第38話 日歴122年 ヤオ 上
夏月53日。アサムの城下街は平時よりも活気づいていた。今日は王弟アザミ・ルイ・アサムの誕生日なのである。
アザミは、30年前の雪辱を果たしたライアン奪還作戦の立役者でありながら、城下町にも度々あらわれ気さくに話してくれる、庶民にとって親しみやすい王族だ。
アザミは昨年この国に来たばかりなので、彼の誕生日を祝うのは初めてだった。
民衆はそんな記念すべき日をお祭り気分で楽しんでいた。
本日の主役であるアザミことツァイリーは、城の自室で一息ついていた。
誕生日だというのに朝早く叩き起こされ、浮腫をとるため風呂に入れられ揉まれた後に、やっと身支度が終わったのである。
今日は午前中に城でツァイリーを祝うちょっとした式典が開かれ、昼過ぎに城下町を巡回し、夜は城で貴族を呼んだ晩餐会が開かれる予定である。
ツァイリーは1日中アザミとして振る舞わなければならないと思うと憂鬱だった。しかし、自分の誕生日をたくさんの人に祝ってもらえるというのは、少し楽しみでもあった。
トントン
部屋の扉が叩かれた。ツァイリーが返事をする前に、ヤオがずかずかと部屋に入ってくる。
「はよーっす」
眠そうにあくびをしている。ツァイリーは相変わらず自由なヤオに挨拶を返すと、彼をまじまじと見つめた。
久しぶりに人間の姿を見た。ライアン奪還作戦が終わり、2度目の城下町探索に行って以来である。その間でツァイリーは髪がさらに伸びたが、ヤオは全く変わりない。
「ん? なに?」
「ヤオって何歳?」
「さあ」
何にしろ、ヤオは正体不明で掴み所のない存在なのだ。
「でも、アザミよりは全然年上。だから敬えよな」
「年上……?」
ツァイリーはヤオの言葉に驚いた。
ヤオは童顔で背もそこまで高くなく、ツァイリーより年上とは思えない。百歩譲って、高く見積もってもツァイリーと同い年くらいだ。10代半ばと言われても納得するくらい若く見える。
それが、全然年上、とは。
ツァイリーはますますヤオの年齢が気になり出した。
「年上ってどのくらい?」
「うーん、何十倍とか」
「なんじゅうばい……?」
ツァイリーはヤオの言葉の意味が理解できなかった。
倍ってなんだ? ヤオは倍の意味を理解しているのだろうか?
「うん。俺生まれたの
「や!?」
「あ、これ言わないほうがいいんだった」
ツァイリーは思わず叫んだ。
ヤオは突拍子のない行動をとるが、変に嘘をつくタイプではない。
ヤオの言っていることが、仮に真実だとしたらとんでもないことである。
1
最初の200年を
現在日歴122年なので、前の夜歴に生まれていたとしたら、ヤオは500歳をゆうに超えている計算となるのだ。
「他の人に言うなよ。まあ、言っても信じる人なんていないだろうけど」
いまだヤオが夜歴に生まれただなんて信じられないツァイリーだったが、後に続く言葉達はまるでそれが事実かのようである。
「わかった……」
ツァイリーは整理のつかぬままとりあえず頷いたのだった。
久しぶりにギオザに仕事をもらったヤオはツァイリーの部屋に来ていた。今日1日の護衛を頼まれたのだ。
ツァイリーの事情を知っている者を近くに置いたほうが、何かと不安要素がないのである。
ツァイリーに年齢のことを聞かれたヤオは、随分久しぶりにこの話になったなと思った。最近は猫の姿をとっていることが多く、関わる人も少ないので、聞かれることがないのだ。
そういえばギオザにも話していない気がする。
ヤオはふと昔のことを思い出した。
ヤオが生まれたのはずっと昔のこと。母親のことは覚えていない。しかし育ててくれた人はいる。名前をヴィラー。
物心つく頃には、ヤオは彼と2人で森の中で暮らしていた。
ヴィラーは今思えば不思議な男だった。見事な金髪に透き通るような白い肌、金の瞳のなかには虹彩の光も宿っていた。ヤオと同じく、普通の人間ではなかったのだ。
だからと言って、本人曰く、ヤオのように他のものに化けることはできないらしい。
ヤオにはヴィラーから課せられたルールがあった。それは『森の外に行かない』こと。森の中は2人と動物だけの空間だ。ヤオは15歳になるまで、他の人間を知らずに育った。
しかし、ある日、1人の人間が森に迷い込んだのだった。
ヤオは1人で暇を持て余していた時にその人間と出くわし、大層驚いた。
初めて自分達以外の人間に出会ったのだ。
そして、その人間が他の街に行く途中であり、その街というのにはたくさんの人間が住んでいるのだということを知った。
ヤオは街に興味を持った。そして、禁を破ったのである。ヤオはその人間と一緒に森を出て街に下りた。
街でヤオは楽しい時間を過ごした。たくさんの人間を見て、送ってくれたお礼にとご飯もご馳走になった。そして、満足して森に帰ったのだった。
家に帰ると、ヴィラーがいなかった。ルールを破ったことを怒られるかと危惧していたが、本人がいなくてヤオはほっとした。
しかし、いつまでたってもヴィラーは帰ってこなかった。数日、数週間、数ヶ月、そして1年。
ヤオが街へ降りた日を境に、ヴィラーは行方をくらましてしまったのである。
ヤオは1人で暮らすのに飽きてしまった。
ヤオはご飯もまともに作れないので食べ物は果実ばかり。動物にばかり話しかける生活も寂しい。
もう街というものの存在を知っているヤオは、森の中でヴィラーの帰りを待つのはやめて、旅をすることにした。
まず最初に向かったのは、1年前に行った街だった。初めて見た人間、シアトルもいたので、彼の家に厄介になって数日は上手く過ごせていた。
しかし、近所の子どもたちと遊ぼうと猫の姿になった時。
ヤオは悲鳴を上げられ、信じられないものを見るような目を向けられた。
子どもたちは逃げて、周りの大人たちは即座にヤオを捕まえようとした。
ヤオは恐れられ、追いかけられ、わけもわからぬまま街を出たのだった。
そして次の街では、ヤオの姿絵が出回っていた。ついた通り名は『悪魔の子』。
ヤオはそこで初めて自分は普通ではないことを知った。
どうやら、他の人間は猫に姿を変えられないらしい。ヤオは他の人間に姿を変えて、そこからしばらく旅を続けた。
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