第4話 ユニコーンの角①
(二)ユニコーンの角
「行方不明者事件ねえ。行方不明なだけなら、別に珍しくもないんだけど」
今しがた所長から請け負った任務に対してさも無関心そうに言う相棒に、ラフは言った。
「それにしたって、この頃多すぎるって話だろうさ。ギルドとしても無視できない数になったんじゃないか」
「はあ……」
ベルは街を見下ろして、深いため息を吐いた。
「騎士がいっぱいいる……」
弱弱しく呟く相方の横でラフは、
「ここんとこ、霧魔が多かったからな。文句があるならさっさと派遣所に行って自分の口で伝えてこいよ」
と呆れ半分で口にした。
「文句って、所長に、ニーナちゃんに?」
「好きな方。もしくは両方」
ベルは頭をかきながらその大きな体躯を物陰に隠すようにしゃがみこんだ。
「言わないよ。ロジーナ座の公演は皆楽しみにしてたし、それが仮病だったとしても、彼女が歌える状況になったのは事実だし、俺が座長を守り切れなかったのもそうだし」
「俺ならあの座長は喜んで見殺しにするけどな」
「…………」
ベルは何も言わないでおいた。
無言の彼にラフは不敵に、あるいはいたずらっぽく笑ってみせた。
「まあ座長がいなくなったせいで一座のギルド加入は立ち消えになったわけだが」
「いやそれも本当に―― げっ」
そっと階段下を覗き込むなり顔色を変えた相棒の姿にラフはそちらへ身を乗り出した。騎士の女性が、部下らしき集団に指示を出しているのが見える。
「ああもう声でわかる……。なんでよりによって」
「そんなに嫌なのか」
「ラフくんだって昔の神官仲間がここに来たら嫌だろ?」
「いいや別に」
「ああ…… 街の警備以外だったら何でもするのに……。所長の靴の裏舐めるでも魔王討伐でも」
「―― 相変わらずだな、お前は」
その二つを同列に語るのか。相棒の言葉に呆れるラフの背後から声がして振り返ると、先ほどまで階段下にいた女性が立っていた。女性の姿にベルは一瞬顔をひきつらせた後、いつもの笑みを浮かべた。
「ヒルデちゃん、久しぶり、元気だった?」
「ああ」
ヒルデと呼ばれた彼女は顔色を変えずに言った。
「誰かが騎士団を辞めたせいで多忙の極みだが、おかげで隊を任されるくらいにはなれたよ」
嫌味っぽい彼女の微笑みに、ベルは同じように微笑んでみせた。
「そりゃどうも。でも、騎士団が人手不足なのは俺がいた時からでしょ。まだあんなやり方続けてるわけ?」
「…… 言っている意味がわからないな」
「つくづく腐ってんな。組織もお前も」
自分を挟んでなされる会話にラフが苛立ち始めた頃、大通りの方から二人を呼ぶ声がした。
「二人ともちょっといい…… って、どした? 何か……」
近くに立つ騎士に気づいた彼らは、ベルとラフを心配するように見た。ベルが口を開くより先に、ヒルデはその身を翻す。
「ベルの元カノ」
「恐ろしいこと言うなよ」
違うよ、とラフの言葉にベルはすかさず訂正してから男たちの方に向き直った。
「それで何」
「何って」
「何か用あったんだろ」
尋ねられて、彼らは顔を見合わせた。
「騎士が街をうろついてて居心地が悪いのはお前だけじゃないってことさ」
「…… つまり?」
「そもそも、騎士がいるのはここんとこ街のそこらじゅうで霧魔が見つかってるせいだろ? もうこうなったら魔除けに頼るしかないかと思って」
彼の説明に、ラフが眉根を寄せる。
「その、魔除けってのは」
「ユニコーンの角さ」
男は言った。
「少し離れた森に、真偽は定かじゃないが見たって人がいてさ。ユニコーンの角が魔除けになるって話は有名だろ。街の中心にでも置けないかと思ってさ。で、ユニコーンが伝承通りの強さなら、お前らの力を借りられたら嬉しいなと」
