第26話 日歴122年 ライアン奪還作戦3
「状況は?」
「一般人は5カ所の建物に収容し、周囲を包囲しています。数は1000人ほど。兵士は手足を拘束し広場に集めています」
「こちらの被害は?」
「想定の範囲内です」
ライアンの街に到着したツァイリーは、待機していたアサム王国軍軍団長セオ・ハイテンと合流し、情報を共有しながら徒歩で移動していた。
側にはヤオとイズミが控えている。ヤオは外套を羽織り、フードを深く被っている。本人いわく、暗躍することが多いのであまり姿を晒さないようにしているらしい。
街の中は閑散としていて、少しずつ間隔を空けてアサム王国軍の兵が配備されていた。
ライアンの地は肥沃で、農地が大半を占める。よって領土面積のわりに住んでいる人は少ない。街は大きいが、それは30年前までの名残で、メルバコフはアサム国民が住んでいた街を修繕したり一部建て直すなどして基本そのまま使っていた。
よって、大体の街の構図はわかっていて、一般人をどの建物に収容するか、作戦期間中ツァイリーたちがどこに待機するか、なども、ある程度詳細に計画が組まれていた。
開けた場所まで来ると、ツァイリーは自然と立ち止まった。その先の広場では、メルバコフの兵達が縛られ、アサム王国軍に囲まれていたのである。
人数は100人ほどだろうか、皆一通り暴れ終わった後なのか、身体はボロボロ、意気消沈した様子で俯いていて、異様に静かだった。戦意はなさそうである。
その中で1人、ツァイリーとそう歳の変わらなさそうな青年が、ツァイリー達に気づき、キッと睨み付けた。
「おい! お前が指導者か! 俺たちの街をどうするつもりだ!!」
軍服を身につけていないツァイリーは、その小綺麗な姿と側仕えがいることから、高い立場にあるのだろうということが丸わかりだった。
言葉の勢いのまま身を乗り出した青年はすぐに周りの兵に取り押さえられる。
それでもなお、青年はツァイリーを睨み続けた。その憎悪に満ちた目はツァイリーを害そうとせんばかりである。
ライアンが奪取されたのは30年も前。その間で、このライアンの地で生まれ育ったメルバコフの民も、もちろんたくさんいる。きっとこの青年もその1人なのだろう。
ツァイリーは複雑な気持ちになった。自分の生まれ育った地が奪われる、それは耐えがたい苦しみで、彼らからすれば自分たちは絶対的な悪だ。しかし、30年前、この地に住んでいたアサムの民も同じ苦しみを味わったのである。
ツァイリーはヒメノ・マツライの言葉を思い出していた。
今でもなお、この地の奪還を望む人はたくさんいる。
生き残るために命令に従っているとはいえ、自分はアサム王国側の人間なのだ。
ツァイリーは、覚悟を固めた。どんなに批判の目に晒されようと、迷わない。
自分の行動が正しかったかどうかは、後になってわかることだ。
「あの人に行ってもらいましょう」
ツァイリーは青年を指してそう言った。
「しかし、ああも交戦的だと」
ハイテン軍団長は難色を示す。しかし、ツァイリーの考えは揺るがなかった。
「きっと、この地のためにいち早く動いてくれると思います。我々にとっても、早く終わらせるに越したことはありません」
ツァイリーが言ったのは、文書を届ける役をこの青年に任せよう、ということである。こちら側の人間を行かせて人質にでも取られたら厄介なので、ライアンで捕まえた人間を使う手筈となっていたのだ。
「……わかりました」
そう言ってハイテン軍団長は兵に指示を出しに行った。青年は無理やり立たされると、別の場所へ連れて行かれる。
その間もツァイリーに罵詈雑言を浴びせ続けるが、ツァイリーはただ黙って見守るだけだった。
周りの兵士たちはそんな青年を一瞥すると、関係ないとばかりに俯いた。同調する様子を見せれば罰を受けると恐れているようだ。
「勝手な奴らだな」
ヤオの呟きは、誰に拾われることなく消えた。
「何で俺が!」
別の場所へ連れてこられた青年は、手紙のことを説明されると、案の定吠えた。
ツァイリーは心の中で『俺はアザミ・ルイ・アサム』と何度も唱えると、慇懃に対応する。
「メルバコフがこちらの要求を飲めば、人民に危害を加えるつもりはありません。この地の人々を守りたければ、向こうにこの手紙を届けてください」
「自分で行けばいいだろ!」
「行かないと言うのなら、他の人を使うまで」
しばし青年と視線を合わせるが、その目は依然荒々しく、おとなしく言うことをきくようには思えなかった。
やはり他を探すか、とツァイリーが背を向けた時。
「待てよ」
青年がツァイリーを引き留めた。
「俺が行く。だからぜってえ街のみんなや仲間には手を出すな」
強い意志を宿した青年を見たツァイリーは、ふと彼と自分の境遇を省みた。
この青年は故郷のために立ち上がり、戦おうとしている。
自分はセゾンの園のみんなに迷惑をかけないように、何も言わずに離れることしかできなかった。その上、誘拐されたことで結果的に迷惑をかけている可能性があるのだ。
ツァイリーはセゾンの現状を知ることも、セゾンへ戻ることも叶わず、ただギオザの命に従うしかない。どうにかして連絡を取れないかと考えたが、鎖国状態のアサム王国では手紙を送ることもできないし、そもそもギオザがそれを許してくれるかもわからない。
「よろしくお願いします」
ツァイリーは己の不甲斐なさに歯噛みしたいのを堪えて、そう言った。
ツァイリーは守りたいもののために動けない悔しさ、無力感を知っている。あの広場にいた誰よりも、この地を守りたいという意志を示した青年に思うところがあった。
青年は終始物腰が柔らかいツァイリーに、自らの激情が収まっていくのを感じた。
この男は敵だが、自分を見る目に敵意はない。いたずらに街や人に危害を加えることはしないかもしれない、と思ったのだ。
ツァイリーは事前に用意してあった文書に署名をし、封筒に入れると、ハイテン軍団長に手渡した。これからハイテン軍団長がこの青年を街の包囲網の外まで連れて行くことになる。
ツァイリーは責任者という立場のため、基本的には安全な陣所で待機だ。
現場の指揮は軍団長がとる。ツァイリーはこれから、メルバコフからの返事を待つのみである。
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