<第4章 約束>

12.話さなくても

 翌日、叶依はリュートを連れて時織と夜宵に会いに行った。彼女たちは海帆から連絡を受けて昨日のテレビを見たらしい。

 PASTURE再結成までの経緯は昨日喋ったので、その話はほとんどしなかった。叶依が連れて来た子供の話になり、それから彼女らの現状を聞いた。

 嬉しいことに、二人とも婚約済みだった。

 結婚式に叶依と伸尋を呼ぼうと思っているが無理だろうと聞かれたが、

「いや、絶対行く!」

 叶依は景子に渡したのと同じような紙を二人に渡した。

「日とか決まったらここに書いて。私にわかるから。そういえば海帆はどうなったん?」

「わからん。何も聞いてないけど……」

「ふーん……ま、明日行くから聞いとこ」

 それからしばらく世間話をして、叶依は二人と別れた。

 叶依はまっすぐ帰らずに、史の実家へ行った。叶依とは別行動で伸尋が訪ねているはずだ。

「あー先輩、後ろ……」

 伸尋は教え子の直を訪問し、ちょうど帰るところだった。

「久しぶり、直くん」

「お久しぶりです……それ先輩の子ですか?」

「ああ。俺そっくりやろ?」

 伸尋が笑うので、直もつい吹き出してしまっていた。

 リュートは本当に伸尋と同じ顔みたいだ。

 直と別れて、二人は今度は母校へ向かって歩いた。

 ちょうど夏休みなので心配はしたが、運良く門は開いていた。守衛室のおじさんは二人の顔を忘れていなかった。

「へぇー。ほんとにそっくりだねぇ」

 彼はそれしか言わなかったが、何のことかはすぐにわかった。

 玄関を通って階段を上がり、二人は職員室へ行った。

「失礼しまーす……わっ!」

 ドアを開けた瞬間、叶依の前に誰かがいた。

「何やねんいきなり『わっ!』て。びっくりするやろ」

 姿を見なくても誰なのかはすぐにわかった。

 叶依を三年間も苦しめた張本人、田礼巻雄だった。

「あセンセ……ぶっ……はは」

「何笑ってんねん?」

「別に……何もないです。ははは」

「おまえ、おかしいぞ。若崎も久しぶりやな。元気か?」

 田礼は伸尋を見て笑った。けれど伸尋は笑わなかった。その間に叶依は職員室の中に知原を見つけ、中から笑い声が聞こえた。

「センセー! お久しぶりです!」

「あら! 叶依ちゃん! それ……ええ? なんか……」

「伸尋そっくりやろ?」

 やはり知原も、直と同じように吹き出していた。伸尋も入ってきたとき、知原は二人を見比べた。

「叶依ちゃーん……元気だった?」

「はい。すごい久しぶりですよね。前会ったのいつやったかな?」

「えーっとあれは……クラブ見てもらったときじゃなかった?」

「そんな前なん?」

「多分そうやろ。あ、Pin*lueで来てなかったか?」

「あぁ来たかも……もう忘れたわ。わからん」

 職員室で話しているとうるさいだろうと、場所をピロティーに移した。

 叶依が地球を離れる頃、知原は叶依から手紙を受け取った。それを最初は信じられなかったが、寮母の須崎綾子や伸尋の祖父母に聞いてやっと理解出来た。それまで切れ切れになっていたことの辻褄もあった。

 知原が二人の身分のことを聞かなかったのはその理由があるからだ、叶依はそう思った。

 二人があれからどんな暮らしをしているのか、友人たちがどうなっているのか、そんな話ばかりを続けた。

「そうや先生、田礼ってどうなってんの? まだ独身なん?」

 大体予想はついていたが、なんとなく聞いてみた。

 やはり予想通り、田礼はまだ独身だった。

「あいつが結婚することのほうが信じられへんよな」

「あいつって……そんなこと田礼先生の前で言ったらあかんで」

 知原は伸尋を怒ったが、顔は笑っていた。

 高校を出る時に寮に寄って、須崎綾子にも挨拶に行った。

 彼女はステラ・ルークスの人間なので特に何も話すことはなかったが、

「あ! 叶依!」

 帰ろうとしたとき、誰かが外から叶依を呼んだ。

「ん? あー! 紗智子?」

 叶依の昔の友人だった。

「久しぶりやな。連絡してないからおらんかったらどうしようかと思ったけど」

 そう言って紗智子の後ろから現れた裕之の足元には──。

「ええっ……いつの間に?」

 紗智子と裕之の間には女の子が出来ていた。彼らは結婚式を挙げなかったらしい。

 時間がなかったのであまり話さなかったが、彼らがここへ来た理由はわかっていた。

 質問に対する答えもわかっていたのか、紗智子と裕之も世間話しかしなかった。

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