07:伯爵令嬢
「お兄様! お兄様!」
先ほどからソファーに座る兄を呼んでいるのだが、一向に振り向いて貰えない。
「コンラーディお兄様!」
そう言い直せば、兄はすぐに返事をし、「どうかした?」と返してきた。
家には兄は一人しかいないのに何を気にしていらっしゃるのか? 甚だ疑問だわ。
「わたくし今日はリッヒ兄様の家に遊びに行きたいわ」
兄のコンラーディと、ギュンツベルク子爵のディートリヒ様は友人同士だ。わたくしが幼い頃から、家に遊びにいらした時はよく遊んで頂いたの。
そしてわたくしの初恋の相手でもあるわ。
初恋は実らないと言うけれど、わたくしはきっと例外ね。
だってリッヒ兄様のお立場なら、わたくし以外に選択できる令嬢はいないもの!
そう、思っていたのに……
あの忌々しい公爵家の行き遅れとあらぬ噂が立っているのよ!
だから早速お救いしなければならないのです!!
そんなわたくしの熱い想いとは違って、コンラーディお兄様の反応はいまいちだった。
「急に行ったら迷惑だろう。それに今日はのんびり家で過ごすんだよ」
お兄様、建前の後に本音を言う癖は止めた方がいいと思いますよ。
でも意地悪なお兄様には教えてあげませんけどね!
「大丈夫です。先ほど早馬で先触れを出してお伺いしておきましたから!」
もちろんお兄様の名前で~と言えば、「な、なに勝手にやってんだよ!」と仰います。
しかしここで必殺の、「お願い」と首を傾げて目をウルウルとすれば、「仕方が無いな」とご一緒に出かけてくれることになりました。
ヨシ!
我が伯爵家から、リッヒ兄様のお屋敷までは馬車で二十分。程なくして屋敷に辿り着きます。
お兄様と一緒に馬車を降り、玄関で執事さんに取り次いで頂けば、すぐにサロンへ通して貰えました。
お兄様効果と言う奴です。
もちろん将来的にはこんなお邪魔な者は無しで、わたくしの
サロンで淹れていただいた紅茶を飲んで待っていれば、リッヒ兄様がいらっしゃいました。
真っ白なシャツに黒のズボンと爽やかな軽装ですが、表情は相変わらずの凛々しくていらっしゃいます。そしてわたくしを見ればニコリと微笑まれます。
「いらっしゃいコンラーディ。ブリギッテ嬢もお久しぶりですね」
そう言いながらわたくしの手を取り、跪いてご挨拶してくれます。
きゃーカッコいい!!
顎を持ち上げた時に涼しげな瞳がクルンと上目遣いになるところは、女泣かせですわ!
リッヒ兄様は向かいのソファーに座ります。
「今日は突然どうしたんだ?」
「いやーブリギッテがどうしても遊び『ガンッ!』イッてぇ!!」
お隣に座るお兄様がしきりに「あしあし!」って言ってますわ。
どうしたのでしょうか?
「リッヒ兄様、実はお母様のお誕生日がありまして、よろしければお買い物にご一緒して頂けませんか?」
※
「お嬢様、そろそろお出かけのお時間でございます」
部屋で過ごしていると、執事から出かける時間だと報告があった。
本日はお仕事が終えたお父様と待ち合わせて、食事を取る約束があるのだ。
十中八九、先日の夜会での話だろう。正直、気が重い。
流石にこの年齢だ、わたしが少しでも前向きな姿勢を見せれば、話は石が坂を転げるように一気に進んでいくに違いない。
そのように親同士が決めた事ならば、そこに愛は無いだろう、しかしわたし達は貴族同士だ、そんな物は必要ないのかも知れない。
でも、どこかで素直に「うん」とは言えないわたしが居た。
二十三歳にもなって未だに恋に幻想を抱いているとは、改めて自分に失笑する。
待ち合わせの場所に馬車が停車するが、辺りにはまだお父様の姿はなかった。
仕事が長引いているのかと、ふと馬車の中から街を見ると、わたしは灰色の世界にある涼しげな水色を見つけた。
ほんの一瞬のこと、しかし視線は確かに交わっていた。
もう一度視線を向ければ、彼は立ち止まりこちらをじっと見ていた。
目が合っただけで嬉しかった。
なのに彼はわたしを待ってくれている? と、馬鹿な期待をしてしまう。
先ほどから自分の心臓がうるさいほど鼓動を早めているのも理解している。
お互い気づいたのに無視するのは失礼にあたる、だから……仕方が無い。
そんな言い訳をしたわたしは馬車を降りて、彼の前に歩いていった。
平静を装いつつ、
「ごきげんよう、ディートリヒ様」
そう言って微笑めば、彼は胸に手を当てながら丁寧に会釈する。
そして、連れと思しき二人を順にわたしに紹介してくれた。
「バルナバス伯爵のコンラーディと、その妹のブリギッテ嬢です」
「コンラーディと申します。ディートリヒとは学園の同級生です。よろしくお願いします」
そして彼は視線を自然と妹の方へ向け、挨拶を促す動作を取った。
「ブリギッテですわ。今年で十三歳になりますの」
まるでフンっと鼻息が聞こえるような言い方だった。
ブリギッテはさらに続ける。
「わたくしとリッテ兄様は家族ぐるみの付き合いですの。今日もわたくしのお母様の誕生日のプレゼントを選んでましたのよ」
その隣ではコンラーディ様が、「お、おい!」と静止しようとしている。
その様子を見てわたしは理解した。
なるほど、彼女はディートリヒの事が好きなのだと。
確かに、その着ている服は年相応の可愛らしい服ではなく、精一杯背伸びをし、より大人っぽく見えるようにと、ディートリヒの年に少しでも近づくようにと選んだ服だろう。
いまだ十三歳だという彼女には、きっと恐れるものは無いはずだ。
それに対しわたしは二十三歳、何が悲しくて十も年が離れた子と
恋敵?
そう思ったときに何かがストンと落ちた気がした。
わたしはとっくにディートリヒに恋をしていたのだと。
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