第27話 日歴122年 ライアン奪還作戦4
「お前、あんな話し方するんだな」
街の宿泊施設がツァイリー達の当分の住処である。建物自体は2階建てでそんなに大きくないが、ツァイリーは2階の1番広い2人部屋を割り当てられた。
表向きツァイリー付きの護衛であるヤオは、部屋の中で待機すると言い張った。
「部屋の中じゃなくても、扉の前にいればいいのでは」と渋るイズミと、「何かあったら困る」の一点張りのヤオの話は平行線だったが、譲る気配のないヤオをみかねたツァイリーが許可したことで、ヤオの無茶苦茶な意見は認められた。
そんな彼は今ベッドに寝転がり、好物の干し肉を噛んでいた。自由な猫である。
「あんな?」
「ですー、とか、ますーとか」
敬語のことを言っているのだろうかとツァイリーは思った。確かに、ヤオの前ではそういう話し方をしたことがなかったかもしれない。
ツァイリー自身、敬語には慣れておらず、ああいう場で発言するときには相当気を遣っているのだ。
自分があんな風に話しているのには、いまだ違和感があるし、上手くやれているのかはわからない。
「変?」
「いや、意外と様になってた」
ツァイリーはその言葉に安堵した。
アサム王国に来てから主に関わってきたのは、ギオザ、リズガード、イズミ、ヤオウの4人。内3人は敬語を使わない人達だし、イズミは事務的な話し方をするのであまり参考にならない。なので、ツァイリーは『アザミ・ルイ・アサム』として発言する時、いつもレイディアのことを思い出していた。
いつからかレイディアは施設長モーリスに敬語を使うようになっていたのだ。よくモーリスの手伝いをしていたから、彼の信者に対する接し方を見てきたのかもしれない。
一緒に育ってきたはずだが、レイディアの敬語は巧みで、見た目も相まって柔らかい印象を与えていた。
ゆえに、ツァイリーがアザミになる時、少しレイディアに印象が寄ってしまっているのだが、本人含め誰もそのことには気がついていなかった。
「あっ、繋がってるんだ。今なら大丈夫だ」
ヤオがツァイリーの方をチラリと見て、何かに気がつき、身を起こした。
「は?」
急にヤオが意味のわからないことを言い出し、ツァイリーは困惑した。
こちらを見ているので、自分に言っているのだろうが、何のことかわからない。
『状況は?』
「え!?」
突然聞こえてきたのはギオザの声だ。
驚いたツァイリーは大きな声を出す。慌てて周囲を見渡しても、ギオザの姿はない。
『うるさい』
「は!?」
さらに、どうも声は自分のすぐ近くで聞こえる。まるで、首元で話されているかのような…。
ツァイリーはおもむろに自分の首元を触った。あるのは、命の綱を握っている首輪だけだ。
つまり、この首輪が、この怪奇現象の理由なの、か。
「作戦通りだよ。もう人も出したし、後は返事待ちー」
ヤオが全く驚いた様子も見せずにそう返事をする。
『わかった。また連絡する』
ギオザの声はそれを最後に聞こえなくなった。
しん、と静まり返った部屋の中で、ヤオはまた寝転がり、ツァイリーは首輪に手を触れたまま固まっていた。
あまりに一瞬の出来事だった。
「どういうことだ?」
ツァイリーは全てを知っているであろうヤオに説明を求める。
「
ヤオは何がわからないんだと言いたげである。
「ギオザは黒の
「城からめちゃくちゃ離れてるだろ!」
いくら黒の
リズガードの言葉では、空間の大きさと距離によって必要な
イズミいわく、ギオザよりリズガードの方が強い
「その首につけてるやつ。それを
「
「つまり、どんなに距離が離れてようが、その首輪のところにあいつは
なんと、この首輪はただ爆発するだけのものではなかったらしい。
ツァイリーは再度首輪に指を這わせる。華奢で、柔軟性もあり、装飾品のようにも見えるこの首輪だが、ツァイリーがいくら試みても、外すことはできなかった。
「これ、何でできてるんだ?」
「さあ、俺知らなーい」
そう言いながら、ヤオはあくびをすると、ついに布団の中に入った。完全に寝る体勢である。
こんなところをイズミに目撃されたらまた面倒なことになるな、とツァイリーは思った。
イズミはおそらくツァイリーの監視役だが、一使用人として必要な距離を保ってくれる。ツァイリーが質問すれば答えてくれるし、いろいろと世話を焼いてくれる。しかし、やることなすことに干渉してくるわけでもなく、ツァイリー自身が手助けを求めていないことには手を出してこない。
