第45話 日歴122年 露見 下
事件当日、犯人の青年を軍へ引き渡し、その対処に追われたツァイリーは夜遅くに帰城した。巡行の後に予定されていた宴会など諸々の催しは中止せざるをえなくなり、城の方の人手が足りないとのことで、イズミは別行動をとっていた。
青年の名前はメンラ。
犯行動機はライアンの件で兄を亡くしたことへの恨みで間違いなさそうだが、彼は頑として黙秘を続け、どうやってこの国に入ったのか、仲間は何人いるのかなどは分からずじまいだった。
ツァイリーはメンラの『言ってた通りだ』という言葉が気になっていた。
ギオザが使った力は青の
どうしてギオザが青の
ひとまず場を収めたリズガードもギオザの力について言及しなかったし、民衆たちもギオザの不可思議な力の話題で持ちきりだった。誰も彼も状況を把握していないのである。
それなのに、メンラの口振りはまるで、こうなることを誰かから聞いていたかのようだった。
ツァイリーは嫌な予感がして、一刻も早くギオザに伝えようと、執務室へ向かった。
ギオザの執務室、寝室、ツァイリーの部屋がある6階には常に護衛がいる。夜間は1人、昼間は2人だ。
6階に住んでいるのはギオザとツァイリーだけなので、十分な配置である。しかし、今日はいつもの護衛とは別に、ギオザの部屋の前に1人待機していた。
ツァイリーは近づくと、それが誰かに気づいた。
「ヤオ」
ヤオは扉の前に座り込んで、寝ていた。ツァイリーの声に反応してゆっくりと瞳を開けると、ふわあ、とあくびをする。
「……ギオザに用?」
「話したいことがある」
「誰も通すなって言われてるんだけど……」
ヤオは立ち上がってぐっと体を伸ばした。
「まあ、あんたならいいか」
そう言って扉の前から退く。
あまりにも簡単に通すので、大丈夫だろうかと思いつつも、今回はありがたいと、部屋に入った。
執務室には誰もいなかった。
もう時間も時間なので寝てるのかもしれない。執務室と寝室は繋がっている。起こしたら怒られるだろうかと思いながら、ツァイリーは寝室の扉を叩いた。
「……誰だ」
「俺、アザミ」
「部屋に戻れ」
ギオザの声はいつもと同様淡々としている。しかしツァイリーは引き下がらない。
「すぐ話さなきゃいけないことがある」
「明日聞く」
ツァイリーはそんなに悠長にしてよいこととは思えなかった。まだ共犯者は見つかっていないのだ。ギオザの力のことを知っていた何者かが関与しているのであれば、内通者がいる可能性が高い。
ここだって安全とも限らない。
『俺の兄貴はお前たちに殺されたんだぞ!』
青年の声がツァイリーの脳裏に過ぎった。
「入るぞ」
ツァイリーはドアノブを掴むと扉を開けた。
ギオザは窓辺の近くに置かれた1人がけソファに背をもたれて座り、窓の方に顔を向けていた。
ツァイリーはその様子を見て、声を発するのを躊躇った。明らかにいつもと雰囲気が違う気がしたのだ。
就寝前なので軽装なのは当然として、いつも背をピンと張っているギオザがソファに背を預けているし、足もだらんと放られている。
「なんだ」
扉越しではなく直接聞いてみると、声も覇気が無いように思えた。
「大丈夫か……?」
ツァイリーは思わずそう聞いた。
「なにがだ」
ギオザの視線はずっと窓の先に向いている。
同じ部屋にいるはずなのに、まるで別の世界にいるようだった。
「何が見える?」
ツァイリーの問いかけに、ギオザはしばらく沈黙した後、ぽつりと声を零した。
「なにも」
「じゃあ、俺を見ろよ」
その言葉に虚を突かれたように、ギオザはツァイリーへ視線を向けた。ツァイリーはずんずんと歩みを進めると、ギオザの前に立った。
ギオザはツァイリーを見上げる形となる。ツァイリーは、まるであの時と逆だ、と思った。ギオザと出会った地下牢。思えばあれからもう1年近く経つ。
「お前が何者でも、俺はお前に従う」
だから、とツァイリーは続けた。
「全部話せ」
ギオザはツァイリーの言葉を時間をかけて理解すると、口を開いた。
「俺は、王でいてはならない存在だ」
ツァイリーはギオザの言葉をただ黙って聞いた。
「俺は……俺の父親は、お前の父親、ギュンターじゃない」
「……!?」
ツァイリーも、さすがにこれには驚いた。
ギオザに兄弟はいない。ギオザが先王ギュンターの子じゃないということは、つまり自分は唯一の先王の血を引く人間ということになる。
