第13話 カーリーと禁断の地 1
ぽっぽっとカーリーは何故旅をしているか話し始めた。
「私は人間の女性を愛し、少しでも長く一緒にいたくって、禁断の地、延命の泉と呼ばれている泉がある所に足を踏み入れてしまったの」
語尾辺りは顔を上に向け空を見るようになっていた。
「バカだった。そこにある泉の水を飲めば寿命が延びるっていうことだけ信じて、後のことを考えてなかった」
妖精族と人間とでは寿命が全然違う。
少しでも縮めようと愚かなことをしてしまった。
今は後悔しかない。望みを叶えたい一心だったとはいえ。
あの地を訪れるということはどういう事態を起こすか、いい伝えで知っていたのに。
だが所詮はいい伝え。
どこまで真実かは謎だった。デマであることにかけた。
もしあれがあっても持ち出さなければいい。
こんな安易な考えでいた。
「でね、妖精王の罰をくらったの」
恋人と引き離され、きっちりと後始末を済ませなければ幽閉されている恋人と会うことを禁じられる。
「禁断の地って?」
知らない言葉にオリビエは、それをそのまま呟く。
「本当にそんなことをしたのか? 罰を与えられたということはいい伝えは本当だということなのか?」
隣を歩いていたハスラムは違っていた。
声は震え、目は見開いている。そうそうなことでは感情を表さない者が。
「かなりいけない場所なんだ」
ハスラムの様子にオリビエは怯えのようなものを感じた。
「二人の寿命の差を少しでも縮めたくてね」
「入れたのか?」
理由よりも実行をしたという行為が大変なことだった。
ハスラムは怒りを感じていた。
「うん。けど他の所には近付いてないから」
目を瞑り、声も重く低い。本当に後悔をしている仕草だった。
「って、オレ分かんないんだけど」
オリビエからすれば話に全然入れない。
「私はね、今の世では入ってはいけない場所に入って、おそらくこの世界に災厄をもたらすだろうことをやってしまったの」
「え!」
さすがのオリビエも固まる。
ハスラムの様子もだが、妖精族、カーリーのとんでもない発言に事の重大さを感じた。
「何が起こるんだ?」
隣のハスラムにこっそりと耳打ちする。
カーリーに訊くのが悪い気がしたからだ。
「古代戦争の元凶になった聖魔剣が封印されている場所なの。かの地に触れるものが現れし時、大地は乱れる。こんないい伝えのある場所」
「いい伝えだろう。本当か嘘が分からない。それに聖魔剣なんて伝説の物で実際は存在しないっていわれているよ」
慰めるのではなく、自分の知っていることを口にした。
「私もそう思っていたの、剣に関してはね……ね」
災厄の元は聖魔剣。そんなものは無いとふんでいた。
「けどね、妖精界の反応は、でもないみたいで」
暗すぎる表情のカーリーだった。
どうやらいい伝えは真実のようだった。
「で、泉の水は飲めたの?」
そんな危険を冒してまでやりたかったことだ、できれば成功していてほしい。
ことの重大さよりもオリビエはそっちが気になっていた。
「うーん、飲めたけど。これもいい伝えだから、どこまで効くかね」
さみし気な笑みだった。
「オリビエは責めないのね」
「責めるとかいわれてもな。やったことはダメだけど、そうしなきゃあならなかったんだろう」
冷静になればとんでもないことだが、その時の状況や心情で判断基準が変わる。
自分もよくやっていた。
「優しいね。けど、被害の規模が違うからね。このことで他のものに迷惑がかかるってことは、あの時は考えてなかった、抜け落ちていたの。ただただ、少しでも長くアリスといっしょ緒にいたかったから。情けないわね」
水を飲み、二人で妖精の里へ帰るや捕らえられた。
別々に牢に閉じ込められて、二人は現実を突き付けられた。
禁断の地のいい伝えは本当で、妖精界が管理している地だと知らされる。
そして、聖魔剣が現実にあるということも。
封印地に誰かが入ることが解くカギだった。
「聖魔剣を見たの?」
関わるだけで大地が乱れる。
いい伝えのこの部分が気になる。
