第4話 刻印魔法士
「はうっ!?」
刻印魔法について知りたいと念じると、例のもの凄い電流がシェリルの全身を駆け巡る。
衝撃により数秒のあいだ放心したように虚空を眺め、そして正気に戻ると、シェリルは何やら難しげな表情を浮かべた。
結論から言えば、刻印魔法は非常に強力なものだと思われる。
しかしシェリルが予想した通り、刻印を刻むためには
更にいえば、刻印魔法自体が途方もなく難解でもあった。
詳しく話そう。
刻印魔法。
その仕組みを簡単に説明するとこうだ。
1、媒体となるものに魔術刻印を刻む。
2、1で刻まれた魔術刻印に魔力を流し、鍵となる詠唱譜を唱える。これにより、魔術刻印に組み込まれていた魔法が発動する。
以上だ。
文字に起こせばたったこれだけ。だが、難解であるというからには明確な理由がある。
刻印魔法を難解にする全ての原因は、魔術刻印。これが凄まじく厄介な代物だった。
シェリルが例の電流で手に入れた情報の中には、当然この魔術刻印に関する知識もある。
ここで再確認しなければならないのは、刻印魔法の根本的な仕組みだ。
刻印魔法とは、世界の法則を魔術刻印という方程式を用いて疑似的に再現するものである。
例えばの話だが、物が落下したときにかかる力を計算しろと言われれば、多くの人間が方程式や公式を使って答えを導き出すことができる。
このとき用いる方程式や公式こそがまさに世界の法則であり、人はそれを物理法則と呼ぶ。
魔術刻印とは、それらの現象を物理法則ではなく魔の法則に則って再現するための手段なのである。
ここで問題なのは、この魔の法則――魔法は人々にあまり普及しておらず、そのぶん研究者の質も低いため、ほとんど何も分かっていないということだ。
人生の半分以上を孤児として過ごして来たシェリルにとってもそれは同じで、魔法はただ何となく詠唱すれば使える、使っていれば上達する、くらいの認識しか持ち合わせていなかった。
そんな中でシェリルに与えられたのは、基本刻印と呼ばれる初期の13個の刻印方法だけ。与えられた知識によると、これらをうまく組み合わせることができれば、ある程度は刻印魔法を使えるようになるらしい。
だがそこから先は一切情報が無く、魔法も自分で開発するしかない。
つまるところ、『基礎は教えるからあとは好きにすれば?』と言っているわけである。
もう少し分かりやすく例えるなら、小学生に『方程式を教えてあげるからあとは自分でM理論を解明してね』と言っているようなものである。
想像できただろうか、その鬼畜レベルの難易度を。
もう難しいなんてレベルじゃないだろう。
「……でも、使いこなせれば脱出できる可能性はぐっと高まる」
それほどの力を秘めているのは間違いない。
しかしその難易度は途方もなく、まるで想像できないのもまた事実だ。
せめて事前に刻印魔法を試すことができれば良かったのだが、それができない理由があった。
刻印魔法はジョブとセットでないと使えないのだ。
魔術刻印を刻むためには『魔石抽出』という特殊なスキルが必要で、この『魔石抽出』スキルは刻印魔法士のジョブスキルに含まれているからである。
なので刻印魔法を使用するためには、今からジョブを刻印魔法士に変更する必要があった。
「24時間変更不可だけど……」
裏を返せば、24時間経つと変更可能ということだ。
幸いなことに、水も食料も、少々寒いが拠点もある。
つまり、少しだけ余裕があるのだ。
もとより超低確率のドロップ品狙いに多くの時間を費やす予定だった。そう思えば、たった24時間のロスなど、どうということは無い。それに、成功すればかかった時間はロスではなく準備期間と捉えることができる。
「決めた。刻印魔法士になろう」
決心したように呟くとすぐさまステータスを開き、刻印魔法士になりたいと念じる。
すると例の如く、雷に穿たれたような凄まじい電流がやって来た。
それもこれまでで最も大きな衝撃だ。
膨大な情報のやり取りが行われ、しばらくして元に戻ると、これまであまり表情の変わらなかった顔に、にこやかな笑みが浮かんでいた。
「ジョブは本当にいいもの」
これまでになくテンションの上がっているシェリルはすぐさまステータスを開く。
・ステータス
【名 前】 シェリル
【年 齢】 14
【ジョブ】 刻印魔法士
【レベル】 6
【魔力量】 113/147
【スキル】
・魔法スキル
