シルヴィア!
セイコは家を出て、電動ローラースケートで町中を移動し、『心のマッサージ』の前に到着した。
そして、不安そうな表情を浮かべながら周囲を見渡す。
(周りに人の気配は……無し! こんなお店に入っていくところを誰かに見られたら、噂が広がって平穏な暮らしが出来なくなっちゃう……)
小さなため息をつき、玄関から中に入っていくと、昨日と同じ浮遊機械がセイコに近づいていく。
『ご予約されたセイコ様を確認しました。どうぞ、こちらについてきてください』
セイコは堂々と浮遊機械の後をついて店内を進んでいき、昨日と同じ部屋の前に案内された。
(この先に、シウヴィアさんが待っている……!)
目の前で空間を
部屋の中で待っていたシルヴィアは胸に腕を添えながら軽くお辞儀をした後、軽く手を上げて挨拶をする。
「ようこそおいでくださいました、セイコ様。昨日ぶりですね」
「あっ、はい! 昨日ぶりですねシルヴィアさん!」
「本日は、隣に座りますか? それとも、対面で座りますか?」
「えーっと……今日は、対面で座ってみようかな?」
「対面ですね、了解しました。では、こちらの席にお座りください」
シルヴィアは微笑みながら出入り口側に置かれた椅子に向けて手で指し示す。
セイコは軽く頷き、シルヴィアに
だけど、途中で体がよろけてしまい、前方に倒れ掛かる。
「あっ」
「危ない!」
すると、シルヴィアが咄嗟にセイコに駆け寄り、彼女の体を抱きかかえるように支えた。
「大丈夫ですか!?」
「えっ、あっ、ふぁい!? 大丈夫です! ……ありがとうございます! あはは、ダイエット始めたからかな? 実は昨日、夕ご飯食べなかったんだけど、急に抜いたから体がついてこれてないのかなぁ」
セイコは硬い笑みを作りながら頭を撫でる。
シルヴィアはセイコの体に手を添えながら椅子までエスコートしていく。
「椅子、座れますか?」
「はい、大丈夫です」
セイコはシルヴィアに手助けしてもらいながら椅子の上に腰を落としていった。
セイコの対面に設置されているソファーに腰を下ろしながら言葉を投げかけるシルヴィア。
「それより、ダイエットなんか始めたりしてどうされたのですか? 今のままのセイコ様で十分お美しいのに」
「えー!? そうですか?」
「はい。その美貌が
「アンドロイドなのにそんなこと思うんですか?」
シルヴィアは苦笑しながら小首をかしげる。
「素直に思ったことを言っただけなのに、変でしょうか?」
「いや、ちょっと興味があって聞いてみただけですよ。気にしないでくださいね」
「はい、わかりました。でも、無理するのはお止めになってくださいね?」
「はい。それはもちろんわたしも分かっているので大丈夫ですよ!」
「しかし、これ以上お綺麗になるために自分の体を痛めつけるなんて、やはりセイコ様は素晴らしいです! 容姿だけでなく、心までお美しい!」
「いやいやいや! わたしなんて心が汚れきっちゃってますよ! あはは」
「僕なんかの応援ではやる気が出ないかもしれませんが、セイコ様のお体が早く理想に近づくのを祈っています」
「あー、ありがとうございます」
セイコは
(ダイエットなんてしてないんだよねぇ……。シルヴィアさんに会うためにご飯抜いてるだけで、しかもただの節約……。あぁ、噓のダイエットを応援してもらってなんだか申し訳ないなぁ)
「セイコ様はどちらからいらっしゃったのですか?」
「あっ、わたしの事は、セイコって呼び捨てにしていいですよ? それか、ちゃん付けしてもいいですし」
「了解しました。では……セイコちゃんはどちらからいらっしゃったのですか?」
セイコは眉尻を下げながら小さく笑い、慌てた。
「あーっ、やっぱり呼び捨ての方がいいのかな!? 恥ずかしさがあって正常でいられないかもしれないです」
「それでは、セイコとお呼びしますね。ちなみに、僕のこともシルヴィアと呼んでもらって構いませんので」
「あ、はい! それでは、シルヴィア……」
「はい、なんですか?」
「いや、ちょっと呼び捨てで呼んだらどうなるかなぁって……あはは。なんだか心の距離が縮まった感じがしますね」
「はい、その通りだと思いますよ。なんだか急に仲が深まった気がします」
微笑みながら天井に視線を向け、頬を掻くセイコ。
「えへへ、ですよね? なんだか、嬉しいような、恥ずかしいような」