そんなイズミは、ツァイリーのプライバシーを守るため、ヤオの「部屋にいる」という主張に抗議していたのだ。しかし最後には、ヤオのツァイリーを守るという大義名分と、他でもないツァイリーの許可によって引き下がった。
それが、
イズミが目撃したら両足を引きずって追い出すだろう。ヤオウには甘々なイズミだが、まさか黒猫ヤオウとこの小生意気な青年ヤオが同一人物などと知る由もない。
そんな自由奔放なヤオだが、どうやらしきりにツァイリーの部屋にいると言っていたのは、ギオザの件があったかららしい。
きっと、この首輪は特別なものだ。なにせ、
そのくらいツァイリーでもわかる。
きっと、このことを知ってる人は少ない。リズガードは首輪のこと自体知らないだろうし、イズミは拘束具くらいにしか聞いていないのではないかと思う。
ヤオは最初に、「今なら大丈夫だ」と言っていた。あれはきっと、「この場には自分とツァイリーしかいないから話しても大丈夫」という意だったのだろう。
つまり、仲間内でも秘密にしていることなのだ。
しかし、ギオザもギオザである。どうせ知ることになるんだから事前に言っておいてもらえれば、ツァイリーもあんなに驚くことはなかった。ギオザのやることはいつも突然だ。
今考えてみれば、自分を責任者に置いたのも、側にヤオをつけたのも、すべてこれを想定してのことだったのかもしれない。
本当にツァイリーはギオザの考えていることがよくわからなかった。自分を道具として躊躇なく使う一面もあれば、果実を分けてくれるような優しさもみせる。
自分はギオザにとって一体何なのだろう。最近、ツァイリーはそんなことを時々考えていた。
それから毎晩、ほぼ決まった時間にギオザから状況確認の連絡があった。
ライアンの街からからメルバコフ王都までは、馬で走り続けても半日以上かかる。
結局、メルバコフの使者がやってきたのは、ツァイリーがライアンに到着してから5日後のことだった。
現在、ツァイリーはメルバコフの使者と対面していた。
相手方の人数は3人。1人がメルバコフが遣わした代表者で、残り2人はその護衛である。代表者は名をアイゼン・ケルトウといい、若い男だった。周囲に敵しかいない状況だというのに、全く怯む様子がない。余裕があり、名乗る時には笑みさえ浮かべていた。
ツァイリーはどこか掴めないような気持ちになりながらも、それを覆い隠してアザミとして対応していた。
ちなみに近くにヤオはいない。昨晩「ちょっと探し物がある」と出て行ったきりだ。
てっきりこういう場面ではヤオがツァイリーの代わりを務めるのだと思っていたので、ツァイリーは内心焦っていた。
「国より預かってまいりました」
そう言ってアイゼンが取り出したのは封筒だった。ツァイリーは受け取って中身を取り出す。。
そこに書いてあったのは意外な内容だった。
『人質とライアン領有権の交換に応じる』
要点をまとめると、アイゼンの持ってきた書面にはそう記載されていた。
あまりにも物事がうまく進みすぎているような気がしたが、ツァイリーは順序に従い、承認手続きのための書類に署名した。ここに
国の代表者であるアイゼンは、一度目を通すと、さらさらと署名し、持ってきた印を押した。
「一刻も早く国民を解放してください」
「わかりました。手順に変わりはありません。今より、100名ずつ解放します」
ライアンの街からメルバコフ内までは少し距離がある。なので、取引に応じる場合には、10人が乗れる荷馬車を10台用意し、代表者と共に遣わすこと、と手紙に記載しておいた。10台は、仮にメルバコフがその中に兵士を押し込んで連れてきても制圧でき、かつ迅速に人質を解放できる数字である。
アイゼンが連れてきた荷馬車は今街の外で待機している。不審物などがないかの確認は行われていて、問題はないと報告がきていた。これから人質を100名ずつ解放し、その度に荷馬車はライアンとメルバコフの街を往復することになる。
ツァイリーの役目は人質を全員解放し、その後5日間にわたり問題がないか監督するところまでだ。1000名解放するのに、2日もかからない計算であるので、何もなければ7日後の春月13日にはアサム王国に戻ることになる。
人質を10回に分けて解放し、アイゼンも王都に戻った。作戦は無事完遂し、ライアンの奪還は成功したと思われた。
しかし、春月10日。ツァイリーの元へある一報が届いたことで、事態は変わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます