<第3章 告白>
8.逆らえないもの
「ハッピバースデーディーア海輝ー、ハッピバースデートゥーユー♪」
北海道・南富良野のとある家では、その日だけは特別だった。
家の主である洋も早々と帰宅し、息子の誕生日を祝っていた。
そしてそこには数年前までは考えられなかった人物がいるのも不思議ではなかった。
「はい海輝、またおじちゃんに近づいておめでと」
こんな嫌味な祝福をした叶依は彼にお菓子をプレゼントした。
海輝は叶依に嫌味を言われたことでかなりショックを受けていたが、
「おお! これほんとにくれるの?」
叶依が贈ったものは、ステラ・ルークスで海輝が大絶賛したクッキーだった。
「ちょ、みんな、これ食べてみてよ! ほんとに美味いから!」
海輝は早速包みを開け、両親と冬樹に一つずつ差し出した。
PASTUREがこの家に戻ってきた日、叶依は海輝の両親に真実を告げた。自分と伸尋、それから寮母と祖父母は『夢幻の扉』でやっていた通りステラ・ルークスの人間である、と。
二人ともかなり驚いた様子で、しばらく何も言わなかった。
「お母さん、手紙くれましたよね?」
叶依が言ったのは『ナンプからの招待状』のことだった。『今年で海輝は三十五になります。区切りが良いので久々にうちでパーティーしませんか? まだ海輝には言っていないのですが……。お忙しいとは思いますが、良い返事をお待ちしています』手紙にはそう書かれていた。
「ええ。海輝に頼んで……あれ? 叶依ちゃん……」
「おばあちゃんが『海輝に頼まれたって』って持ってきてくれました」
横で聞いていた海輝は黙って頷き、冬樹は何もしなかった。
「正直びっくりしました。まさか私のこと覚えてると思ってなかったから」
「忘れるわけないじゃない。自分の子だと」
「母さん、叶依は俺と冬樹と友達以外から自分に関する記憶を消してたんだよ」
海輝の言ったことが信じられないのか、景子はまた言葉を失った。
「海輝の言う通り……私が消えてから騒ぎになるのが怖かったから。自分が地球人じゃないって知ったのが高二の冬で、それから友達と、あとこの二人には……仕事の事もあるから言ってたんですけど……ごめんなさい黙ってて。それで……戻る時にその何人か以外の人の記憶を消したつもりだったんですけど」
「 私とお父さんのは消せなかった ……?」
叶依は頷いた。
「消せなかったというか、消す対象に入ってなかったんかな。その時は消したと思ってたけど、手紙もらってびっくりして……考えて出た結論なんですけど。友達とかと二人だけじゃなくて、お母さんとお父さんにもお世話になったから」
「つまり……自分のことを忘れて欲しくない人の記憶は無意識に残してた、ということかな?」
ずっと黙っていた洋が口を開き、叶依は「そうです」と答えた。
叶依に届いた“ナンプからの招待状”の差出人が海輝の母親だと知った時、叶依は自分の力を疑った。
以前に実の母親から『王と王妃の魔法は完全だ』と聞いていたからだ。自分の記憶を消したはずの海輝の母親から手紙が届いたことが不思議だった。
そのことをアルラに相談すると、彼女はこう言った。
「どんな魔法でも、かける人の本心には逆らえないのよ」
「えっ……それって……」
「カーナ、あなたと長く一緒にいた人は誰? 愛された人は誰? わかるでしょう?」
叶依が信頼した地球人は友人たちや海輝・冬樹だけではなかった。
北海道での叶依の家族もそこに含まれていた。
「私すごいこの辺、南富良、ナンプ好きやのに……。ごめんなさい、本当に。言っとけば良かった」
「謝らなくて良いわよ。叶依ちゃんが私たちのこと信頼してくれてたってわかって嬉しいし。でもそのステラ・ルークス? ドラマでしか見てないからよくわからないんだけど……綺麗なところなんでしょうね」
「あ、そうだ、写真あるよ写真!」
海輝は一旦部屋から出て、前に撮ったステラ・ルークスの写真を持って戻ってきた。
写真を見ているうちに、それまで暗かった部屋は明るさを取り戻した。
叶依の子供の写真を出した時、やはり景子も洋も、口をそろえて伸尋そっくりだと笑った。
「ほんとにこのクッキーも美味しいわね。私もここに行きたいなぁ。行って良い? ダメよねぇ」
「良いですよ。もうすぐ地球と交流始めるから──」
叶依は景子に一通の封筒を差し出した。
「お母さんはナンプに招待してくれたから今度は私が招待します」
「父さんも良いんでしょ?」
海輝が叶依に聞いた。
「うん。交流できるようになったら手紙書きます、っていうか、その中の便箋に文字を出します。それで返事書いてくれたら私にわかるようになってるんで……待っててください」
叶依があまりに笑顔で言うので、景子は嬉し涙を流していた。
「向こうのほうが空気濃いから帰って来た時しんどいかも知れんけど……海輝と冬樹もそれほどでもないって言ってたから多分いけると思うんで。来てくださいね」
「ええ、必ず。楽しみにしてるわね」
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