまま持ち、『ブリッツショット』の刻印が描かれた布を両腕に巻いたシェリルは準備万端といった様子だ。


(――来たっ!)


 分析していた通りに、孤立したマイムニュートが一匹だけでやって来た。

 すかさずシェリルは、『振動』を発動する。

 声に出すと見つかってしまうので、心の中で強く念じた。

 この方法でも発動できるのを知っていたからこそ、今回の作戦を実行したのだ。


『ギュイッ!?』


 マイムニュートは揺れ動くブレードフィッシュの切り身に気が付くと、本能に従って飛び掛かる。

 その鈍重そうな見た目に反して、凄まじく俊敏な動きだ。


(かかった!)


 大口を開け、丸呑みする勢いで獲物へ急接近するマイムニュートの頭部に、照準を合わせるように腕を構え、魔力を流す。

 『振動』と違って複雑な『ブリッツショット』は、詠唱譜を必要とした。


「『ブリッツショット』」


 紡がれた声でマイムニュートはシェリルの存在に気付いたが、もう遅い。

 紫色に迸る稲妻の力線は、マイムニュートとのわずか10メートルの距離を一瞬で食い潰す。

 そして――


『ギュイイイイイイイイイイ――ッ!?』


 ピシィッ、と電気が弾けるような音を立てて、稲妻がマイムニュートの全身を駆け巡った。

 つんざくような悲鳴を上げてのたうち回るが、やがて力尽きたのか動きが止まる。

 そのままビクンと何度か痙攣すると、あっさりと絶命し、光へ還った。


 一部始終を息を呑みながら見つめていたシェリルは、この結果にほっと息を吐くと満足げな表情を浮かべる。


「思った通り、急所に当てれば一撃だった」


 ダンジョンに囚われる以前は、F級上位の魔物までしか対応できなかった。

 だが今は違う。

 『ブリッツショット』にフィッシュサーベルという強力な武器を、自らの力で手に入れた。

 それらを駆使して、Ⅾ級中位の魔物さえ倒してしまえるほどに成長したのだ。


「いける」


 シェリルは確信した。

 自分は必ず、このダンジョンを脱出できると。

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