聖魔剣が封印から解かれたことを世間に知られると、奪い合いが起こるのだろう。
欲するものは、権力や魔力がかなりあるものたちだろうから。
聖魔剣。
この大陸を絶大な魔力で恐怖支配していた紫の一族が、その英知を結集させ作った魔力を秘めた剣だとか、魔族と契約して強大な力を秘めた剣など、特に権力を欲しがるものが喉から手が出る程欲しい存在になっていた。
聖魔剣の加護があったから、古代帝国と今では呼ばれている紫の一族が支配していた国が栄えた。
だが、支配の方法に疑問を持った一部の紫の一族により剣はどこかに封印され、恨みを持つ人民により国は滅ぼされてしまった。
のちの世で聖魔剣は探されたが、所在地は分からずで、今にいたっては、剣と呼ばれているが正確な形状も不明だった。
いつの間にか、他種族が保護していると伝えられるようになっていた。
おそらく、魔力が強く悪ではない種族、妖精族が。
「見てないし、持ち出してもないわ。あるなんて思ってないもの。目的は水のみだから」
こじんまりとした洞窟内にカーリーの手を大きく広げたぐらいの泉があっただけ。他に目にした物は、小ぶりな岩ぐらいだった。
「姿というか剣や宝なんてものは無かったわ。だから、聖魔剣なんて、ここにはないって思ったの」
もしその時に目にしていたら、絶対に近付きはしなかっただろう。
万が一封印から解いてしまってもすぐに扉を閉めて封印をやり直せばいい。
要は外に出さなければいいのだ。
妖精族に伝わる最強の封印術をカーリーは使えるようになっていた。
「けど存在したのよね。形があってないみたいなものなんだって。でね、長老たちにいわれたの、今ならまだ封印から解かれてその場にいるはず。寝ぼけているはずだから、さっさと封印してこいってね」
目覚めると起こる現象が何個かあるらしい。それがまだ一つも起こってなかったのでチャンスだと。
「なのに、私うかつだったの」
はぁー! と大きなため息をつく。
「変な石が勝手に付いてきていたの。その石が聖魔剣に関わっているなんて」
その場に座り込んでしまった。
石が目覚めたら起こる現象の一つだった。
けどまだ一つ、がんばれとなった。
「そんな危険物を起こしてしまったから、手遅れかもしれないけど、それを返してまた封印状態に戻ってもらおうかと、後始末をしている最中なの」」
「それって?」
「うーん、オリビエは、知っちゃあいけないの。これ以上あなたたちを巻き込みたくないから」
「うん」
落ち込みがひどいカーリーをどう慰めていいか分らないオリビエは素直に頷いた。
「聖魔剣は、持つ相手を選ぶらしいが?」
ハスラムも正確なことは知らなかった。
「そうね、今伝わっているのは剣に認められ所有したものが、全ての力を手にできる。だから大陸制覇もできる。魔力も相当秘めた剣らしいから、大陸制覇ではなく、大陸破壊なんかに使われたらこの大陸は終わりね」
「すごく危険な剣だね」
興味はあるが、近寄ると大やけど負うタイプの物だ。オリビエは、関わりなくいたいと心底思う。
「そうね。で、剣が意志を持っていてね、自分の気に入ったものの手に渡るように使者を選ぶのよ」
「誰かを運び屋にするってこと?」
自分で歩けというか、迎えに来てくれたものを認めろとなる。
そこに至るまで、迎えに来たものも相当な苦労をしているはず。
あなたは違うでは、辛いだろう。
「そうね。気に入ったもの以外は、ただの剣というか、私本当の形態知らないけど、ただの何かってところ」
「わがままな奴なんだ」
「聖魔剣などいい伝えだけの存在になりつつあるからな。今では魔術関係のものか宝探しの連中ぐらいしかあるとは信じていない。オーリーも名前だけは知っている程度だろう」
「うん。実在するなんて思ってなかった」
「けど、知るものは知るだから、故意からか色々ないい伝えができているわ。困ったものだよね」
欲しいものたちが、自分たちが手に入れやすくするために存在自体を嘘か本当か混乱させていた。
「だから存在を信じているものの間では、紫の一族の残した魔力を秘めた最上の宝ってことになっているのよ」
