第54話 日歴123年 破片 上

「本当にこの先にギオザ・ルイ・アサムが?」

「ああ、間違いない。メルバコフの人間に聞いた」

「メルバコフの人間がハレル司教に……?」

 レイディアはギオザ・ルイ・アサムが潜伏しているというラミヤ大森林に来ていた。ハレル司教の指示でここまで来たが、道は狭いし鬱蒼と森が広がるばかりで、一国の王が身を隠しているとは到底思えなかった。


「お前も……」

 突如、爆音が響いた。その場にいた全員が身を強張らせる。


 只事ではない。


 レイディアは、頬に生暖かい風を感じた。自分たちが向かっていた先から吹いてくるようである。

 視線を上げると……。


「あれは……」

 土煙が上がっていた。


「レイディア、待て!」

 レイディアはハレル司教の制止も聞かず、考えもまとまらぬまま走り出した。嫌な予感がした。


 ハレル司教の予想通り、ギオザ・ルイ・アサムの指名手配後、メルバコフはそれを大義名分として動き始めた。ギオザ・ルイ・アサムの身柄を確保したいエルザイアンは、協力するというていでメルバコフ側に人員を送った。

 それがハレル司教率いる一行である。

 しかし、互いに【自国での確保】を目的としているため、腹を探りあうような状態が続いていた。そして昨日、状況が一気に動いたのである。


 メルバコフが出兵したのだ。


 レイディア達は当然のように何も知らされていなかったが、ハレル司教の指示でメルバコフ軍の後を追う形で行軍していた。


 もし、この先にリーがいたら……。


 レイディアは何度もそう考えては打ち消して、しばらく走り続けた。


 そして……。


 レイディアは立ち尽くした。眼前に広がるのは、建物、であった場所。

 ほぼ全壊、扉は吹き飛び、屋根はすべて落ちていた。周りの木は倒れ、草は焼け、建物の一帯は更地と化していた。たくさんの人間が倒れている。誰も彼も生気は感じ取れない。

 生き残ったのであろう少数のメルバコフ兵達が仲間を運んでいた。


 レイディアはふらふらと建物に近づき、入り口に待機していた兵に声をかけた。

「何があったんですか」

「エルザイアンの……。我々も仔細はわかりません。突然爆発が起こり、建物内や周囲にいた第一軍がほぼ全滅しました。おそらく、ギオザ・ルイ・アサムの仕業です」

 メルバコフ兵が沈鬱な顔で話すのを聞きながら、レイディアは視線を建物内に移した。

 教会だったらしい建物の内部は、瓦礫で埋め尽くされている。人の足や腕、頭が見え隠れしていて、たくさんの人が下敷きになっているようだった。

「中には誰が……」

 緊張で声が震えそうになるのを必死で堪えて尋ねる。

「わかりませんが、少し離れた場所でギオザ・ルイ・アサムは確保しました。一人だったので、仲間はこの中にいたのではないかと……仲間まで殺めるなんて、噂に違わぬ恐ろしい男ですね」

 仲間はこの中に……。

 もしも、ツァイリーがギオザの傍についていたとしたら。

 この瓦礫の下に、いるのだろうか。

 どくどく、と心臓が嫌な音を響かせる。

「これからどうするのですか」

「まずはギオザ・ルイ・アサムの身柄を一刻も早く国に移送しなければなりませんので、建物外の遺体を回収した後、我々は一旦戻ります。中の遺体に関しては、日を改めて部隊を派遣する予定です」

 その言葉が終わると同時に「隊長!」と声がかかった。一兵がこちらへ走ってくる。

「見つけられる範囲では完了しました」

「わかった。撤退の準備をしろ」

「承知しました!」

 メルバコフ兵が走り去っていく。レイディアが話していた相手は隊長だったらしい。

「では、我々はこれで失礼します」

 去っていく男をレイディアが引き留める。

「……待ってください。貴国はギオザ・ルイ・アサムをどうするおつもりですか?」

「すべては上の判断ですが……極刑は免れないでしょう。ライアンの件も含めて、多くの国民が死にました」


 メルバコフ兵が撤退し、一人になったレイディアは建物内へ足を踏み入れた。

 まるで地獄絵図。ここに生者はいない。それは明白だった。

 爆発をもろに受けた上に、瓦礫の下敷きになったのだ。


 ツァイリーはここにはいない、そう信じたかった。

 しかし、確認せずにもいられない。


 どうか、彼の痕跡がありませんように。


 そう切に願いながら、レイディアは探し歩いた。



「……!」

 ふと目に入った黒髪に、レイディアは息をのんだ。

 違う、きっと違う。

 心とは裏腹に、幼馴染の勘は「間違いない」と告げる。幼いころからずっとすぐ近くにあった。その髪を切るのは自分の役目だった。

 レイディアはぐっと握った拳を震わせながら、近づいた。彼の上にのっている瓦礫を一つ、二つと除けていく。


そして……。


「リー……!」

 その顔が現れた。


 煤汚れて目を閉じている。間違えようもない、ツァイリーだった。


 まるであの日の再来だ。

「起きてよ……」

 いつもみたいに、冗談だと笑ってほしい。

『絶対会いに行く』

 そう言ったじゃないか。


 ツァイリーの顔に触れたレイディアは、驚きに目を見開いた。


 あたたかい。


 首筋に手を添わせると、トクトクと、確かに律動を感じた。

「リー!!」

 レイディアは軽くツァイリーの頬を叩いた。


 ややして、ツァイリーの瞼がぴくりと動き、目を覚ました……!

「ディア……? なんで、泣いて……」

 ぼたりぽたりと、ツァイリーの頬に雫が落ちる。

「心配、させるな……」

 レイディアが自分の頭上で泣くのをしばらく呆然と見つめていたツァイリーは、ふと我に返った。


 何がどうなった……?

 ツァイリーはあの時のことを思い返した。

 メルバコフ兵が一斉に向かってきた時、目の眩むような白光が空間を支配した。そして、文字通りすべてが消し飛んだのだ。

 自分だけが変わらずに立ち尽くしていて、向かってきていたはずのメルバコフ兵は遠のいていった。


 一瞬の出来事だった。

 まるで自分だけが違う空間にいるような、そんな不思議な光景だった。


 そしていつの間にか気を失っていたようだ。

 自分の今の状況を確認する。下半身が瓦礫の下敷きになっているが、痛みはない。


「ごめんディア、手伝って」

 そう言ってツァイリーは自分の上の瓦礫をどかそうと上体を起こした。

 その時。ぼろぼろと、ツァイリーの首のあたりから何かが落ちた。


 その正体を確認したツァイリーは息をのんだ。


 母が置いていったペンダントと、ギオザにつけられた首輪。


 その2つともが、砕け散っていた。

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