『ちりこside』

第7話 あの腕のなかに

 離婚するための手続きの第一段階、離婚調停は私が手続きしたんじゃない。


 早く解決して新しい女とどうにかしたいアホ旦那が始めたことだ。


『俺はお前なんかに養育費も本当は払いたくない。だけど幼い子供たちを路頭に迷わせたくないから、払ってやる』


 これは旦那からメールで届いたメッセージの一つなんだ。


 私はまだまだ頭が混乱していて、浮気されていたショックから抜け出せていない。

 そんな気持ちを無理矢理早く切り替えようと、インターネットで離婚について調べたり、市の無料弁護士相談所に行ったりした。

 知識はあるだけ良い。

 子供達のためにも有利に交渉しなくっちゃ。

 ――でも後で私は思い知る。口下手でショックの渦中で足掻く私には、あまり、起死回生の戦力にはならなかった。

 頭の知識と怒りと悔しさがぐるぐる渦巻いて、口での攻撃はしどろもどろで交渉する話術が下手くそ。

 思いと目の前の現実が空回りしてる。

 焦りと悔しさだけになった。

 もぬけの殻で、悲しみだけが残った。



 月一回ペースで裁判所で話し合いが行われるんだけど、まず年配の二人の調停員の冷ややかな態度に戸惑った。

 

 調停員の第一声は「離婚するかしないかは当人同士の意思で、二人とお子さん達にとって一番良い道を探していきましょう」なんて言われて気を許しかけた。


 そのあとは、ものすっごく偏見的で旦那側の意見しか聞かない調停員にかなり嫌な思いをした。

 二人の調停員からの言動に深く傷ついた。

 寄り添わないあんたが悪いとか、浮気ぐらい許して我慢しろだとか。

 あんたが『二度出産して体型が変わったのが許せず、女として見れない。もう愛せない』と旦那が言っていると、調停員から告げられ屈辱的だった。


 旦那が養育費を払うだけありがたいと思えともいわれた。

 養育費の金額が安いのも基準の数値は40年以上前に出来たものだからしかたないだとか。

 不満ならナントカ運動でも起こしてあんたが世の中を変える努力をしろとか、法律に疎く何も後ろ盾のない母親一人の力では到底無理じゃないかと思うことをツラツラと言われた。


 大体アホ旦那に選択肢はない。

 浮気して裏切った側が擁護されるなんてひどいと思った。

 とんでもない。

 だが、それが世間の、しかも法律にのっとった常識や間違ったパワーバランスなのだった。

 男尊女卑もいいとこ。

 腹立たしいのに、上手く言い返せない。

 親子三人できちんと三食御飯が食べられて、幼稚園や学校にきちんと行かせてあげられる。そんなまともな生活がしたい。

 ささやかでも安心して子育てしながら暮らしていきたい。

 そんなに贅沢なことだろうか。

 なにか私がいけないことをしたわけじゃない。

 追い詰められるのは母親、旦那は好き勝手に生きたいように生きてる。

 いまだ仕事に就けずに無職で、生活力のない私は、どうしたら良いの?

 これがシングルマザーの現実なんだ。

 

 浮気されるアンタが悪いとも言われた。

 悔しくて、惨めでたまらない。


 あ〜私、気持ちが参っちゃっているな。


 ……あったかかった。勝也先生の腕のなかは安心出来たなあ。

 

 お父さんもお母さんも何年も前に病気で死んじゃってるし、一人っ子で相談出来る人は全然近くにはいない。

 

 旦那の仕事の転勤でここに住むことになって。


 学生時代の友達に相談するのも気が進まなかった。

 なんだかさらに惨めで。

 

 一人で責任があることを決断しなくちゃならないプレッシャーがずっとあったから。


  心が……折れそうで。


 勝也先生に抱きしめられた感覚が、じわじわと甦ってきた。

 勝也先生の顔が浮かんで。

 抱きしめられた時を思い出す。

 ほんの少し、少しだけ元気になってくる。


 まずは、そうだ。何よりも優先して仕事探しを頑張ろう。


 そう思える元気と踏ん張る力を勝也先生がくれた。

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