宝探しの冒険者の間では、紫の一族の宝を伝説や残された古地図などを手にがんばっていた。
「紫の一族の宝か、一つ見つけたら国を作れるほどの金か力をくれるって、フェリオがいってた」
傭兵の相棒の名が出る。
今も休みを利用して昔の宝探しの仲間と、いい宝が眠っているかもしれない場所が記された地図を手に冒険に出ていた。
「オレとしては、力があり過ぎるものなんて、手に入れたらロクでもないことしか待ってないと思うよ。紫の一族も聖魔剣の力を過信していて、国を滅ぼしたっていわれている」
国民を魔力と権力で抑えつけていたと聞いている。
人の心を掴まずして統治などできない。
「目覚めていても本体を持ち出してないから、もう一度寝てもらうチャンスはあるよ」
カーリーに付いてきた石がそうならば、別の現象も起こっているはず。
「そうなんだけどね。目覚めるってことが問題らしいの。意志を持つ何かだから意志だけが勝手に動いているかもしれないの。けど、本体と意志が合わさっての聖魔剣らしいから」
「……、意志がって、思念っていうもの?」
「そう。思念だからか、形はそれを受けたものが勝手に作るのよ」
「運び屋が感じた形ね。で、一人でうろうろしているか。あ!」
変過ぎるが、オリビエはとんでもないことに気付いた。
「なあ、ハスラム」
次の言葉が出ない。
「まだオマエの手に出る物がそうとは限らないから安心しろ」
不安なのは分かるが、この先はいうなとハスラムは止める。
魔術の修行をやりながらオリビエの剣のことをずっと調べていた。
聖魔剣という最悪な場合もあるが、他の事例でもあのような現象が起こることはあった。
「どんなものでもオレとオマエで片づけろと父さんにいわれているだろう。だから、オレは魔術の修行を頑張っているんだ、安心しろ」
不安からか力ないオリビエの肩を引き寄せ頭を撫ぜる。
子供の頃から頭を撫ぜると落ち着くのだ。
「いいか、オレだけを信じればいい」
なんだかんだといいながらオリビエに甘い自分が分かる。
代われるものなら代わりたい。それができないから助けるために力をつけてきた。
「うん」
ハスラムは嘘をつかない。どんなに厳しい現実でも。
そして自分も。
子供の頃からの二人の暗黙の約束だった。
「ごめんね。もし朝に見た短剣がそうだったら、私も力になるからというか、一緒に片づけるから」
根源としては、責任を感じていた。
「そうと決まったわけじゃあないし。あの短剣はオレが子供の頃からあったから」
カーリーが禁断の地に入ったのは最近のことのようだ。
おそらく違う。
いや、絶対に違う! こう思いたかった。
「後始末の方法は?」
不安がある限り、早く解放されたい。ハスラムは手伝うことを選んだ。
「まだ禁断の地にいたら、封印をやり直すの」
「誰でも入れるのか?」
「大丈夫。門があって、そこのカギ穴のような場所に呪文を唱えれば入れるわ」
呪文がカギになる入り方だった。
「封印のやり直しは、前の魔法陣を復活させるの。ある石を使って」
「成功の可能性は?」
「まだ禁断の地で寝ぼけてくれていたら。完璧。でなかったら、ごめんなさいなの」
かなりキツイ術だったようで、封印から放たれてもすぐに動けないらしい。
「寝起きが悪かったらいいね」
「そうだと助かるわ」
だから少しでも早く禁断の地へ戻りたい。
「ある石が魔法陣の核なの?」
父親が魔法陣に精通していて、オリビエは子供の頃傍にいて理論や形など勝手に覚えていた。
「そうね。今は見せてあげられないけど。これを狙って色んな輩が来ているから」
「分かった。付き合うよ」
「いいの?」
「こっちもそうかもな状態だからな。それにいまさら別行動をとってもあの連中はオレたちも襲ってくるだろう」
あの短剣が聖魔剣という一番避けたい事態の可能性が高い。
自分の手元にはほとんど情報がない。
ならば、カーリーと動けば、解決が早いと思った。
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