08:晩餐

 彼らとの挨拶を終えて馬車に戻ると、お父様が馬車の中で待っていた。

 ニヤリと笑い「もういいのかい?」と聞いてくる。


 あぁこれはバレたなと思った。



 特に会話もないままで馬車は目的地まで走っていく。


 お父様が予約していたのは、街の大通りに面した有名なレストランだった。

 その食事の席では、お父様は先ほどの話題を避けるかのように、あえて最近の仕事や友人らの話をしていた。


 やっぱり見透かされている。



 自分から言うしかないかと腹をくくり、やっとの思いで声を掛ける。

「あの、お父様?」


 その言葉を待っていたはずのお父様は、先に話すことがあるとわたしを制した。

 つまり彼はわたしの決意だけが欲しかったのだと理解した。


 お父様が話したのは、ギュンツベルク家のディートリヒを取巻く現状だった。

「五年前、ギュンツベルク子爵家はフェスカ侯爵と親類になっている。これにより子爵家はフェスカ侯爵の持つ財務関係の派閥に組することになった」

 記憶に新しい、わたしの同級生のアウグストと彼の姉ディートリンデの結婚のことだ。


「派閥内で無駄な混乱を避ける為、中立だった貴族との縁組は敬遠された。つまり以前まで交友関係だった貴族とは一線を引くことになったのだ」

 これはあわよくば侯爵家に気に入られようと言う、打算的な輩を排除したのだろう。


 まぁ良くあることだと、お父様は言う。

「しかし残念ながら、フェスカ侯爵に属している貴族連中に、年頃で手頃なフリーの令嬢が居なかった。

 いま唯一候補になっているのは……

 先ほど居た、バルナバス伯爵のブリギッテ嬢だ。ただし彼女は今年で十三歳、社交デビューの十五歳まではあと二年ある」

 お父様は「ここまではいいかな?」と、ワインを口にした。


 わたしが頷けば、

「では答えは簡単だ。彼女がデビューできない来年までの間に、ディートリヒから良い返事を貰えばディーの勝ちだ。

 貰えなければいまの流れ通り、ブリギッテ嬢が彼の婚約者となるだろうね」


 お父様は再びワインを口にし、話は終わりだよと言う。


「わかりました。今年の夜会はエスコート役をディートリヒ様にお願いして頂けますか?」

 毅然とした態度でそう言えば、お父様は満足そうに笑ってくれた。







 執務室で父の執務を手伝っていると、突然、父から次の夜会のスケジュールを聞かれた。

 僕の事情を知っているだろうに何を聞きたいのか?

 少しばかり苛立った僕は、「エスコート嬢が居ませんよ」と、皮肉を込めて答える。



 苦笑する父。そして彼は少しばかり言い辛そうに、

「実は、ヴァルター公爵からご令嬢のエスコートをお願いされたのだが?」

 そう言って僕の表情を探るように、相手側からの意向を告げてきた。


「ヴァルター公爵! クラウディア嬢ですか!?」

 そのときの声は、とても自分のものとは思えないほど、とても興奮した声だった。

 まさかあちらからお誘いがあるとは!

 僕は嬉しくて緩みだす口を何とか引き締める事に苦労していた。


 そんな自分とは違い、父の表情は冴えなかった。


「どうかしましたか?」


「うん、お相手は公爵令嬢とは言え二十三歳だ。お前とは六つも差が有るのだよ」

 そう言って困った表情を見せる父。


「違いますよ父上。僕は先日誕生日が終わりましたから今は十八歳です。だから彼女とは五歳差だ」

 それに、と続け、

「コンラーディの妹のブリギッテは今年で十三歳です。同じく五歳差、ならばどちらも変わらないでしょう?」


 それを聞いて驚いた表情をする父。

「なんだ知っていたのか」


「そりゃあただの消去法の問題ですからね」

 家の立場上の問題を踏まえ、その中で選択できる相手といえば、絞る必要も無く一人しか残らなかったのだ。

 きっと来年になれば、彼女との婚約の話も出るだろう。

 そしてその時、僕にはそれを断る術はない。



 その時を大人しく待つよりも、今に賭けるべきだと僕は思っていた。

 そう考えた僕は、父にエスコートを受けるという返事をお願いした。

「どうせエスコート嬢が居なければ夜会には参加出来ないのです。だったら折角お誘いして頂いたんだ、有り難く参加させて頂きますよ」



 しかし父は、相変わらず渋い表情を見せている。

「女性の方が年上なんて……」

 すぐに年上と言うが、本当の彼女は年の差を感じないほど可愛らしい笑顔で笑うのだ。


 しかし父の心配も一応は理解しているつもりだ。

 一般的な貴族令息の適齢期は二十二歳~二十五歳になるだろうか? 女性がそれより年上であれば、事は世継ぎの問題にも絡んでくるのだ。

 従って今の貴族の風習では妻となる女性は男性より若い方が良く、年上であってもせめて1~2歳までの事だろう。そう言う意味では、適齢期の二十二歳になった時の僕には、十七歳のブリギッテは確かにお似合いであろう。

 しかし今の僕はまだ十八歳なのだ。ならば……

「大丈夫ですよ、まずはお互いお試しからでしょう?」



 それから父と何度かの押し問答があり、場所は晩餐の場へ移していた。

 やはり簡単に決着のつく話ではなかったのだ。



 場所を移しても、先ほど同様、頑なに父は反対の姿勢を崩さない。

 しかし母は逆で僕の自由にして良いという。

 ただし一言苦言があり、

「確かに貴方は十八歳でお試しでも問題ないでしょう、しかし公爵令嬢は二十三歳なのです。お試しと言っていられない年齢なのを忘れないようにしなさい」

 そして「それさえ気をつけるなら、貴方の自由にしなさい」と僕の意見を肯定してくれた。


 最後は丁度いま里帰りしていた姉だ。

 驚いた事二つ返事で「応援する」と言ってくれた。

「同級生が義妹になってもいいんですか?」と言えば、「そのくらい別にいいでしょ?」と軽い返事だった。



 こうして多数決に負けた父は、しぶしぶ了承の返事を打診してくれたのだ。

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