「それで、セイコはどちらからいらっしゃったのですか?」
「えーっとですね。エンガツから来ましたよ」
「エンガツ? ……あー、なるほど」
「特に目立ったところがないところです。あはは」
「いえいえ、とんでもない!」
「遊ぶところがないから、こうして、『心のマッサージ』、シルヴィアに会いに来てますし」
「なるほど。あっ、セイコは悩みとかってありますか? 何か抱えているのでしたら、よかったら一緒に背負わせていただけませんでしょうか?」
「あっ、そうですよね! えーっと……実はですね、わたし結婚しているんですけど、その、わたし夫のために毎日朝ご飯と夕ご飯作っているんですよ」
シルヴィアは明るい笑顔を浮かべながら小さく頷いた。
「おぉ、毎日ですか? すごいじゃないですかセイコ! 家庭的で素敵な女性です」
「あはは、そうですかね? でも、ここ最近ずっと、夫が外で食事を済ませてから帰宅してて、ずっと夕ご飯を一食分余らせてるんです」
「あらら。それはよろしくない状況ですね。まさかとは思いますが、余ったお料理は廃棄していたりするのですか?」
首を高速で左右に振るセイコ。
「そんな! そんな勿体ないことしませんよ! ラップをかけて冷蔵庫に保存してます。それで、翌朝わたしがその残り物を食べてますね……。ここ最近毎日……」
「もしかして、一人でお食事を?」
「いえ、ちゃんと夫はわたしが作った朝ご飯をわたしと一緒に食べますよ。昨日の残りを食べてるわたしの姿を見ながら……」
シルヴィアは硬い笑みを作りながら机を見つめた。
「なんというか、その……複雑な状況ですね」
「まぁ、最初は不満もありましたけど、最近は習慣になってしまって、何も感じなくなりましたね……あはは」
頬を掻きながら強張った笑みを作り、机に視線を向けるセイコ。
一方、シルヴィアは椅子から立ち上がり、片腕をセイコに向けて伸ばしていく。そして、セイコの頭に軽く手を乗せて、小さく撫でていった。
「よく頑張っていますね」
「え、あ、ひゃい」
セイコは握りこぶしを口元に添えながらうろたえる。
(わぁ!? わたし、シルヴィアに頭を撫でられてる!? えぇ!? 恥ずかしいけど、嬉しい! うぅ……体の内から温かい感情が湧き上がってくる! ……あ、これ、料金発生しないよね? 大丈夫だよね?)
「もしよかったら、今度セイコが作った料理を食べさせてほしいです」
「えっ!? えぇっと……あんまり上手じゃないですよ? お口に合わないかもしれません。あ、機体の消化に対応してないかもしれません」
「それなら、見た目や匂いを楽しむために作ってきて欲しいです。セイコが自分で食べることもできますし、なにも問題ないでしょう?」
「あっ、あー……。確かにそうですね。……それなら今度作って持ってきますね!」
「はい。とても楽しみにしてます」
セイコは視線を
「なんだか、こんなやり取りしてると本当の恋人みたいで……複雑な気持ちになっちゃいますね」
「どうして複雑な気持ちに? 別に恋人だと思ってくれてもかまわないですよ?」
「だって、わたし結婚してますし。これ以上関係を深めたらいろいろ問題があるような……」
「セイコ」
目を見開きながらシルヴィアをまっすぐ見つめるセイコ。
「はいっ!?」
「僕は、『心のマッサージ』をしているだけですよ。安心してください。自分の欲望に従って大丈夫です。何も問題は起きません」
「えっ、あっ……そうですよね。わたし、なに心配してるんだろう、あはは」
微笑んでいたシルヴィアの顔が一瞬で真顔に代わり、冷静に言葉を投げかけた。
「時間が来てしまいました。残念ですが、ここで終わりです。さて、延長は二倍の料金がかかってしまいますが、このまま続けてサービスを続けますか?」
セイコは引きつった顔を作りながら顔を横に振る。
「あ……今回もこのまま帰ります」
「扉までご案内します」
シルヴィアはセイコの手を取り、部屋の出入り口まで優しく誘導していく。
「またのご利用、お待ちしています」
「はい! また来ます! ……絶対に!」
セイコはシルヴィアに軽く頭を下げ、店内の廊下を歩いていき、玄関に向かっていった。
そして、電動ローラースケートを履き終え、自宅に戻っていった。
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