9.二十年前から
「そういえば俺の誕生祝はどうなったの?」
「そうだ……今日って海輝の誕生日だ」
言ってから立ち上がった冬樹は、傍に置いてあったギターを持ち上げた。
「叶依もほら、それ持って」
何年か前のこの日も、叶依は海輝にバースデーソングを歌った。
あの時はまだプレゼントを用意出来ていなかったから適当に流したのだが、今回は違う。あの時は伸尋との約束を破ってしまっていたけれど、もうその心配はない。
「あ、冬樹、そのビール取って」
「はいはい。……って、待て叶依!」
「何よ? また私があれ作るとでも思ったん?」
「思ったよ! そうじゃないの?」
あの『酒ビール茶漬け海輝風酢の物入り』の脅威を知っているのは海輝だけではなかった。
作った張本人はその味を知らないのだが、いつか珠里亜が飲んだ時は横に冬樹がいた。味にならない味らしく、珠里亜がなかなか元気にならなかったことは絶対忘れない。
海輝は自分で作って飲んだので誰も心配はしていなかった。何も言わなかった彼の両親がどう思っていたのかはわからないのだが。
「叶依それ……まさか俺に飲ませようってんじゃないよね?」
海輝はちゃんと座っていたのだが、嫌な予感がして叶依からちょっと逃げた。
ビールを受け取った叶依の手元には酒入りのグラスが用意されていたのだ。
「逃げんでも良いやん! あーあ。せっかくクッキー持ってきてあげたのに」
「やっぱ飲ませるんでしょ! なんでいっつも俺なんだよ」
「だって今日は海輝ょんの誕生日やん。これ祝い酒やし。もともと作ったの海輝やで? 打ち上げの時に自分で間違えて」
流石にご飯と梅干、それからお茶と酢の物はなかったが、叶依は酒ビールを完成させて海輝の前に置いた。
「これ飲めって言うの?」
「お願いします」
「嫌って言ったら?」
「飲んでくれるまで頼みます」
「寝ちゃったら?」
「寝かせません」
「……朝になっちゃうよ?」
「構いません」
叶依と海輝が言い続けるのを聞いていても仕方ないので、冬樹と海輝の両親は珠里亜のことを話し始めた。
冬樹は子供たちの写真を持ってきた。叶依の子供は伸尋にそっくりだったが、珠里亜の子はうまい具合に二人の特徴が混ざった感じだった。冬樹の今現在の生活について話していると、海輝の話にもなった。けれど彼はまだ叶依との口論が続いており、話に呼ぶわけにはいかず、冬樹が勝手に話した。海輝は多分結婚しないだろうと言うと両親はすこしがっかりしていたが、驚きはしなかった。理由を話す前に納得していたのは、今現在海輝がどういう状況なのか、彼らがちゃんと理解している証拠だろう。
その晩、海輝の両親と冬樹が部屋に戻っても、叶依と海輝は口論をやめなかった。
どうせそのうち嫌でも会えるのに。
「あの二人、いつから仲良いか知ってます?」
部屋に帰る途中、冬樹が両親に聞いた。
「いつからって……叶依ちゃんが初めて来たのは……十三年前?」
景子が答えたが、冬樹は「実は違うんですよ」と笑った。
「もう二十年くらい前かな? 僕らがまだ中学だった時に大阪行きましたよね?」
その時に小学生の叶依と出会ったが、後の事故で記憶を失って云々。
その話は後日することにして、冬樹はとりあえず一人になった。
携帯を出して珠里亜に電話──
『あぁダメだ……どこに行くか言ってなかったんだ……』
いつまでも喋り続ける海輝と叶依が羨ましかった。
それから一週間、PASTUREはナンプに滞在し、今度は東京へ向かった。ただし、OCEAN TREEは行方不明ということになっているので叶依が魔法で姿を隠して。
透明人間になるのはあまり気持ち良いものではなかったが、報道陣に見つからないのはすごく嬉しかった。
三人とも海輝の家で数日過ごし、八月中旬のある夜、ステージに立った。
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