『初級風魔法』『初級水魔法』『初級火魔法』『初級土魔法』『初級闇魔法』『初級光魔法』『刻印魔法』
・武術スキル
『刀剣術(1)』『短剣術(1)』『格闘術(1)』『棒術(1)』
・補助スキル
『危険察知』
【ジョブスキル】『魔石抽出』『魔力回復速度上昇(中)』『刻印アーカイブ』『刻印除去』『刻印魔法士の素養』
【ギフト】 刻印魔法
【称 号】 孤児の少女 孤独を乗り越えし者
ステータス内に新たにジョブスキルという項目が現れ、一度に五つのジョブスキルが出現した。
先ほどの電流によってジョブスキルの内容はだいたい把握できている。
注目すべきはやはり『魔石抽出』だ。
魔石にこのスキルを使用することで、先端をペンのように扱うことができるようになるらしい。
また、使用する魔石によって追加効果が発生する場合もあるという。
魔術刻印だけでなく、使用する魔石によっても魔法の過程や結果が変化する場合があるため、ベストな組み合わせを見つけるまで試行錯誤しなくてはいけない。
相当な根気がなければできないような芸当を当たり前のように要求してくる辺りに、その鬼畜さがうかがえる。
そのぶん出来上がった魔法は、通常の魔法を大きく上回る性能を誇るだろう。
他に、『刻印アーカイブ』は開発した刻印を忘れないように記録することができるスキル。『刻印除去』は文字通り、刻んだ魔術刻印を除去するスキルだ。
また『魔力回復速度上昇(中)』も強力だった。通常1分毎に1しか魔力は回復しないところを、20秒に1回復するようになっている。単純に3倍の速さだ。
『刻印魔法士の素養』は、刻印魔法士に必要な能力に成長補正がかかるらしい。
今すぐ効果を発揮するような類ではなさそうだ。
「……よしっ、やってみよう」
一通り取得したスキルを確認すると、シェリルはさっそく魔術刻印を刻んでみることにした。
使用するのは青色をしたブレードフィッシュの魔石と、ドロップ品を包んでいた白い布である。
シェリルは脳内で基本刻印について念じると、複雑な幾何学模様とともに概説が現れた。
『発火』……火の発生。
『出水』……水の生成。
『送風』……空気の移動。
『回転』……回転させる。
『振動』……振動させる。
『修復』……元の状態へと戻す。
『変化』……物の形状を変える。
『除去』……不純物を取り除く。
『発散』……発散させる。
『収束』……収束する。
『強化』……強度を上げる。
『制御』……コントロールする。
『識別』……識別する。
この13個の中から組み合わせていくわけだが、いきなりこんなものを見せられてもさっぱりわからない。
なので一つずつ試していくことにした。
まずは『発火』の刻印から。
シェリルは布の前に屈むと、右手の親指と中指、そして人差し指で握った魔石を布へ突き立てて、スキルを発動する。
「『魔石抽出』」
発動と同時にシェリルは、魔石に触れる指先が熱を帯びるような感覚を感じた。
見れば、ブレードフィッシュの魔石が青白い光を放ち、まるで水銀をこぼしたかのように、突き立てた場所を青く滲ませている。
「っ……魔石が、溶けてる……?」
まさにそうとしか言えない光景。
魔石の先端が、熱したフライパンに溶けたバターのように青いインクとなって消えてゆく。
「そうだっ、刻印を……!」
ハッとして、頭に浮かぶ『発火』の幾何学模様を写しはじめる。
見本通りに丁寧に線を引いていくが、刻印は想像よりはるかに複雑で書きづらい。
それに魔石インクはすぐに乾いて固まるので、それも慣れない。
結局、一時間ほどかけて、なんとか書き上げることができた。
しかし出来はお世辞にも良いとは言えない。
そのうえ魔石も半分ほどが削れてしまっていた。
「こんなので発動するのかな」
そんな風に思いながらも、『発火』の刻印が描かれた布を掌にのせて、魔力を流す。すると魔力を受けた刻印が、再び青白い光を放つ。
それを見て一度布を地面へ置くと、少し離れた場所で鍵となる詠唱譜を紡いだ。
「『術式開放』」
それが合図となり、布からボワッとバスケットボールほどの大きさの火が立ちのぼる。その様子を目を丸くして見つめていたシェリルは、何度かまばたきをした後、みるみるうちに目を輝かせた。
「あんなにひどい出来でこの威力……刻印魔法、凄い……!」
それに布は多少煤けてはいるが、まだまだ使えそうだ。
「どんどん試そう。『術式除去』」
