13:ディートリンデ・フェスカ

 答えを保留して数日。そろそろ答えを返さないと不味いだろう。

 わたしはその答えを得る為に、ここ数日に渡り、アデリナにお願いして先触れの依頼を出していた。

 そして本日やっと先方から承諾を貰うことが出来たのだ。



「お嬢様、準備はいかがいたしましょうか?」


 今日は気取った場所に行くわけではないので、「軽く身奇麗に出来ればいいわ」と言って本当に軽く身嗜みを整えて貰うだけで済ませた。



 公爵家の馬車に乗り向かったのは、ギュンツベルク子爵邸。先だって先触れでディートリヒが不在の日をお願いしてあるので当然不在である。

 わたしがここを尋ねた理由は、彼の姉のディートリンデに会う為だった。



 執事に案内されて通された部屋は、大きめなベッドが置いてある客室だった。

 ベッドの上には、ディートリンデが体を少しだけ起こして座っていた。彼女のそのお腹を見れば、はち切れんばかりの大きさで、わたしは大層驚いた。


「今日はごめんなさいね」

 まずはこんな大変な時期にも拘らず、突然に訪問したことを謝罪する。


 ディートリンデは首を振り、「お久しぶりですねクラウディア様」と花の様に笑った。

 その笑顔には、あれほど地味だった頃の面影はもはや存在していなかった。

 あぁ流石は数年ほど社交界をリードしていただけの事は有る、彼女が笑うだけで確かに花が咲いたように見えるのだ。


「趣味が変わっていなければ良いのだけど」

 そう言って手土産代わりに持ってきた本を数冊差し出した。

 一応、貴族が利用する本屋にフェスカ侯爵が購入した本の一覧を確認させ、購入されていない本を選んでは来たのだが……


「あら、まだ読んだこと無いタイトルだわ。ありがとうございます」

 良かった。どうやらまだ本は好きらしい。


「ベッドの上ばかりでは、暇ではなくって?」

「そうでもないわ。本を読んでいれば時間はすぐに過ぎるし、それに適度な運動が必要って言われて案外歩かされてもいるのよ」

 と、そう言ってフフフと笑う。

 そして彼女は手にした本を見つめながら、「本を読んでいると時間を忘れて夜更かしするものだから、すぐに取り上げられてしまうのよね」と苦笑した。



 それから淹れてもらった紅茶とお菓子を食べながら最近読んだ本の話をした。

 流石に彼女は本の話となると饒舌で、止まることを知らない。話を振ったことを後悔し始めたところで、今度はお腹の赤ちゃんの話を振ってみた。


 すると彼女はお腹をさすりながら「出産まであと少しなのよ」と、幸せそうに笑ったのだ。

 少し気になったわたしは、

「ねぇアウグストと結婚して幸せ?」

 と、ふとそんな事を聞いてしまった。


 彼女は一瞬だけキョトンとした表情を見せたが、やはり幸せそうな表情に戻り「ええ幸せよ」とはっきりと言い切って微笑んだ。



 すると今度は、悪戯っ子のような表情を見せて逆にわたしに質問をしてきた。

「ねぇクラウディア様。モーリッツ様のどこが好きでした?」


 突然のズケズケとした質問に、わたしは内心とても驚いていたが、

「そうね、あの自信から来る横柄な態度は好きだったわ。普通の貴族令息には無い魅力よね。他には頭が良くてスポーツも万能だったわね。理想的な男性だったと思うわ」

 それを聞いたディートリンデは少し寂しそうに笑っていた。


 その態度の意味が分からず、

「どうかした?」とわたしが聞くが、その質問には答えてくれずに、さらに問い掛けてくる。


「じゃあ、うちの弟はどこが好きですか?」

 と、再びのズケズケした質問である。


「べ、別にディートリヒのことはそんな風に思ってないわよ。だってわたしの方が年上で、年齢も離れすぎてるし……、好かれても迷惑でしょう。だって彼の年齢なら、もっと若い令嬢の方が好みよね?」


「クラウディア様って自分の都合ばかり・・・・・・・・ね」

 それは学園で何度も聞いて来た台詞だった。しかし何度も聞いた様な冷たい言い方ではなく、優しく諭すような言い方だったことに気づく。


「わたし、でも、良いの?」


「さぁ? それを答えるのは私の役目じゃないわ」


 最後の最後で突き放されたわたしは涙ぐむと、「ディートリンデって意地悪ね」と半泣きしながら笑った。

 すると彼女は「だって私ってば、小姑よ?」と、今度は少しだけ欲しかった答えの切れ端をくれたのだった。


 涙が収まると、わたしはディートリンデに別れを告げた。

「今日は会いに来て良かったわ」

 そう言って笑いかければ、


「またね、クラウディア・・・・・・

 と、彼女は親しげに微笑んだ。


 本当に、来て良かったわ……

「ありがとう」

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