12:フェスカ侯爵家からの招待状
ディートリヒとはあれから数回ほど夜会を共にした。
そのどれもが年齢差を感じさせない見事なエスコートだったように感じたのは、わたしの心が幼いのか、それとも恋は盲目の色眼鏡を掛けているからなのかは分からない。
しかしどの夜会もわたしはここ数年、一切味わえていなかった楽しさを味わっていた。
そして本日、新たな夜会のスケジュールが入る。
いつもはわたしの方から誘っていたのだが、今回は違い
彼からのお誘いに、少女の様に踊る心を抑えつつ場所を確認すれば、
「フェスカ侯爵の夜会でございます」
と、侍女のアデリナがそう教えてくれた。
「今回の夜会では、あちらからドレスを贈って頂けることになっております」
その報告に「ほんとう!?」と心から喜んだ。
好意を持つ男性からドレスを贈って貰うのがこれほど嬉しいこととは。二十三歳になって、まさかの初めての経験に心が躍っていた。
「お嬢様がお幸せそうでなによりです」
かなり表情に出ていたのだろうか? そう思って顔に手を当てれば、想像以上に熱くてまた恥ずかしさを覚えた。
※
その日、僕は父と共にフェスカ侯爵邸を尋ねていた。
サロンに案内されて暫く待つと、フェスカ侯爵と義兄がやってきた。
姉が居ない屋敷に、そして僕だけではなく父が一緒なのを察し、
「今日はどうしたのだ?」
と、この後に僕が話しやすいからだろう、侯爵からではなく義兄がそう問い掛けてきた。
言葉を出そうとしたが緊張して掠れた声を一度咳をして、から再び言い直す。
「お願いがあって参りました。フェスカ侯爵家で夜会を開催して頂きたいのです」
僕がやりたい事は、子爵程度の貴族が開催しても意味が無い。
だからこそ義兄の家に頼るのだ。
それを聞いたフェスカ侯爵は、意味を理解したのだろう。落ち着いた口調で僕に状況の確認をしてくれた。
「今年はディートリヒの姉のリンデが出産の為に居ない。この状態で我が屋敷で夜会を開く意味は理解しているね?」
今のフェスカ侯爵には主催者側として目立つ人間が居ないという事実。
それでも夜会を開くのであれば、それに変わる何かが必要だと言っているのだ。
僕が依頼したことは、まさにそれで。
つまりは以前の義兄に習い、先立って主催者側の夜会でエスコートしてしまう事でクラウディア嬢を囲うという意味が欲しかったのだ。
しかしこれをやってしまえば、侯爵家の影響力から後戻りは利かないことも意味している。
フェスカ侯爵はそれを分かった上で「本当に良いのか?」と確認してくれたのだ。
「お願いします」
そう言うと、侯爵と義兄は関心したような表情を見せ、父は諦めて深いため息を吐いた。
父と侯爵の話し合いで夜会の開催日が決まれば、続いて招待客の話が始まっていた。
それらを隣で聞いているだけの僕と義兄だったが、突然義兄が険しい表情を見せ、「招待客に一人呼んで欲しい奴がいる」と、言った。
言ってはみたものの、険しい表情を崩さず話し出さない義兄を促すと、僕に謝るかのように済まなさそうに言葉を続けた。
「そいつはクラウディアの進退に関わる人物だ。もしかしたらこの話が無くなるかもしれないが、それでもいいか?」
問い掛けられて僕は考えた。
進退に関わるとは大げさな話ではないか?
そこまでの人物がいるとは思えない。
義兄はそんな僕の半信半疑の表情を見抜き、「学園時代にクラウディアが好きだった、モーリッツと言う男だ」と言った。
モーリッツ、初めて聞く名前だった。
以前に彼女が好きだったと言われて少なからず嫉妬を覚える。
しかもクラウディア嬢が行き遅れたのは、このモーリッツと言う令息に恋をしていたのが理由と聞けば、先ほどの話も納得できた。
もしも彼女にまだ未練があるなら、この話は消えるだろう。
無ければ僕のものになる!
僕は悩むことなく「是非、呼んでください」と、義兄に返事した。
※
その日の晩餐で、お父様がわたしに問い掛けてきた。
「フェスカ侯爵から夜会のお誘いがあったよ」
それは既に聞いた話だったから、わたしは「知っているわ」と言い、「参加しますとお返事を返しておいて下さい」と、お父様に頼んだ。
しかしお父様は了承を言わず、
「ディー。フェスカ侯爵の夜会の意味をちゃんと理解しているかい?」
と、優しい声でそう問い掛けてきたのだ。
フェスカ侯爵といえば、ディートリヒの姉が嫁いだ家だ。親戚に当たるのだから夜会へ参加する事もあるだろう。なんら不思議な事は無い。
わたしが正しく理解出来ていないと気づいたお父様はさらに言葉を続けた。
「今、彼の姉のディートリンデは出産の為に、実家のギュンツベルク子爵家に戻っているそうだよ。つまりフェスカ侯爵には今年は夜会を開く理由が無い」
ドレスに浮かれていたわたしは、お父様にそこまで言われてやっと気づいた。
この話を受ければ、わたしはディートリヒからの暗黙の求婚を了承したことになるのだ。
「で、でも、わたしは二十三歳で彼は十八歳だわ。わたしなんかが……」
「気づかないまま受けてしまえば不味いと思って私は伝えたのだよ。でもね、今年のエスコートは彼にお願いするとディーは言ったね? ならば後は、君の思いだけだよ」
そう言うとお父様は「ゆっくり考えてちゃんと返事をしなさい」と微笑んでいた。
味のしなくなった晩餐を切り上げて、わたしは自室に戻った。
部屋に帰れば着替える事もなく、そのままベッドに倒れこむ。アデリナがいつも通り「お嬢様、しわになりますよ」と注意してくる。
「ごめんなさい、しばらく独りにして」
それだけを搾り出し、わたしは独り悩んでいた。
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