男たちの言葉に、ベルは言いよどんだ。
「俺も行けるもんなら行きたいけど――」
「いいよ、行って来いよ」
横から口を出してきたラフに、ベルは「え」と思わず声を上げた。
「そんなんでここにいられても役に立たないし迷惑だ。所長に頼まれたことなら俺一人でもなんとかなるからさっさと森行ってこい」
「えー……」
ベルは相棒の横顔を見つめながら呟いた。
「ラフくんが優しいと気持ち悪いよ……」
「燃やされたいか?」
冷たい視線で睨みつけてくるラフに対し「ごめんって」と謝るベルの横でラフは「それで」と切り出した。
「お前らだけで行くのか?」
「できればあと数人は欲しいけど、ギルドの方も人手が足りてなくてなかなか―― おっ」
と、ふいに路地から出てきた姿に男はすぐさま声をかけた。
「ヨゼフ! ちょうどいいところに来た」
男は言いながら、先ほどベルとラフに説明した内容を彼にもした。
「…… ってわけで、お前も来て手伝ってくれると助かるんだけど」
ヨゼフは少し迷うような素振りを見せた後、
「ごめん。今ちょっと彼女の具合が悪いみたいで、心配だから今日は街を離れたくないんだ」
彼の言葉に、ベルとラフは顔を見合わせた。
「ベルが一人で十人分くらい働くから問題ないだろ」
「横暴だよ」
さっさと行け、ベルをあしらうラフの前でヨゼフは申し訳なさそうな顔をしながら去っていった。
一時間前。
『別に怒ってはいないさ』
所長室の中は暗く、されどカーテンの隙間から忍び込む朝日だけが、室内に一筋の光をもたらしていた。
ラフは古びたソファの上で腕を組み、ベルは同じくソファの上で気まずそうに目を逸らした。
『ただ、ロジーナ座が連合に加入しないのは残念だなと、私は構わんのだが、連合の幹部が煩くてな』
所長の口ぶりにラフはふんと鼻を鳴らす。
『残念なのは連合の爺たちの足らない脳みそと、ロジーナ座の収入を目当てにでもしないと先が危うい連合の経済状況だろ』
冷ややかな口調で言うラフを所長は苦々しげな顔で見つめながら口を開く。
『お前が意地と体くらいしか張るもんがなかった頃が懐かしいよ。可愛かったな、あの頃は』
今度はラフが苦々しげな顔で所長を睨みつけた。所長は満足そうにほほえむと、さらに言った。
『まあ、何のことはない。お前たちがギルド作って連合に加盟してくれりゃ、ロジーナ座から受けとるはずだった収益くらいはすぐに回収――』
『嫌だ、やらない』
言い終える前にきっぱりと声を上げられて、所長は眉をひそめた。
『この馬鹿以外とは組まない。どうしてもと言うならもうあんたには頼らないしこの街も国も出る』
『出てどうする』
『どうもしない。今まで通りひとりで生きてひとりで死ぬ』
『誰も生き死にの話なんざしとらんだろうに』
呆れたように言う所長の前で、ラフはそっぽを向いた。
『極端なんですよ、うちの相方は』
ずっと黙っていたベルが薄く笑みを浮かべながら言った。
『まあ、ギルドやら連合やらの件に関しては俺も同感ですがね』
軽薄そうな微笑みとは裏腹に淀みない口調で言われて、所長は舌打ちをしため息交じりに机の引き出しから紙の束を取り出した。
『さっさと確認しろ』
無造作にほとんど投げ捨てるようにテーブルへ置かれた紙束を手にするとラフは隅々まで一通り目を通してからベルに渡した。
『殺しか?』
『偵察だ。残念ながら』
やり取りを交わす二人を尻目に、ベルは一枚一枚にしっかり目を通そうと手元に視線を落とし、そこに書かれた名前に眉をひそめた。
『ヨゼフ・シュロート……』
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