7.不確かな情報
冬樹失踪から約一ヵ月後のある八月の夜。
東京の家に戻った珠里亜は久々に苦手なパソコンに電源を入れてみた。
もしかしたらパソコンにメールをくれているかも知れない、そう思った。
メール自体はかなり溜まっていたが、冬樹からのものは一つもなかった。
そのまま閉じるのも虚しいので、メールを読んでみた。
「あれ? 何これ……全部同じようなこと書いてある……」
大量に届いていたそのメールの差出人は全て違っていたものの、書かれている内容は二つに分類できた。一つは『元OCEAN TREEはどこへ行ったのか』、そしてもう一つは──。
「うそぉ! そんなことないって! だって叶依って確かみんなの記憶消して……」
もうひとつの内容は、『八月に一日だけPASTUREが再結成されるって本当ですか?』だった。
けれど、叶依が惑星に戻る前にみんなの記憶を消していたはずなのでそんなことは考えられなかった。
「えーそんなん知らんって……叶依も海輝ょん連れて行ったまま帰ってないんやろ? 向こうで三人集まるにしても冬樹っちゃんがどーやって行くんよ?」
あの扉は惑星人でないと開くことが出来ないと俊之が言っていたし、海輝を連れて行ってから叶依の姿はもちろん、冬樹の姿も誰にも確認されていない。
「はあ? うそお?」
OCEAN TREEとして活動していた頃のまま残されていた彼らのホームページには『OCEAN TREE、若咲叶依とPASTURE再結成決定!』と大きな字で書かれていた。
「ちょっと待って! なに? どーなってんのよ?」
予想外の事態に、珠里亜は慌てて家を飛び出した。
自分でもどこへ向かっているのかわからずに走っていたら、海帆の家についた。
「なによ珠里亜こんな時間に?」
「いーからネット見て! 冬樹っちゃんのサイト!」
機械嫌いの珠里亜からそんな言葉が出ると思っていなかったのは史も同じだった。
パソコンで書類を作っていた史は一瞬嫌な顔をしたが、冬樹という言葉を聞いてすぐ言う通りにした。
「はぁっ? うそやろ?」
「何なん……?」
部屋の入口でゼイゼイ言っている珠里亜を無視して海帆もパソコンを見る。
「えっ、叶依? ちょっと待って、叶──痛っ!」
史が海帆の頬を思いっきりつまんでいた。
「嘘ちゃうんや……」
PASTUREが一日だけ再結成されるという話は本当らしかった。
OCEAN TREEのサイトはその話題で盛り上がっていたし、ライブは八月中旬に都内であるという情報も入っていた。
「うわ……CMもあるらしいで」
PASTUREが都内でのライブを予告しているCMを見たと言う人もいた。
叶依の友人たちがまだ誰も見ていないので確信は出来なかったが、信じるしかなかった。
「やっぱり冬樹っちゃん叶依と一緒やったんや……」
「でもおかしいって。叶依ってみんなの記憶消したんやろ?」
PASTUREの再結成は良いが、それ自体がおかしかった。
叶依やPASTUREに関する記憶は自分たち以外から消されているはずだ。
「なぁ、前に海輝が手紙持ってきたとか言ってたよな?」
史はパソコンの画面を見つめたまま、海帆と珠里亜に聞いた。
「うん。でも誰からなんかわからんねんて」
「俺の予想やけど……それとこれ関係あるんちゃん?」
「え?」
史は椅子に座ったまま、百八十度向きを変えた。
「手紙出したんは誰かわからんけどさぁ、持ってきたのがあいつなんやから繋がるやん」
海帆も珠里亜も、何も答えなかった。
「伸尋の家に持って行った時は知らんかっても、あいつに関係あることやったら叶依絶対言うやん? あの二人が消えたのって同じ頃やろ? 海輝が叶依に聞いた事を冬樹に言って……それであっち行ったんちゃうん?」
「でも誰も冬樹っちゃん見てないんやろ?」
珠里亜が言っていることは正しかった。
叶依と海輝は六月に向こうに行ったきり、本当に、帰っていない。
「そうか……でも何か関係あると思うで俺は。あいつら出会ったのって八月やろ?」
「でもそれって北海道やん? ライブは東京って書いてあるで」
海帆が言うことも正しかった。
けれど史も史で、自分の言うことに間違いがあるとは思えなかった。
「あーもー俺わからん。でも何か引っかかるんよなぁ。そもそもなんであいつら出て来るんや? 記憶戻したんか? でもわざわざそんなことせんでもな……やっぱ手紙やって」
*
──叶依、ほんまに良いんか?
──おもしろいやん。久々に困ってる珠里亜も見たいし。
水晶で友人たちの姿を見ながら、やはりカーナは笑っていた。
一緒にいたはずのOCEAN TREEはどこかに出かけていた。
──なんか悪いよな、史に。
──うん、それは思う。でも史に言ったら珠里亜にもバレるし……。
──おまえ、どんだけ片瀬苛める気なん?
──ははは。もうずっと。生きてる限り。
そんなうちにOCEAN TREEが戻ってきて、ちょっと話をしてから四人でライブの進行を考えた。
──やっぱ最初は『seal』か? 封印解くんだし。
冬樹はいつもの笑顔を見せていた。
他の三人も、いろんな意味で笑っていた。
──絶対それ! で……どうしよっかな。あ、私一人でやるとかナシ?
──何するの?
──『field goal』。『フィールド』のアレンジしたやつ。
──Remixじゃないの?
──ううん。アレンジ。敢えてアレンジ。
久々にこんな話が出来て嬉しいのか、叶依はずっと笑っていた。
もちろん『夢幻の扉~field of dream~』も候補に挙がった。
PASTUREではない伸尋も会議に加わり、たまに雑談に走りはしたが、納得のいくリストが出来上がった。
叶依がナンプに招待される数日前の深夜のことだった。
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