この『術式除去』もなかなかに面白く、シールのように刻印が捲れてゆく。
シェリルは更にご機嫌になった。
その後も、順番に検証を続ける。
『出水』は『発火』と同じように布の上にバスケットボール大の水が出現し、落下した。このとき布が水浸しになったため、乾くまで別の布を使うことになる。
『送風』はほんの一秒にも満たない一瞬だったが、かなり強い風が巻き起こった。
そして4個目の『回転』を発動したときのこと。
「あれ、何も起こらない?」
すぐに原因が分からず、続く『振動』『修復』『変化』と何も起こらない現象が連続し、さすがに違和感を覚える。
「何か見落としてる?」
シェリルは考えた。
『発火』『出水』『送風』が実体を生成したのに対して、『振動』『修復』『変化』は何も起こらない。
ここでもう一度、魔術刻印について思い出す。
シェリルに与えられたのは基本刻印13個。
これをうまく組み合わせることができれば、ある程度、刻印魔法が使えるようになるというものだった。
「もしかして組み合わせが重要?」
考えてみれば自然なことだ。
『発火』が文字通り火を起こすのに対して、『回転』は回転する対象が必要だった。『振動』や『修復』も同じで、単体では効果を発揮できない。ちゃんと対象を指定する必要があったのだ。
これらのことから、シェリルは刻印の種類を生成型と対象指定型の二つに分類することにした。
◆◆◆
半日以上かけて最後まで検証を終えると、シェリルは満足げに頷く。
「だいたい分かった」
基本刻印は、二種類に区別できた。生成型と対象指定型である。
この二つを分類するとこうだ。
生成型……『発火』『出水』『送風』
対象指定型……『回転』『振動』『修復』『変化』『除去』『発散』『収束』『強化』『制御』『識別』
対象指定型は、変化が分かりやすい『出水』で試すことにした。その結果、『識別』以外は文字通りの効果だったことが判明する。『識別』だけは対象を指定しても効果がわからず、保留にすることにした。
ちなみに検証方法は簡単。
別で用意した『出水』の布の上に検証用の布を被せ、二つ同時に『術式開放』を使用しただけである。
当然のことながら効果は落ちた。
バスケットボール大の水は、ソフトボールくらいの大きさまで縮んだ。
今回は検証用なのでそれで問題なかったが、威力や効果を突き詰めてゆくには、まともな構築の模索が必須である。
「強い魔法を作るには、複雑な刻印同士をうまく組み合わせないといけない。難しい……」
むむ、と唸りながら呟く。
やはりこれが一番のネックか。
時間はかかるが気長にやっていくしかないだろう。
「まずはどんな魔法を作りたいのかを考えよう」
当分のあいだ、この拠点とブレードフィッシュ狩りを交互に行うことになるだろう。
今のところ、二回の狩りで25体のブレードフィッシュを討伐している。
かかった時間はそれぞれ30分ほどなので、1時間で25体。
これを踏まえてエピック級ドロップが手に入るまでの時間を単純計算すると、80時間。
起きている時間が18時間だとして、移動時間を除いた半分を魔法の研究に割くとすると、エピック級アイテムがドロップするまで単純計算で十日以上はかかる。
そしてあくまでこの数字は目安でしかない。
水場に強力な魔物がいればその間は狩りを行えないので、かかる時間も増してゆくだろう。
そのことを鑑みたうえで、シェリルがこれから作る魔法には選択肢がある。
狩りの効率を上げる魔法か、はるか格上すらも倒すことのできる可能性を秘めた一撃必殺の大魔法かだ。
シェリルは少しだけ考えて、すぐに答えを出す。
「……決めた、狩りの効率を上げる魔法を作る」
そう決めたのにはもちろん理由がある。
仮にブレードフィッシュで武器を手に入れたとしても、次は防具を落としそうな敵を狩り続けなければならない。
それなら一撃必殺の大魔法を使うよりも、狩りの効率を上げるコンパクトな魔法の方が良い。
シェリルは判断が早かった。
「ウインドアローより速くて威力の高い魔法、これを目指す……絶対に、作ってみせる」
その後疲労で眠りにつくまで、シェリルの研究は続いた。
※ものすごく難産でした……。
基本刻印については覚えていただかなくても大丈夫です。
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