18:それから

 夜会を終えた後、僕達はフェスカ侯爵家の応接室サロンのソファーに座っていた。

 クラウディアを囲うだけの予定だったのに、先走りプロポーズしてしまった事で話が大きくなってしまったのだ。


「お前がそんな早急に事を決めるとは思わなかったぞ」


「いやー良いモン見せて貰ったよ!」

 苦笑する義兄と楽しげなモーリッツは対象的だった。


 僕の隣に身を寄せるように座るクラウディアは、モーリッツを間近にしてもすこしも動揺することは無く、終始毅然とした態度で応対している。

 先ほど「平気なの?」と、小声で問い掛けてみたら、とたんに機嫌が悪くなり、脛を蹴り付けられた挙句にそっぽを向かれてしまった。

「お前は馬鹿か?」と、これは父の台詞だ。

 むぅ……



 暫く経ち、フェスカ侯爵家の執事より来客の知らせが入った。

 現れたのは、クラウディアの両親であるヴァルター公爵と公爵夫人だった。ことが結婚に至った事から、急遽連絡をしご足労願ったと言うわけだ。

 それを受けて、義兄とモーリッツの両名は退室していった。


 お二人を前に居住まいを正し、僕が改めてクラウディアとの結婚の許可を願い出ると、ヴァルター公爵は、「娘の婚礼など、決まる時は一瞬なのだな」と、ソファーに深く座りながら感慨深く呟いた。

 そして、「娘をよろしく頼むよ」と握手を求めて僕の手を力強く握りしめた。

「もちろん、必ず幸せにします」

 こちらも力の限り握り返しておくと、盛大に笑われた。







 父と母に許可を貰ったことで、ディートリヒはホッとして緊張が解けたようだ。


 フェスカ侯爵から本日の件について打診を受けると、後日で良いというのに父はすぐに向かうと言って聞かなかったそうだ。

 大層迷惑をかけていたのだなと、改めて申し訳なく思う。


 両親らはこれから今後の予定について詰めるといい、わたしたちは別室に移動することになった。

 移動先の部屋には、モーリッツ様とアウグスト様が待っていた。


 わたし達が部屋に入ると、モーリッツ様は立ち上がりこちらに向かって歩いてくる。

 そして彼はディートリヒの肩に手を置き、

「俺にはどうやっても出来なかった事だ。改めて感謝するよ、ありがとう」

 そこには彼が普段から見せているおどけた感じは一切無く、とても真剣だった。


「こちらこそ。彼女を残しておいてくれて感謝しますよ」

 対してディートリヒはニヤリと笑っておどけた台詞を返していた。

「言うじゃねえか、はははっ!」

 彼はバンバンと音がなるほど肩を叩いて笑い、ディートリヒも「痛いですって」とお互い笑い合う。


 男同士と言うのは簡単でいいわね、と呆れ気味に呟いた。






 後日のギュンツベルク邸。

 何故か、母の開いたお茶会に男の僕が参加することになり、ソファに座らされている。

 同じソファの隣には、先日正式に婚約を交わしたクラウディアが座っていて心強いのだが、しかし他の参加者を見るとげんなりとする。


 まず本日のお茶会の主催者である母。そしていまだ里帰りで実家滞在中の姉のディートリンデ。さらに夜会の会場をお借りしたフェスカ侯爵夫人に、クラウディアの母の公爵夫人だ。


 と、ここまでは良い。

 しかしあと二人が問題だ。


 なぜここに王妃様がいらっしゃるのか?

 ついでに、王女様も……


 お二人が揃って子爵家風情が開くお茶会に出席されるなど、前代未聞なのだ。

 いや今更理由が分からないフリはやめようか、今この場に至っては王妃様と王女様ではなくクラウディアの伯母と従妹として参加されているのだと……


 だからと言って、先ほどから続けられている話の内容はつらい。



「断りも無く女性の唇を奪うとは何事ですか!」

 と、母は大層お怒りであったが、周りは違うようで、


「私も見たかったわ、ねえリッヒ、もう一回やってくれない?」

 そのシーンを見ていなかった姉の言葉に、同じく見ていなかった王妃様らが同意すれば、


「口付けの後に『クラウディア嬢、愛しています』ですってよ、キャー!! 若いっていいわねー」

 ご丁寧にフェスカ侯爵夫人が立ち上がり、先ほどからソファで固まるクラウディアの手を取って再現してくださっていた……



 女性陣の赤裸々な話に赤面した僕は、小声で隣に座るクラウディアに「ねぇいつもこんな話なの?」と問い掛ければ、同じく赤面しているクラウディアからは、「ここまで酷くないわよっ!」と少々キレ気味の答えを貰った。


 えー、これ僕が悪いの?






 婚約が正式に決まると、当初こそブリギッテ嬢からは「よくもわたくしのリッヒ兄様を!」と、不穏な手紙を何枚も貰うこととなった。

 しかしこれはわたしが解決すべき事ではない。それとなく手紙がディートリヒの目に留まるように、そっと置いておき少し様子を見ることにした。

 どうやらディートリヒは上手くやった様で、気づけばそれは来なくなっていた。



 半年ほど経ちディートリヒの学園卒業を待って、わたしたちは結婚する事になった。


 ディートリヒにとって婚姻時期が早いのは、確実にわたしの年齢の問題であり申し訳ないと思っている。

 どうせ貴方は気にしてないだろうけどね。


 結婚するとディートリヒはわたしの事を愛称の「ディー」と呼ぶようになった。それならばとわたしも同じく「リッヒ」と呼び返せば、子供っぽいから嫌だと言われて断られてしまった。


「ねえ、わたしも恥ずかしいのだけど?」

 年下の夫に歳不相応な呼び方をされる事に気恥ずかしさを覚えて、そう言うのだが彼は頑として譲らず、結局わたしが折れることになった。

 これは呼び名だけでも追い越したいという現われだろうと気づいたのだ。


 だったら……

旦那様・・・、お茶にしましょう」

 どうやら予想は正しかったようで、彼はとても嬉しそうに『旦那様』と小声で反芻したのだ。初めてぽあぽあとする彼を見て、『わたしの旦那様は大層可愛らしい方ね』と、改めて愛おしく思った。



 周りからはわたしの年齢から世継ぎを心配する声もあったが、幸いな事にすぐに妊娠し嫡男の妻としての面目は保ったと思う。

 おまけに生まれてきた子が双子だった事で、子爵家からは二重に喜ばれた。

 わたしは彼に似た鈍色の髪と涼しげな水色の瞳の子が良かったのだが、残念ながら髪だけは薄い金髪でわたしに似てしまった。

 しかしディートリヒは「金髪は憧れるな~」と羨ましそうに、わたしの髪を触っていたから大層嬉しかったようだ。



 そして結婚して数年後のこと。

 久しぶりに、伯母様に誘われて観に行った歌劇の演目を見て、わたしは唖然とする。

 演目名は『嫁き遅れた貴族令嬢』だそうで、適齢期ギリギリの年上令嬢が、年下の公爵令息から熱愛されると言う内容であった。


 伯母様は「ほら、だから流行るって言ったじゃない」と誇らしげに笑っていた。


-完-



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる 夏菜しの @midcd5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

山猿の皇妃

★18 恋愛 完結済 47話