「お前の出生については知らない。でも、お前がエルザイアンにいたのは、俺が生まれていたからだ。父は愛情深い人だった。きっと、それが最善の選択だったんだろう。お前やお前の母親にとっても」
ギオザは再び視線を窓に映した。
「俺にとっても」
ツァイリーはギオザに倣った。窓の外に見えるのは街だ。あんな事件があったが、幸いにも火はすぐに消し止められたので、いつもと変わらぬ夜を過ごしているのだろう。ぽつぽつと点る明かりが美しい。6階は見晴らしが良いので、ツァイリーもこうして街を眺めるのが好きだった。
しかし今日はどうしても硝子に映ったギオザの顔を見てしまう。その表情は泣いているようにも見えた。
「父の思いを無碍にしてしまった。母にも顔向けできない」
消え入るような声だった。
「……お前、いいやつだな」
ツァイリーは深く考えずにそう零した。ギオザという人間に今初めて出会ったような気分だった。
「もしかしたらお前の父さんと母さんは、今頃向こうでよろしくやってるかもしれないだろ」
ギオザは怪訝げに振り返り、ツァイリーの続く言葉を聞いた。
「そいつらの思いなんて深く考えても仕方ない。全部過去の話だ」
「……」
ツァイリーは自分を脅して従わせているこの男が不憫に思えてきた。生まれは自分の意思じゃ変えられない。子どもにこんな重責を背負わした親を恨むどころか、ギオザはずっと親の意思を汲んで生きてきたのだ。
「もっと自分勝手に生きろよ」
「自分勝手……?」
「親が子どもの幸せを望まないわけないだろ。それくらい俺でもわかる」
ツァイリーは親を知らないが、孤児院の子ども達を育ててきた。あの子たちが悲しい顔をしているのは見たくない、笑って生きてほしい、幸せになってほしい。遠くにいるからこそ、より強く願う。
きっと親っていうのはそういうものなんじゃないか。
「お前の父親は
『ギオザ、お前は私の子だ。誰がなんと言おうとね』
ギオザはふと、父の言葉を思い出した。ツァイリーと父は全然似ていない、はずだ。しかし、ギオザはツァイリーに父の面影を感じた。
そうだ、自分はあの人の子どもだ。そう本人が言っていたのだから。
「ギオザはギオザのしたいことをすればいい。1番自分が幸せになれる未来を目指せば良い」
まるで父に言われているようだった。
「俺のしたいこと……」
ギオザは考え込んだ末、独り言のように呟いた。
「広い世界で、自分の力を使って、好きに生きたい」
でも、とギオザは続ける。
「そんなことできるわけが……」
言葉は不自然に途切れ、ギオザの身体がふらりと傾いた。
ツァイリーは慌てて前のめりに倒れそうなギオザの身体を支える。そして触れた身体の熱さに、驚いた。
顔色も良くないとは思っていたが、体調が優れなかったようだ。
「今日はもう休め、誰か呼んでくる」
「大丈夫だ。今は誰も信用できない……」
ギオザの言葉にツァイリーはハッとした。そういえばもともとここへ来たのは『内通者がいるのではないか』ということを知らせるためだったのだ。ギオザもそれを感じていたのだろう。
「じゃあ俺がついてるから、寝ろ」
ツァイリーはギオザの脇に手を回して立ち上がらせると、ベッドへ誘導した。本当に体調が悪いらしく、ギオザは抵抗しない。
ツァイリーはギオザを横にさせ布団をかけると、執務室の机の上にある水を取りに行こうと立ち上がるが。
「さっき……」
ギオザの声が聞こえて動きを止めた。
「さっき聞いたことは、忘れろ」
「忘れない」
ツァイリーは即答した。あの時、やっとギオザの素が見えた気がしたのだ。忘れることなんてできない。
「俺はお前の犬なんだろ」
「……」
「だったら命じてみろよ。お前の望みを俺が叶えてやる」
広い世界で、自分の力を使って、好きに生きる。
それは簡単なことのようで、ギオザにとっては夢のまた夢なのだ。
でも、ツァイリーは諦めてほしくないと思った。
「ほんとにお前は……」
おかしな奴だな。
それだけ言ってギオザは眠りについた。
ツァイリーはしばらくギオザの顔をぼう然と眺めた。
初めてギオザの笑みを見たのだ。
ツァイリーはふとギオザの額に汗が浮かんでいるのに気づくと我に帰って立ち上がった。
子ども達の世話をしていたので、こういう事態には慣れている。
ツァイリーは一晩中ギオザの側について看病し、翌日隈を作った顔をイズミに言及され、「どうして私を呼ばなかったんですか」と責められたのだった。
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