2.大切な思い出

「もう三十……今年五だよ? 俺お前の子に『おじちゃんとけっこんしてくれるひといないの?』って言われたもん。もー……いつか冬彦泣かすっ!」

 元OCEAN TREEが久々に顔を合わせたのはそれから数日後の夜だった。

 叶依がいれば例の飲み物を作っていたかも知れないが、二人が注文したのはビールとおつまみだけだった。

「ごめんね、あいつ生意気だから。そういえば叶依は元気なの? 伸尋と子供も」

「まぁ元気よ。って……年末年始は忙しいみたいで先月行ってないし今月も行けないけど」

「じゃ二ヵ月くらい行かないの?」

「うん。季節は一緒なんだけど年末年始が二ヵ月あるんだって。そうだ、お前に会いたそうにしてたよ」

「僕に? 珠里亜じゃないの?」

「そう、お前だって。時々水晶で見てるらしいよ。良いダンナになってるって」

「そんなに良いか? 普通だと思うけどな」

 冬樹は苦笑いしながらビールをコップに注いだ。

「伸尋もそれなりに頑張ってるかな。もうしばらくしたら本格的に交流するって言ってるし」

「へぇー。王様の威厳とかあるの?」

「うーん……着てる服がすごいからそれっぽい感じはあるんだけど……威厳っていう威厳はないね」

「はは、ないんだ。あ、子供は?」

「そうそう、その子供が伸尋そっくりでさぁ! でも耳は俺なの」

「耳? 耳って……ear?」

 冬樹は笑いながら自分の耳をつまんでみた。

「そう、ear。遺伝とかではないと思うんだけど……あ、今度写真撮ってくる!」

「あ、ホントに? 珠里亜もそれ喜ぶよ」

 特に用事はなったが、たまには差しで飲もうと冬樹が海輝を誘った。

 海輝のスケジュールがわからなかったのでダメかもしれないと思ったが、海輝はそれほど多忙ではなかった。

「それにしても俺ら二人で飲むのってかなり久々じゃない?」

「あーそうだ。いつ振りだろう……ここ数年は飲んでないよね? だから……」

「三十五引く二十二は……十三年振り?」

「えっ、もうそんなになるの?」

「なるんじゃないの? だってあれでしょ? 叶依と会ってからはずっとあの子呼んでたから」

「あ、そっか。それプラス……最初に叶依と会った時、僕ら十五だったから……」

「もう二十年? 時間流れるの速いねー」

 中学生のOCEAN TREEと小学生の叶依が出会ってから、もうすぐ二十年が過ぎようとしていた。

 二十年の間に叶依はギターをしながら小中高校を卒業し、伸尋と結婚してステラ・ルークスに戻った。

 冬樹と海輝も同じように高校を卒業してOCEAN TREEを結成、札幌を中心に活動を続け、後に解散した。

 人生で最も波乱万丈だったあの二十年間が、三人にとっては一番大切な思い出だった。

「でももう出来ないからねぇ……PASTUREのこと覚えてる人もいるかわかんないし」

 叶依が伸尋とステラ・ルークスに戻る前に記憶を消してから、ラジオやテレビでも、叶依はもちろん、PASTUREのことを言い出す人はどこにもいなかった。もしいたとしても困るだけなので出て来ないほうがむしろ良かったが、叶依と伸尋の存在を忘れられない人々にとって、それは大きな悲しみでもあった。

「それじゃまた、写真よろしくね」

 酔っていたので二人はタクシーで帰った。冬樹は帰宅してから珠里亜や子供たちに囲まれて楽しく過ごすことが出来たのだが、家に帰っても誰も待っていない海輝はただ部屋に飾ってある写真を眺めて過去を思い出すだけだった。

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